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スーパー耐久レースが変容を遂げている。かつては、N1耐久シリーズとしてジェントルマン・レーサーやアマチュアレーサーが競い合うハコレースの最高峰だったが、それに加えて近年は自動車メーカーの先進技術、特にカーボンニュートラリティを実現するための技術開発の実験場となっている。そのきっかけを作ったのはトヨタ、モリゾウこと豊田章男会長であるのは衆目の一致するところだろう。
自動車メーカーだけでなくタイヤメーカー、サプライヤーも積極的に関わるようになってきている。
シリーズ第三戦のNAPAC富士24時間レースには、豊田章男会長(選手)のほかに、佐藤恒治トヨタ自動車社長をはじめ、マツダ、スズキ、スバルなど自動車メーカーのトップが顔を揃えていた。多忙なメーカー首脳がレース観戦・応援だけにサーキットに出向くとは考えにくい。おそらく、レース中、報道陣には見えないが、あちこちでビジネスミーティングが開かれているのだろう。スーパー耐久シリーズ、とくに富士24時間レースにはそんな側面もある。


水素エンジンのリーンバーンに挑戦

さて、TGRR GR Corolla H2 Conceptである(TGRRは「トヨタガズーレーシング」と「ルーキーレーシング」が合体したもの)。
トヨタGRカンパニーは、水素を燃料とする内燃機関(ICE)を搭載したGRカローラでスーパー耐久シリーズに参戦を続けている。積極的にレースの現場を技術開発に使う理由は、過酷な環境下で試すことで想定外の事象を把握でき、それにスピーディに対応する技術開発能力が磨かれるからだ。現在では、トヨタだけでなくSUBARU、マツダ、日産(NISMO)、ホンダもカーボンニュートラリティを実現するための技術開発の場として、スーパー耐久シリーズを使うようになっている。
トヨタが提唱する「マルチパスウェイ」の一翼を担うのが水素だ。スーパー耐久のGRカローラがトライするのは、水素燃料電池ではなく、水素を燃料に使う水素エンジンである。レースを通じて水素エンジンの開発を進める理由は、システム構成がシンプルなため、低コストで水素社会を実現できる可能性があるから。そしてエンジンサウンドを奏でるICEは、今後もクルマに魅力、商品価値を付加する要素となるであろうという開発陣の想いもある。
開発初年度の2021年、22年はFCEVのMIRAIの高圧(70MPa)気体水素タンクを4本搭載し、圧力調整弁を介して水素をエンジンの送るシンプルな構成だった。初挑戦の21年でも無事に完走し、その可能性を証明して見せたが、水素燃料供給のインフラスペースは巨大でレースの現場には似つかわしくないものだった。そこで、24年は、気体水素から液体水素燃料を搭載するシステムに進化。真空二重層の液体水素タンクに充填されたー253℃の液体水素を気化器へ送る昇圧ポンプが技術的ハードルとなった。
水素タンクの進化
2022年富士最終戦 | 2023年富士最終戦 | 2024年富士最終戦 | 2025年富士最終戦(目標) | |
水素の種類 | 気体水素(70MPa) | 液体水素 | 液体水素 | 液体水素 |
液体水素ポンプ | ポンプなし | タンク外置き | タンク外置き | インタンク(超電導) |
タンク形状 | 円形 | 円形 | 楕円形 | 楕円形 |
タンク容量 | 180L | 150L | 220L | 300L |
水素搭載量 | 7.3kg | 10kg | 15kg | 20kg |
一充填航続ラップ数 | 約12周 | 約20周 | 約30周 | 約40周 |
一充填航続距離 | 約54km | 約90km | 約135km | 約180km |
そして2025年の今年の技術トライのハイライトは、高出力と低燃費を両立させる水素エンジン燃焼切り換え技術への挑戦だ。高出力が得られるストイキ燃焼(理論空燃比 λ=1)と低燃費を実現可能なリーン燃焼をドライバーの出力要求に合わせて自動的に切り換える。リーン燃焼では最大λ=2.5まで燃料を薄くする。ガソリンエンジンの理論空燃比は14.7前後、これに対して水素(H₂)は、34.3だから、λ=2.5とは水素1gに対して85.75gの空気が必要ということだ。
とはいえ、レースではほぼアクセルは全開。リーン燃焼になるのは、コーナー中やFCY(フルコースイエロー)くらいだが、水素エンジンが実用化され市街地を走るようになると、通常はほぼリーン燃焼となるから、ストイキ↔リーンの切換が違和感なくスムーズにできることは重要だ。今回のレースでもFCYでペースカーが入った時間がかなりあった。おそらく貴重なデータが採れただろう。
充填バルブに新構造・ワイヤーハーネスのアルミ化





もうひとつは、給水素時の充填バルブに新構造を採用したことだ。これにより充填スピードが約3割向上した(従来の1分半から1分に)。
さらに、古河電工との共同でワイヤーハーネスの一部を銅線からアルミ線に変更し、18%の軽量化を実現した。



決勝レースの結果は、468Lap(約2135km)を走行。総合41位、ST-Qクラス5位でフィニッシュした。雷雨や霧の影響でスタートがディレイ、中断もあり走行時間が短くなったにもかかわらず、走行距離を約1.4倍へ伸ばした。
超電導ポンプでパッケージ効率を上げる




今後の課題も見ている。液体水素技術を市販車に活用できるレベルに引き上げるには、さらなるパッケージ効率アップが必須だ。課題となっているのは、ポンプ。これを小型軽量化、さらにインタンク化するための技術として「超電導」に取り組んでいる。液体水素を使うことでタンクの中にはー253℃の極低温がある。これを利用することでタンク容量(と水素搭載量)を3割アップさせるのが目標だ。当然走行可能距離も3割伸ばせる。現在約135kmを180km程度にできる計算だ。超伝導ポンプの感性の時期は見えていないが、開発は確実に進んでいるという。こちらの進展も楽しみだ。