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実はヤマハ発動機営業利益の約半分はマリン事業
ヤマハの次世代電動操船システム「HARMO」が実証実験を終え、市販型として販売されることとなった。水上でのゼロエミッション動力として期待がさらに深まった。
まず、ヤマハ発動機にとってのボート、船外機などを取り扱うマリン事業は、2輪事業と並ぶ大きな柱であることはご存知だろうか。実はその営業利益では2輪を凌ぎ、全社営業利益1815億円中の878億円と、全体の48%を占めている稼ぎ頭なのだ。

そのマリン事業を支える動力源となるのは基本的には内燃機関。様々な分野でゼロ・エミッション、カーボンニュートラルが叫ばれるが、何が起きるかわからない大海原に電動船舶で乗り出すというのはなかなか普及しづらいのが現状だ。けれど、ヤマハ発動機では、これまでの化石燃料に変わる合成燃料や水素をエネルギー源とする内燃機関や燃料電池がその役割を担うことも考えられており、近距離や港内、運河や湖など平水区域に限れば電動船舶の可能性は俄然高くなる。
そうした背景を踏まえ、HARMOは小樽運河や徳島市のひょうたん島クルーズなどで、実証実験を重ねてきた。
そしていよいよ2025年6月、十分な実証実験を終え、HARMOは市販モデルとして販売されることとなった。ヤマハ発動機の「新中期計画’25-’27」、そして「マリン版CASE」を推進させる大きな原動力でもある。








リムドライブ式のモーター、制御系統も水中に配置
ヤマハではHARMOを電動推進システムと呼んでいるが、それは単なる内燃エンジンを電動モーターに置き換えた船外機ではないからだ。まずHARMOにはプロペラシャフトがない。通常の船外機は上部にエンジンを搭載、プロペラシャフトでプロペラへ動力を伝えるが、HARMOはプロペラのそのものがモーターの回転子となり、その周囲のリムとの磁界によるリムドライブ式モーターを採用している。自動車で言えば、インホイールモーターにイメージは近いかもしれない。

その構造のお陰で、可動部分が走行時は水中にあるため、船が走る際、水を切る音以外の走行ノイズはまず聞こえてこない。ちょうどヨットで帆走しているようなイメージだ。
そして、方向を決めることになる舵部分にコントロールユニットが内蔵されている。つまりその部分も水中にあり、「水冷式」とすることができているわけだ。

また、大きく舵を切ることができ、通常の船外機よりも格段に小回りが効くことになる。
これらの主要構造は、実証実験モデルのものとほとんど変更はなく、市販モデルでは配線などを収めるヘッド部分の配線取り回しなどのレイアウトを見直したためコンパクトなシルエットとなり、通常の船外機取付ブラケットに対応する変更が行われた。つまり、肝となるまったく新しい推進装置部分に問題はなかったというわけだ。
操船は、誰にもわかりやすいジョイスティックひとつのみでもできるし、従来の前後スロットルコントロール+ステアリングでも対応可能だ。
また、今回の市販モデルから、ジョイスティックを任意の倒した位置でホールドすることができるようになった。クルーズコントロールのように、手放しで定常走行が可能だ。

さて、試乗は残念ながら小雨が降る天候だったが、横浜ベイサイドマリーナのハーバー内での試乗なので波はない。試乗艇は市販型となる新型HARMO1機掛けのカナルボートタイプと、実証実験に供した初代HARMO2機掛けのポンツーンボートタイプで行った。なお、前述のように初代と新型に、取り付け部分以外大きな違いはなく、走りに差が出る比較というわけではない。



離岸、着岸は操船でもっとも難しく技量が試される部分だが、HARMO本体の左右70度、計140度という大きな舵角と、ジョイスティックによる直感的な操作により、誰もが容易に離着岸可能だし、その場旋回もできる。特に2機掛けのポンツーンボートでは、左右のHARMOの舵角、プロペラ回転方向が協調制御されるので、操船者が頭を使って考えることなくジョイスティックを倒すだけで、真横に推進することも可能。





今回は試せなかったが、ヤマハの操船制御システムヘルムマスターEXの定点保持、オートパイロットにも対応した。
4km/h程度の走行では、ほぼ無音。時々、チャプチャプという波がぶつかる音が聞こえる程度。誰かが手で漕いでいるのでは?と思うほど。最高速度に近い9km/hまで出してもらったが、波を切る音が聞こえるだけで、推進に関する騒音、騒音、臭いはまったくない。
船酔いが苦手という人の多くは揺れによるものがもちろんだが、振動や排気やオイルの臭いも大きく影響するはず。そういう人にもHARMOは抵抗なく受け入れられるだろう。

それに、HARMOの使用シーンでまず思い浮かぶ観光地の遊覧船などでの使用では、ガイドの解説が重要。そんなときにエンジン音が邪魔することなく、ガイドと景色を楽しめるわけだ。

さて、電気自動車と同じく、電動船のデメリットは充電インフラと航続距離にある。船の場合、沖で電欠してしまった!では済まされない。しかし、現状でHARMOは、30年前の電気自動車のように、鉛バッテリーを動力用バッテリーにも使用しており、リチウムイオンでの運行はやっていないという。遅れている技術とも受け取れる鉛バッテリーを使うのは、イメージ戦略的にもいかがなものかと思った。
その点について尋ねてみると、リチウムイオン電池を動力源に使用することは技術的には可能だそうだが、現在の法律では、リチウムイオン電池を搭載する船への船検を取れる仕組み、基準がないのだそうだ。確かに、船の火災は時々ある。少し前には加山雄三さんの光進丸が火災に見舞われたが、原因は特定されないものの、電気系統も大きく疑われた。
つまり、HARMOはヤマハブランドを高めるため、環境対応への姿勢を見せるの試験販売をする段階でなく、本気で販売して実用品として世の中に普及させていきたいというモードに入っているとも言える。航続距離に関しては、遊覧船など決められた航行では必要に応じた容量のバッテリーを搭載してやればいい。自動車ほど「軽さ」の重要度は高いとは言えない。
ちょうど2年ほど前、僕はホンダの電動船外機の試乗で松江を訪れたが、そのときに受けた印象では、エンジンをそのままモーターに置き換えるホンダのほうが普及が早いのではと感じた。松江城のお掘りを周回する電動遊覧船のエネルギー源には、利便性の高いリチウムイオン電池「Honda Mobile Power Pack e:」を使用していたのが対照的で、非常に興味深い。


現在、HARMOは、小樽運河クルーズでHARMO搭載船(ただし、従来型)を運航している。すべての船でなくディーゼルあるので、乗り比べも可能だ。新型HARMOに関しては、10月よりヤマハのe-Bikeを体験試乗できる横浜みなとみらいの「YAMAHA e-Ride Base」と連携し、新型HARMOを搭載したポンツーンボートを運行する。予定では週末の運行で、料金は無料だ。また、徳島のひょうたん島クルーズでは、11月より新型HARMOを搭載した新造船にて運航を開始する予定とのこと。
HARMOにより、無音で水上を滑るように走る気持ちよさを一度味わってみてはいかがだろうか。
●HARMO主要諸元
最大最大トランサム高(mm):L | 508 |
最大トランサム高(mm):L | 58 |
モーター出力(W) | 3.1kW(9.9PS相当) |
電源(V) | 48 |
Yamaha E-Ride Base https://global.yamaha-motor.com/jp/showroom/yeb/