牧野茂雄の「2022年私的」キーワード その4:「ご・か・ん」

2022年のキーワード「ご・か・ん(互換)」日本は個別最適ではなく全体効率を志向するべきだ

「互換性」ゼロの世界がここ。10年前に撮影したものだが、現在でもまったく変わらない個別最適の極致だ。果たして使い手はそのメリットをとことん味わえるのだろうか。右下の薄い電池は2代目iPodに使われた半固体LiB、いわゆるリチウムポリマー電池。
2022年、自動車業界には何が起きるのか……ちょっとひねったキーワードを5つ挙げる。直球はつまらないので変化球でお届けする。4つめは「ご・か・ん」だ。これからは技術の互換性、製品の互換性が重要になる。「ここでしか使えない」と思われていたものを「あっちでも使える」ようにする。日本が固執してきた個別最適ではなく全体効率を志向するべきだ。
TEXT & PHOTO◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

日本は「個別最適化」が大好きであり、得意だ。
日本人の資質と、無資源国という事実がもたらした美徳だろう。
しかし、これからの技術全面戦争時代には別の価値観が要る。

世界でもっとも品質の高い料理用アルミホイルを安価に提供できる国=日本」には、大きな可能性がある

互換を進めるに当たっては、その邪魔になるルールを変えるという手段がある。かつて日本は、自動車の基準認証という分野で世界共通の自動車ルールを作るため積極的に音頭を取ってきた。産官連携である。

それは「リーダーシップをとる」というカッコのいいものではなく、「根回し」活動と「盛り上げ」だった。「こういう話題をやりましょうよ」と持ちかけ、「むこうさんはこういうルールならいいと言っていますよ」「ここはひとつ、みんなで共通のルールを作りませんか」「会議費用はウチで持ちますから」という、イベント幹事のような活動を黙々と、しかしつねに目的を忘れずに行なってきた。

その成果は、灯火器(ランプ)やブレーキについての世界共通基準制定や世界共通の燃費・排ガス測定方法であるWLTC(ワールドハーモナイズド・ライトビークル・テスト・サイクル)とWLTP(末尾のPはプロシージャー)の創設である。世界中で商売をする日本の自動車産業にとって、ルールの統一には大きな意義がある。「仕様違い」を減らせるのだ。

ちょっと古いが、家庭用ビデオデッキのVHSとベータマチックは、テープの大きさも記録方式も違う。DVDとブルーレイと言えばわかりやすいか。排ガス・燃費の測定方法が大きく違うと、こうした「フォーマット違い」くらいの差になる。現在、WLTC/WLTPは欧州、日本、インドなどが採用しており、中国も基本的には賛同している。

ECE(国連欧州経済委員会)の下部組織にWP29(ワーキングパーティ29)というグループがある。英語ではGroup of Experts on the Construction of Vehicles という表記だ。日本語だと車両構造専門家会議という感じだろう。ここでは自動車の欧州基準(ECE Regulation)を決める審議を行なうが、国連の「1958年協定」という相互認証協定を批准している国はECE基準を無視できない。

たとえばアメリカは、自動車の規格・基準としてFMVSS(Federal Motor Vehicle safety Standards=連邦自動車安全基準)を定めている。これとECE基準は相互に「読み替え」が行われ、FMVSSのこの規定はECEのここ、というように双方を尊重した解釈が行なわれる。だからアメリカで欧州車を売る際には欧州でのデータがそのまま適用される。

日本も1958年協定加盟国であり、ECEとFMVSSおよびカナダのCMVSSは日本の「道路運送車両の保安基準」(これは法律ではなく国土交通省令)と読み替えが行なわれる。ただし、中国は1958年協定に加盟していないので中国の基準であるGB(中国語読みでは国=Guo、票=Biaoになる)は、日本の保安基準との読み替えは行なわれていない。

佐川急便が中国製のBEV(バッテリー・エレクトリック・ビークル)を輸入するとか、中国製の小型BEV商用車が日本企業に注目されているとかいった話があるが、1958年協定に加盟していない中国GBを受け入れるには日中の話し合いが必須だ。GBはECEのほぼコピーだから基準読み替えは可能なのだが、中国側にそれに応じる姿勢がない。輸入するなら並行輸入もしくは特別制度のPHPを利用するしかない。つまり、同じ仕様のBVEは年間1000台程度しか輸入できない。

中国を1958年協定に誘い、世界最大の自動車市場を世界共通ルールに乗せる。これが実現すれば自動車技術と自動車部品の互換性は高くなる。同時に、いまいろいろと問題になっている車両駆動用の2次電池、LiB(リチウムイオン電池)に代表される電池分野では、オールジャパンでの仕様互換化が有効だ。

極材面積を稼いでイオンの移動機会を増やすラミネート方式は、ソニーがリチウムイオン2次電池を初めて実用化したときも薄型電池だった。現在は欧州メーカーのBEVでも使われている。

もう10年以上前になるが、日本の電池メーカーに極材や電解液を供給する化学品メーカーはこう言っていた。

「細かい仕様を追求したところで、性能には大して影響がない。BEVもHEV(ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)も制御で出力・トルクはかなりの領域まで制御できる。電池の極材を統一し、全社が同じものを使ってくれるなら、我われの出荷価格は約半分にできる。細かな仕様差をなくせば済むことだ」

その後、日本で発売されたBEVやHEVは、それぞれ特注仕様の極材やセパレーター、電解質液を使い続けた。そのいっぽうで中国は、オーダーメイドではなく既製品(といっても種類はあるが)を使った。

日産が「リーフ」に使っている薄型のラミネート型LiBは、三菱「アウトランダー」PHEVにも使われている。グループ内での共通化だ。電池の使い方には違いがあるが、電池そのものは同じだ。製造は、かつて日産とNECの合弁会社で現在は中国の遠景(エンビジョン)グループに買収されたエンビジョンAESCである。

直径18mm×長さ65mmだから18650型。この写真は12年前に三菱ケミカルで撮影したもの。テスラはこの形式の小型円筒形電池をずっと使ってきた。

電池は研究成果がそのまま製品にならない分野だ。ラボ段階ではいろいろなアイデアがあっても、それを等品質で延々と量産する技術がなければ絵に描いた餅のままだ。微に入り細を穿つような製造技術は日本が得意であり、ここは個別最適化が全体効率を高めてくれる領域でもある。「世界でもっとも品質の高い料理用アルミホイルを安価に提供できる国」である日本には、大きな可能性がある。

車載コンピューターのためのOS(オペレーティング・ソフトウェア)、5G通信を使うプロトコル、LiB、BEV用変速機に使うギヤ、電動車用部品・ユニットの製造技術……日本国内での互換性が保たれていれば各自動車メーカーが世界市場へ製品展開する場合にも、補修部品のサプライチェーンも含めて有利になるのではないだろうか。個別最適の考え方はむしろ、邪魔になる。

これは2017年の東京モータショーでの写真。すでにバイポーラ型電池用の極薄膜が展示されていた。NiMHの車載電池はトヨタグループがバイポーラ化に成功した。LiBはまだバイポーラ化に成功していない。

互換が進み、調達コスト面のメリットが出れば、賛同者を得られやすい。以前の基準認証統一のように世界的な標準になる可能性もある。つい先日、VW(フォルクスワーゲン)とテスラがドライセル(乾式LiB)を使用するというニュースが報じられたが、薄膜を作る技術も、その表面に何かを塗布する技術も日本が得意とするものだ。べつに慌てる必要はない。対抗できる互換化をオールジャパンで進める好機ととらえればいい。

少々余談だが、料理用アルミホイルの作り方はそう簡単ではない。暑さ50cmほどのアルミ塊(ビレットと呼ぶ)をローラーの間を何度も往復させ、0.2mmほどの薄さに延ばす。この段階では、素材の両面は同じ性質である。さらに薄くするため、こんどはこの薄い素材を刃物で2枚に割る。だから、料理用アルミホイルの片側には光沢があり、反対側には光沢がない。

この「2枚に割る」作業は自動で行なわれる。日本製のアルミホイルの表面に傷やシワがあることは、まず皆無。これが自動工程の精度である。

あわてず、しかし素早く、互換志向を進める。2022年が、その胎動を数多く見られる年になると願う。

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…