
16代目クラウンの4つのバリエーションの姿が世に公開された時、世のクラウン好き、クルマ好きの人々は大いに面食らったことだろう。クラウンと言えば日本の高級車の象徴であり、良くも悪くも「保守的」という言葉がここまで似合うクルマもなかったわけだが、我々の目の前に現れた4台の新型クラウンは、クロスオーバー、スポーツ、エステート、そしてセダンを名乗り、セダンを除く3台は伝統的なノッチバックセダンではなくハッチゲートを備えたクーペ風もしくはステーションワゴン風のシルエットをもっていたのである。そしてセダンは独立したトランクリッドこそ備えるものの、ラゲッジスペースの上に緩やかに傾斜した大きなリヤウインドウが覆いかぶさり、シトロエンCXやC6のようなファストバック然としたスタイルを湛えていた。
クラウンと言えば純然たるセダン──古い言い方をすれば3BOXスタイル──であるべき。そんな我々の常識はいとも簡単に打ち砕かれたのである。
今回、筆者は新たに登場したエステートを含む現行クラウン4兄弟を箱根近辺にて一気に試乗するという機会に恵まれた。トップバッターのクロスオーバーの発売からすでに2年半以上が経っているが、恥ずかしながら私はモデルを問わず現行クラウンに乗るのは今回が初めてである。すでにクロスオーバーには改良が加えられているとのことだが、その進化を判断する知見は持ち合わせておらず、またそれぞれのモデルに割り当てられた試乗時間が限られていることもあり、突っ込んだ試乗インプレッションをレポートするわけにはいかない。ただ、まっさらな状態でクラウン4兄弟と向き合った、率直な印象をお伝えすることはできるかと思う。

最初にステアリングを握ったのはクロスオーバーだ。走り始めた瞬間。思わず「硬い!」と叫んでしまったが、これは試乗車がスポーティな「RS」グレードで、とりわけ引き締められた足回りを与えられていたためだ。
想像とまったく違っていたので戸惑いを覚えたが、けっして足が突っ張ったような感覚ではなく、タイヤのたわみやサスペンションの沈み込みがしっかり感じ取れる絶妙なセッティングで、そんなに飛ばさなくてもクルマとの対話が楽しめる。ただ同乗者がどう感じるかは微妙なところで、「果たしてこれがクラウンなのか?」という疑念は拭い切れない。これが何か別の名前のクルマであればノー天気に箱根のワインディングを堪能していただろうけれど……。

次はセダンである。先ほどとは正反対で、走り出して1分も経たないうちに「これぞクラウンだ」と思わず膝を叩いた。路面からの突き上げを見事にいなし、不快な振動の類を見事に消し去った乗り味はまさにクラウンの名にふさわしいもの。それでいて足がフワフワ柔らかいわけでもなく、むしろ見事なフラットライドを見せてくれるのがすごい。

4兄弟のほかの3車種と違って、このセダンのみパワートレイン縦置きプラットフォームを採用しているのだが、なんと言うかシャシー全体のカタマリ感がハンパではなく、ノーズの動きと運転席に収まっている自分の動きにタイムラグがない。一切の「ねじれ」を感じさせない堅牢さと、それでいて「しなり」のようなものを感じさせる快適さの同居っぷりにはクラウンの熟成ここに極まれりと唸らされたのである。

お次はスポーツだ。筆者が試乗したのはHEVの「Z」というグレードだが、明らかに身のこなしが軽快である。スタート地点であるホテルの駐車場を出る際にUターンするように回り込む場所があるのだが、そこをクルッとクリアするサマからして明らかに先ほどの2台とは違う。全長は4720mmと、それでもなかなか立派なサイズではあるのだが、クロスオーバーの4930mm、セダンの5030mmよりは圧倒的にコンパクトだ。ホイールベースは2770mmで、こちらもクロスオーバーの2850mm、セダンの3000mmよりかなり短い。
当たり前のことを言うようで恐縮だが、物理的にコンパクトであることで得られる運動性能は絶大であると、こうして同時に横比較をすると本当に痛感させられる。

DRS(ダイナミックリヤステアリング)と呼ばれる後輪操舵システムの効果も大きいのだろうが、まぁとにかく気持ちよく向きが変わる。速い遅いで言えば間違いなく速い。だがそれよりもドライバーが車体の中央付近に座っていることで得られる一体感のほうが、運転好きのドライバーに与える恩恵としては大きいのだろう。
クロスオーバーやセダンでは、助手席の鈴木編集長や後席の山上カメラマンの頭が揺れないよう、アクセルやステアリングのジェントルな操作に努めていたが、このスポーツでは床まで踏んづけ、スパッと軽快な身のこなしを楽しみたくなってくる。残念ながらこの日はウエット路面かつ濃霧というシビアな状況だったため同乗のふたりからクレームが出るような走りは自重せざるを得なかったが、週末の早朝に峠に繰り出すといったスポーツカーのような楽しみ方を夢想させる一台だった。

そしていよいよこの日の主役であるエステートに乗り込む。パワートレインはPHEVだ。私の主観など聞き流していただきたいが、ずばりカタチが一番の好みである。ハッチバックと言うにはラゲッジスペースが長いが、ステーションワゴンと言うには短い。SUVと言うほど車高が高いわけではないが、どこかSUV的な匂いは漂わせている。これを前衛的、アバンギャルドと呼ばずしてなんと呼ぼう。おまけにプレシャスメタル×マッシブグレーというボディカラーもドンピシャである。もう、それだけで試乗に向けたテンションが上がるというもの。
結論から言ってしまうが、もしもあなたがクラウンを買おうとしているんだけれど4兄弟に目移りしてしまってどれか一台に絞れないという困った人になっていたら、ぜひともエステートを選んでくださいませ。
なんと言っても熟成極まった乗り味が最大の魅力だ。出たばっかりなのに熟成とは変な話かもしれないが、クラウン兄弟のなかで4番目に出てきて、開発陣もセダン以外はほぼ同じメンバーらしいから、熟成という表現もあながち間違いではないだろう。

いわゆる一般的な意味で言う「快適さ」ではエンジン縦置きプラットフォームのセダンが一番かもしれないが、エステートにはそこに「乗り手が得られる快感」がブレンドされているとでも言おうか。乗員が感じるストレスを力でねじ伏せたのがセダンだとすれば、エステートは雑味を濾過し、ドライバーに必要な、そしてパッセンジセンジャーが不快だと感じないインフォメーションのみをやんわりと伝えてくるというイメージだ。
だからスポーツほどではないものの、ワインディングロードなどではついついペースを上げたくなってしまうし、その一方で同乗者はスヤスヤと寝落ちすることも可能となる(今回、誰が寝落ちしたか書くのはやめておく)。
いずれにせよこのサジ加減が絶妙で、筆者が抱いていたクラウンのイメージを大きく覆すものだった。「快適だけれど退屈。でもそれがクラウンなんだから、それでよし」などと勝手に決めつけていた筆者にとって、この乗り味はデザインと同じくらい、いやそれ以上に前衛的だと感じさせられたのである。
だが、これこそがトヨタの目指してきたクラウンの理想形なのだろう。ニッポンの高級車の象徴的存在であったクラウンは、ショーファーカーとしてのニーズはもちろん、ドライバーズカーとしての要求にも応え続けてきた。そんなクラウンが歴史の中で積み上げてきた価値が、エステートの登場によってより明確になった。そしてそれがわかれば、最初に乗ったクロスオーバーの攻めた足回りのセッティングにも合点がいく。セダン、エステート、スポーツがあるから、クロスオーバーがある。それぞれに際立ったキャクターを与えることができるわけだし、そうすることで顧客の多様な要求に応えることができるようになる。

冒頭にも書いた「クラウンは保守的」という思い込みは、まさに思い込みでしかなかった。今、あらためてクラウンの歴史を振り返れば、クラウンは常に新しい高級車像を模索し続けてきた。クジラクラウンとも呼ばれた意欲的なデザインが魅力の4代目、ランドウトップを備えた6代目クーペなどは、いま見ても惚れ惚れするほど美しく、そして時代の先端を突き進むデザインだった。エステートはもちろん、ピックアップトラックがラインナップされた世代もあった。
だから誤解を恐れずに言えば、画期的に思える今回のクラウンの商品展開も、クラウンとしては正常進化に過ぎないのかもしれない。時代に合わせてニッポンの高級車像の理想を追求し続ける。それがクラウンなのである。
「なんだか今一度クラウンの歴史を振り返ってみたくなったな」そう思ったあなたのために、何台かの懐かしいクラウンの写真を用意しつつ、本稿の締めとする。以下、お時間があればご覧いただきたい。










