2022年。年が明けても海外に出かけるのはまだ無理という状況ですが、海外への思いは募ります。これは初めてフランス、ル・マンのサルテ・サーキットを訪ね、3日間、『ル・マン クラシック』というイベントを見るという夢のような週末を過ごした、2010年の思い出のお話です。
2010年の春。朝、いつものようにメールチェックをしていると、高校の同級生のI君からのメールが入っていました。高校時代は写真部の部長だった彼は、当時はスイスのジュネーブに駐在中。その頃はクラシックカーをはじめ、色々なイベントの写真をブログにアップしてくれていて、よく連絡を取り合っていました。彼からのメールは「溝さん、“ル・マン クラシック”というポスターを見たんだけど、これって有名なイベントなの?」という問い合わせで、ボクは慌てて返事を入れました。「それは、ル・マンのフルコースのサーキットを使ったレース・イベントで、ぜひ見てみたいイベントなんだ。もしかしてパリで合流できるかな?」と。
『ル・マン クラシック』とは、2年に一度の7月の週末、24時間レースで有名なル・マンのサルテ・サーキットのフルコースを使って3日間、昼も夜も、クラス分けされた当時ル・マンを走った30-70年代ごろの車たちが交互にフルグリッドで走り続ける夢のような自動車レース・イベントです。早速、I君は『ル・マン クラシック』のサイトでチケットを手配してくれました。3日間の通し券が46ユーロ、パドックパス(前売り限定)が30ユーロ、あわせて3日間で80ユーロ弱、日本円だと1万円くらいというリーズナブルなものでした。
そのチケットは4月に発注したものの、ル・マン24時間レースを主催しているACOから発券されるので、案の定、6月のル・マン本戦が終わった後のぎりぎりになっての発券となり肝を冷やしました。ホテルも5月から手配したので近くのホテルは一杯、ル・マンから1時間ほど離れた小さな町のホテルを押さえることができました。現地での足はI君がジュネーブでレンタルしたルノーのグランエスパスです。とても快適な車でした。
7月のパリに旅立ったボクは空港でI君たち家族と落ち合い、市内のホテルへと向かいました。翌7月8日はパリで半日観光ののち、ル・マンを目指し、到着後はまず駐車場やサーキットの位置関係を確認、旧市街のジャコバン広場に車を置いて夕食を食べてから、古い街並みを歩いて探索しました。サーキットでは翌9日からのイベントに向けて予選が繰り広げられていました。
翌朝、近郊のホテルを出発してル・マンへ。サーキットではまず駐車場――なんとまぁ、“VIP駐車場”という御大層なもの――に車を入れます。ボクたちは“サーキットへの送迎付きプラン”というものを予約していましたが、この年はその送迎がシトロエン・クラブの担当。シトロエンのDSや戦前の古いシトロエン バスがパドックまでのタクシーです。ガタガタと古いバスに揺られながらパドックを目指すのはドキドキものでした。
パドック入り口で入場チケットを見せての入場となりますが、このチケットは前売り販売しかないため、現地でパドックに入れずに残念そうな顔をいくつも見ることになりました。パドックでは白いテントの下、時代ごとに1923年から39年の“グリッド1”のクラスのクラシックカーから1972年から79年の“グリッド6”まで6つのクラスごとに、一台一台が宝石のような車たちが並べられており、もう舞い上がってしまって足が地につきません。ちなみに現在はグループCカーのクラスが加えられています。
ボクはスケッチブックを持って現地入りしていたので、出発前からエントリーリストで見て気になっていた、大好きなホーメットTXからスケッチしていきました。テントの下でタイヤを外し、特徴的なヘリコプター用ガスタービンエンジンの整備に余念がありません。ホーメットはアメリカのレーシングカーですが、アバンギャルドが大好きなフランス人たちには人気が高く黒山の人だかり。そんな中でスケッチをしているとみんなが見てくれて「マニフィーク(素晴らしい)!!」などと感想を言ってくれます。色は日本でつけることにして、鉛筆のライン・ドローイングで、写真ではわからない塊の立体感や細かい部分の描写にどんどん気持ちが入り込んでいきます。ホーメットはサーキットでも独特のキーンという金属音で皆の注目を浴びていました。その日はひたすらパドック内やグランド スタンド、クラブ・ブースなどを歩き回り足は棒のよう、何枚もスケッチを重ねて極度の興奮状態が続いていました。
I君が声をかけてくれてギネスのスタンドへ向かいます。会場では何回でも使えるエコカップが売られていて、それには『ル・マン クラシック』の柄が印刷されています。カップに黒いギネスの生ビールをたっぷりと入れてもらい、37度超えの真夏の灼熱のサーキットの夕暮れ時に、やっと吹き始めた風を感じながら喉を潤しました。
一度見てみたかったホンモノのプロトタイプの車たちが次から次へと押し寄せる…。50年代のジャガーDタイプやCタイプ、ル・マンの名車たちをその場で体感する…。こんな思いは二度とできないかもしれないので、ボクはひたすらその空間と時間、轟音の中に身を委ねていました。その時に描いた絵と、帰ってきてから描いていった絵を、これからどんどんご紹介していこうと思います。