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クラウンである。”いつかはクラウン”である

2022年9月のフルモデルチェンジを受けたクラウンの現モデルは十六代目だ。歌舞伎の市川團十郎だってまだ十三代目。片岡仁左衛門が十五代目である。歌舞伎と比べても……と思われるだろうが、日本の歴史と伝統を背負ってきたということではクラウンと歌舞伎役者は似ているかもしれない。襲名するときは重責と期待を背負って「伝統と革新」を迫られる。贔屓筋には先代と同じように支持されなければならないが、新しいファンの心を掴まなければ先細りになってしまう……。
クラウンも同じだろう。1980~90年代、オーナーの平均年齢は46歳だったが、2010年代終盤十五代目の頃のそれは62歳にまで上がっていたという。
十六代目開発陣が考えたのは、多様化するニーズに応えるために4つのクラウンをつくりあげること。つまり、クラウン”群”をつくることだ。4つの車型で個性を表現しつつ、静粛性・快適さ・上質さを高次元にまとめあげる”クラウンネス”はどの車型にも与えなければならない。登場順に、クロスオーバー、スポーツ、セダン、そしてエステート。それぞれ、個性的だがクラウンに見える。とはいえ、いかに大トヨタといえども、4車型を同時に開発するリソーセスはなかったそうで、順番に開発することになった。それは、先に出した車型(クロスオーバー)の改善ポイントを後続の車型の開発に生かす。最新の車型に投入したノウハウを最初に出した車型の商品改良に織り込むといった改善の正のスパイラルが生まれることとなった。

さて、その十六代目クラウンの4番目の車型として2025年3月に発売されたクラウンエステートに試乗する機会を得た。エステートだけでなく、クロスオーバー、スポーツ、セダンを含めたクラウン群すべてを一気に試乗できるという、クラウンネスを理解するための絶好のイベントだった。
エステート以外のクラウンは試乗経験があったので、ステアリングを別の人に任せて、エステートのみを試乗した。
あらためてクラウン群を見てみる

あらためてクラウン群を俯瞰してみる。
登場順は
クラウンクロスオーバー:2022年9月
クラウンスポーツ:2023年11月
クラウンセダン:2023年11月
クラウンエステート:2025年3月



十六代目クラウンの登場で販売はどうだったか。
2021年の販売台数ランキング 29位 21,411台
2022年 17,767台(31位)
2023年 43,029台(20位)
2024年 62,628台(15位)
2025年
1月 5,227台(16位)
2月 4,742台(18位)
3月 5,889台(18位)
となっている。クロスオーバーのデビューがセールスに反映した2023年には4万台オーバー。スポーツとセダンが加わったフルイヤーの2024年には6万台オーバーとなっている。

今度はボディサイズだ。
クラウンスポーツ
全長×全幅×全高:4720mm×1880mm×1570mm ホイールベース:2770mm
クラウンクロスオーバー
全長×全幅×全高:4930mm×1840mm×1540mm ホイールベース:2850mm
クラウンエステート
全長×全幅×全高:4930mm×1880mm×1625mm ホイールベース:2850mm
クラウンセダン
全長×全幅×全高:5030mm×1890mm×1475mm ホイールベース:3000mm
十五代目のサイズが全長×全幅×全高:4910mm×1800mm×1465mm ホイールベース:2920mmだったから、そこから全長は+120mm~ー190mm、つまり310mmもの選択範囲をつくったわけだ。
パワートレーンは
クラウンクロスオーバー:2.5L+HEV/2.4Lターボ+HEV
クラウンスポーツ:2.5L+HEV/2.5L+PHEV
クラウンエステート:2.5L+HEV/2.5L+PHEV
クラウンセダン:2.5L+HEV/FCEV
で、こちらも選び甲斐のあるバラエティを取り揃えた。
価格は
クラウンクロスオーバー:515万円~680万円
クラウンスポーツ:590万円~765万円
クラウンエステート:635万円~810万円
クラウンセダン:730万円~830万円
つまり、「クラウンに乗りたい」「そろそろクラウン」と思ってディーラーに行けば、これだけのバリエーションのなかから好みのクラウンを選べるということだ。これが「群」で戦うクラウンということなのだろう。実際、クラウンオーナーの平均年齢は劇的に若返り、ディーラーで実物を見て試乗した結果、当初の目論見と違う車型を選ぶ人も続出しているという。
クラウンエステートに乗る

クラウン群をザッと見てきたうえで、筆者が選ぶならどれか、を考えてみた。クラウンエステートである。
クルマ選びは、なりたかった自分探しみたいなものだ。
クラウンエステートはブランドラインアップのなかで、「創造」と「理性」のポジショニングだ。クリエイティブで理性的な人になりたかった私は、エステートに惹かれる。


実物を見ると伸びやかで余裕が感じられる。アウトドア趣味があるわけでないけれど、大きなラゲッジに旅支度を放り込んで長い旅に出たい。実現できないけれど、夢を見たいから、クラウンエステートに惹かれるのだ。アウディ・オールロードクワトロ(特に初代)みたいな感じと言ったらいいか。理性的でクリエイティブでなにより「余裕がある」感じ。どれも自分にないから、余計欲しくなる。

そのエステートに試乗した。修善寺から箱根までPHEVモデルのエステートRSをドライブした。大容量(18.1kWh)の走行用バッテリーを積んでいるのがPHEVモデルのポイントで、満充電時はカタログ上89kmのEV走行が可能だ。つまり日常走行はほぼEV走行で、ロングドライブではエンジンを併用するハイブリッドモデルとして使えるわけだ。
燃費性能は全長ほぼ5mのサイズにしてWLTCモード燃費20.0km/L。今回の試乗はわずか73kmだったが、EV走行比率が74%、電費は6.1km/kWhだった。開発者の「PHEVはプラクティカル(=実用的)なBEV」という言葉の意味はよくわかる。拙宅は3kWの普通充電ができるようにしてあるので、もしクラウンエステートPHEVと生活を共にできたら、本当に日常はほぼBEVとして使えるだろう。18.1kWhなら3kW充電でも一晩でフル充電できるし。

モーター出力
フロント 5NM型交流同期モーター 最高出力182ps(134kW) 最大トルク270Nm
リヤモーター 4NM型交流同期モーター 最高出力54ps(40kW) 最大トルク121Nm
(スポーツのPHEVとエステートのPHEVは同じ)
乗り心地・乗り味も気に入った。エステートRSはAVS(減衰力可変ショックアブソーバー)を標準装備しているのがハイブリッド車との違いであり、このAVSが良い仕事をしている。標準サスのHEVのゆったりロールする足も好みだが(クローズドコースではこっちの方が気に入っていた)、高速道路やワインディングも含めたリアルワールドではAVS付きのしっかりした乗り味が良かった。

今回の試乗で感心したのは、「リヤコンフォートモード」だ。AVSが少し柔らめのセッティングになり、DRS(Dynamic Rear Steering=後輪操舵システム)を同位相に少し多めに切る(最大0.3度)とのことで、これでリヤのスタビリティは上がり後席の快適性も上がるわけだ。走行モードは、ECO/NORMAL/SPORT/REAR COMFORT/CUSTOMから選べるが、個人的にはREAR COMFORTが一番しっくりきた。
後輪操舵システムを採用するモデルは他社も含めて増えてきたが、トヨタのDRSが自然な操舵フィーリングと取り回し、走行性能で一歩抜きん出ていると思う。

というわけで、クラウン群のなかで個人的なベストバイはクラウンエステートRS(PHEV 810万円)だ。だが、クラウンエステートのHEVモデル(635万円)との価格差は175万円になる。175万円で日常使いのBEV走行とAVS(可変ダンパー)、そしてREAR COMFORTモードが手に入るわけだ。これをどう考えるかは、予算次第ということになるわけだが、これも個人的なチョイスではPHEVとしたい(自分のお財布事情は別として)。

いずれにせよ、クラウンを群のなかから自分の価値基準で選ぶ時間は楽しく豊かである。これは十六代目が開拓した新しい”芸風”だと言えるだろう。

トヨタ・クラウンエステート RS(2.5Lプラグインハイブリッド車)
全長×全幅×全高:4930mm×1880mm×1625mm
ホイールベース:2850mm
車重:2080kg
サスペンション:Fマクファーソンストラット式 Rマルチリンク式
エンジン形式:直列4気筒DOHC
エンジン型式:A25A-FXS
排気量:2487cc
ボア×ストローク:87.5mm×103.4mm
圧縮比:-
最高出力:177ps(130kW)/6000rpm
最大トルク:219Nm/3600rpm
過給機:×
燃料供給:DI+PFI(D-4S)
使用燃料:レギュラー
燃料タンク容量:55ℓ
モーター:
フロント 5NM型交流同期モーター
最高出力182ps(134kW)
最大トルク270Nm
リヤモーター 4NM型交流同期モーター
最高出力54ps(40kW)
最大トルク121Nm
駆動方式:4WD(E-Four)
WLTCモード燃費:20.0km/L
市街地モード17.2km/L
郊外モード21.0km/L
高速道路モード21.8km/L
充電電力使用時走行距離89km
車両価格:810万円