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ポップカルチャーに刻まれたピンクの軌跡

エルヴィス・プレスリーが愛したピンクキャデラックには、驚くべき歴史がある。もともと青色だったこの1954年式キャデラック フリートウッド シリーズ60を、エルヴィスは自らの個性を表現するためにピンク色に塗装し直した。当時の男性が「ピンク」という女性的な色を選んだことは、保守的な1950年代のアメリカ社会への明確な挑戦であり、彼のイメージを強烈に印象付ける象徴となった。
ピンクキャデラックを購入した理由は、彼の母への贈り物だった。その価値は当時約8,000ドルと言われており、現代の価値に換算すれば約1,200万円に相当する高級車だ。エルヴィスにとってこの車は、貧しい少年時代から成功した証であると同時に、既存の価値観に挑む反逆精神の表明でもあった。
エルヴィスのピンクキャデラックは、瞬く間にアメリカのポップカルチャーに浸透していった。1989年、映画「ピンク・キャデラック」ではクリント・イーストウッドが主演し、タイトルにこの象徴的な車の名を冠した。これはエルヴィスの車への直接的なオマージュだった。
音楽界でも、ナタリー・コールが1988年に「ピンク・キャデラック」をヒットさせ、ブルース・スプリングスティーンも同名の曲を発表している。これらの作品は、単なる車ではなく「アメリカンドリーム」や「反骨精神」を象徴するものとしてピンクキャデラックを描いている。
グレイスランドの宝石から世界の文化アイコンへ

現在、エルヴィスのオリジナルのピンクキャデラックは、彼の邸宅「グレイスランド」で展示されており、毎年60万人以上の観光客がこれを一目見ようと訪れる。エルヴィスが亡くなって45年以上経った今も、この車は彼の遺産の中で最も象徴的な品の一つとして扱われている。
エルヴィスのピンクキャデラックは、単なるノスタルジア以上の意味を持つようになった。それは反骨精神、個性の表現、そして社会規範への挑戦という普遍的なテーマを内包している。現代のヒップホップアーティストがカスタムカーにこだわるのも、このDNAを受け継いでいるといえるだろう。
また、毎年8月のエルヴィス・ウィークには、世界中からピンクキャデラックに乗ったファンがメンフィスに集結し、特別なパレードを行う。彼らにとって、この車はエルヴィスへの忠誠と愛を表現する手段なのだ。
そして時代は流れ、日本の自動車市場にキャデラックが新たなEVモデル「リリック」の投入を決定した。当モデルは2023年にアメリカで発売となったモデルで、ドイツの「ラグジュアリーカー・オブ・ザ・イヤー」ではアメリカ車で初の受賞を果たすなど国際的な評価は高い。
GMジャパンでは「エージェント制」という販売方法を導入し、1,100万円の全国統一価格でリリックを販売する計画だ。この斬新な販売方式は、価格交渉への不安を解消する試みとして注目されている。しかし、日本のEV普及率はわずか1~2%に留まり、市場の成長は未知数だ。加えて、日本自動車輸入組合(JAIA)のデータによれば、2024年の日本におけるキャデラック車の登録台数はわずか449台にとどまっている。
かつてエルヴィスのピンクキャデラックが時代を象徴したように、日本のEV市場でもキャデラック「リリック」は新たな象徴となるのだろうか。ラグジュアリーEVという新しい分野への挑戦に、今後の動向が注目される。