接着剤にまでおよんだ静粛性向上策
「接着剤」というと、私たちの日常では「アロンアルファ」や「セメダイン」あたりが思い浮かぶ。
文房具も含めるならのりもある。
家の棚や学校の机の引き出しに「オーグルー」「アラビックヤマト」なんてのをしのばせていたひとも多いだろう。
自動車にも接着剤が多く使われている。
工業分野で用いられる接着剤は「構造用接着剤」といい、略して「構接剤」と呼ぶのが普通である。
気持ちはわかるのだが、書きまちがえたり変換ミスを見落としたりして「構接材」と表記されているのをよく見かけるが、「接着剤」なのだから、正しくは「構接剤」ね。
自動車ですぐわかる例を挙げると、車体前後のガラスがある。
昔は断面が「N」字形状の「Nゴム」で固定していたガラスがいまは「接着ガラス」に代わり、まさに名のとおり接着剤でガラスが嵌められている。
「それは間違っている」というボディ設計者もいるのだが、接着されたガラスにボディ剛性の一部を担わせるのがいまのボディ設計の考え方になっている。
あなたのクルマのガラス周囲に黒のセラミック塗装があれば接着ガラスの証拠だ。
ボディは数多(あまた)の鉄パネルの集合体で、それぞれスポットだけでつながっているイメージがあるが、実際には構接剤と併用である。
紙と紙をつなぐホチキスのように、「ポン、ポン」と「点(スポット)」で接合するから「スポット溶接」なのだが、「点」だけでの接合では心もとない。
実際には構接剤と合わせて「面」で接合されており、鉄と鉄を重ねる前に接着剤を塗布したあとにスポットでつなぐ。
こう考えると順序からして、接合のメインは構接剤で、それをスポット打点が補っているという考え方も成り立つ。
ただし、これを読んだあなたが「へえ」と思ってご自分のクルマを眺めてみても構接剤を見出すことはできない。
構接剤が使われるのはボディを構築するときだ。
完成車は当然、その後のシーラー塗布、下塗りに中塗り、上塗り塗装を経た後なわけで、構接剤はそれらの下に隠れている。
構接剤もいろいろあり、中には液(実際は粘度がかなり高いゲル状)でつなぐにとどまらず、細かなガラス破片を双方を食い込ませて接合度を上げる「ガラスビーズ入り構接剤」なんてのもあるのだが、ヘンケルジャパンのブースには、接着剤本来の機能のほかに、静粛性向上も図った構接剤の説明パネルが展示されていた。
高減衰構造用接着剤「TEROSON HDSA」である。

主な特徴は、
・静粛性の向上
・剛性と制振性能の両立による性能向上
・軽量化への対応
・生産ラインへの適合
「TEROSON」とは、同社の接着技術部門「ヘンケル アドヒーシブ テクノロジーズ」の持つ接着剤の7ブランド、「AQUENCE」「BONDERITE」「LOCKTITE」「Pritt」「Sista」「TECHNOMELT」「TEROSON」のひとつで、「HDSA」は「HIGH DAMPING STRUCTURAL ADHESIVE」の略だ。
一般に構接剤は、「エポキシ系で造られるが、これは別材料で造ることで減衰性を高めた」と。
その材料が何なのかは「企業秘密」とのことで聞き出せなかったが、説明パネルの「優れた静粛性」のグラフを見ると、在来の構接剤使用時に対し、この「TEROSON HDSA」は、300Hz付近、700Hz付近、1075Hz付近あたりで確かに減衰性向上が効果的に表れていることがわかる。

「TEROSON HDSA」はいま、現行型スイフトのアンダーフロアの接合に使われているそうで、ブースにはスイフトのフロアパンが立てかけて展示されていた。
フロアはパワートレーンからのNVH(ノイズ(騒音)・バイブレーション(振動)・ハーシュネス(突き上げ感))をもろに受ける部位だけにずいぶん効果的だろう。

残念なのは、本来の使われ方の状態で展示されているだけに、TEROSON HDSAそのものが鉄板に隠れて見えないことだ。わずかにはみ出た構接剤からしてこれまでと同じ黒の液体のようで、見た目は普通の構接剤と変わらないのだろう。



もうひとつ、この構接剤でいいと思ったのは、新しい機能を与えながら軽いことだ。
正確には従来と同等の重量らしい。
エンジンブロックなど、軽いアルミ製(正確にはアルミ合金)より重い鋳鉄製のほうが静粛性が上がるといった例はあるが、クルマの重量増が走りや燃費に与える影響でいいことは、概して「ない」といってよい。
コンマ何グラム単位の話だろうが、重量が変わらず新素材を使うことで静粛性が上がったのなら、相対的に軽量化を果たしたといってもよさそうだ。
あるいは、この「TEROSON HDSA」の使用範囲を広げることで、従来の制振剤をやめることができたら、やがてはさらなる軽量化が果たせる可能性がある。
ヘンケルジャパンは、ドイツのデュッセルドルフに本社がある、接着技術を核とするグローバル企業・ヘンケルの日本法人。
ヘンケルは1876年に設立され、スタートは洗剤やクリーナー製造だったようだが、途中で接着剤事業にも乗り出した。
朱色と白のケースを外し、黒のつまみを回すと固形のりが上がり下がりするスティックのり「Pritt(プリット)」は誰でも目にしたことがあるだろう。
Prittは1969年に発売された、世界初のスティックのりだったのだ。
接着剤は、本分を果たすときこそ目に見えなくなる影武者だ。
このような影の技術に支えられている面があっての自動車なのだなとあらためて認識させられた製品だった。