その本質は“短くしたステップワゴン”だった!?

【アーカイブ・一世一台】“プライス・バリュー”戦略の波間に消えたショート版ステップワゴン、ホンダS-MX

何代も代替わりでその名が永く継承されるクルマもあれば、一代限りで途絶えてしまうクルマもある。そんな「一世一台」とも言うべきクルマは、逆に言えば個性派ぞろいだ。そんなクルマたちを振り返ってみよう。(初出:2020年8月29日)

空前のRVブーム到来、しかしRVって何だ?

1990年代初頭、日本はまさに空前の「RVブーム」の只中だった。「RV」とは「レクリエーショナル・ヴィークル」の頭文字で、「余暇や娯楽用のクルマ」という意味になるが、欧米ではいわゆる「キャンピングカー」のことを指す。しかし日本における「RV」が、いったいどういった車種を指すのかは、実はこの時から明確な定義は存在していなかった。

S-MXは全長は短いが全幅は5ナンバー枠いっぱいというボクシーなスタイリングを持つトールワゴン型乗用車だった。キャッチコピーの「ステップバーン」は、かつてのステップバンへのリスペクトの意味もあり、S-MXのデザインにもその匂いがあった。

日本におけるRVとは、トヨタ・ランドクルーザーや三菱パジェロのようなクロスカントリーカーやオフローダー、トヨタ・ハイエースのような商用バンといった、いわゆる「実用車」をベースに、アウトドアでのレジャー用途に供するための装備類を付加して乗用派生させたものらしいという、ざっくりした認識しかなかったのである。もっと言えばこの当時は、大勢の子どもたちを乗せて少年野球やサッカーの試合に送迎するという用途から、ミニバンさえ「RV」と呼ばれていたのだ。

右側面にリヤドアのない、3ドア+リヤハッチというユニークな非対称構成。

しかしながら「人気の“RV”とは、どうやらクロカン車やトラックのような”実用車”から派生するクルマらしい」ということがわかっていても、そもそも”実用車”をラインアップしていない自動車メーカーはどうすればいいのか? このRVブームを指をくわえて見過ごしたまま生き残れるのか? それとも他メーカーのOEM車でブームをしのぐのか? そんな苦悩に揺れたメーカーのひとつがホンダだった。

全長はリッターカー~1.5ℓクラスの中間サイズ。ホイールベースは1.5ℓクラスだ。

「ホンダにはクロカンを派生させるトラックもないし、ディーゼルも持たない。造るなら乗用車派生、そして前輪駆動車ベースである。われわれの考えているクルマは、世間でいうRVの範疇に入るかもしれないが、商用車ベースのRVとは一線を画する。RV性は保つ。しかし、これらのクルマは新世代の乗用車という意気込みがあった」
そう語ったのはホンダの四輪事業本部開発企画室RAD(自動車開発総括代表)の有澤徹氏(当時)だ。実用車を持たないホンダは、世間のRVブームに対し、「FF乗用車をベースとしたRV的なクルマ」を造ることを決断。それらは新たなジャンルのクルマとして、あえてRVではなく「クリエイティブ・ムーバー(生活創造車)」と称されることになる。

第一弾は、Dセグメント級乗用車のアコードをベースに、1994年に発売したミニバンのオデッセイ(後にラグレイトも追加)。その成功をもとに、ひと回り小型のCセグメント級乗用車のシビックをベースに造られたのが本命とも言える3台で、1995年発売のSUVスタイルのCR-V、そして1996年発売の背高ミニバンのステップワゴンと小型トールワゴンのS-MXである。CR-Vやステップワゴンは理解できるが、S-MXというクルマはいったい何を意図していたのだろうか?

S-MXというクルマとは何だったのか?

1996年に発売され、2002年まで販売されたS-MXは開発名をそのまま名称としており、Sはストリート、Mはムーバー、Xは未知数の意味。一方、これに対してF-MXという開発名の車両が存在する。F-MXのMとXの意味は同じだが、Fはファミリーを意味する。実は何を隠そう、これはステップワゴンの事である。この対比からわかる通り両者は完全に兄弟姉妹の関係にあり、事実、開発は同じチームが行なっていた。

ベンチシートとコラム式ATの採用で、フロントシートは容易に左右に移動できる「パラレル・ウォークスルー」となっており、便利な使い勝手を実現していた。

デビュー時に「恋愛仕様」とエモーショナルな面を大々的に訴求したことから、現在に至るまでS-MXは「究極のデートカー」などと、いささか好奇な面から喧伝されるが、その実態は「2列シートの小型ミニバン」、もっと身も蓋もない言い方をすれば「短くした初代ステップワゴン」である。ステップワゴンは3列シートで定員6人以上の正統的なミニバン、「ファミリー・ムーバー」だが、実はこの「ファミリー=家族」の定義を考えるとS-MXの本来の立ち位置が自ずと見えてくる。

300mmもスライド可能なリヤシートは足元に高級リムジンなみのゆとりあるスペースを生み出した。

1950年代の日本の平均世帯人数は5.0人、具体的には夫婦に子ども3人が典型的な「家族」の姿であった。だが1961年には4人を切り、以後、やや減少傾向が落ち着くものの、1992年にはとうとう3人を切るに至る。つまりF-MXやS-MXが開発にかかった頃には、夫婦に子ども1人という構成が、典型的な日本の「家族」の姿になろうとしていた。

そんな社会情勢のなかで、「果たして将来的に、日本で3列シート多人数乗車のミニバンが必要とされるのか?」という論議が無かったと考える方が不自然だ。実際、「(S-MXは)ファミリー志向のミニバン、F-MXとの一対構想で、“大きいやつと小さいやつ”という価格帯内の位置づけだった」と開発陣はその裏側を語っていた。

ベンチシートを採用したからこそ実現可能となったフルフラットのシートアレンジ。セミダブルベッドなみの広さを誇る。リヤシートバックを立てた状態でリラックスシート的にも使えた。車中泊ブームの現在なら…と思う。

つまり大家族向けミニバンのF-MX(=ステップワゴン)に対し、多人数乗車が必ずしも必要ではない、まだ子どものいない新婚夫婦や、ひとり目の子どもが生まれたばかりのような極めて若い家族を想定したミニバン(?)がS-MX。この、言うなればハイ/ロー・ミックス戦略でホンダはニッチを埋めにかかったのだろう。これまた至極真っ当なコンセプトと言える。

ところが開発にあたったひとり、本田技術研究所LPL室のLPL(ラージ・プロジェクト・リーダー)、野口牧人氏(当時)は、当初は「けっとばしたくなるくらい、つまらないクルマ」だったと語っている。つまり、あまりに真っ当なコンセプトに従って作っただけでは、「製品になっても(魅力的な)商品にはならない」ということだ。そこで取り入れられたのが「ファミリー」とは対極にある「ワル」というキーワード。これでクルマのキャラクターが立ち、「ステップワゴンの補助的な車」という立ち位置から脱して俄然、S-MXというクルマに面白みが出てきた(逆に言えば、この部分や「恋愛仕様」というキャッチフレーズが独り歩きしてしまった事から、後年、「いささか不真面目なノリで作ったクルマ」という誤解を生み、現在も面白おかしく伝えられてしまう事にもなってしまうのだが…)。

キーワードの「ワル」を象徴するかのような「ローダウン」も発売された。メーカー純正としてこんな仕様が発売されたのは、実は画期的なことだった。

それをうけて、軽いステアリング設定、大きめのエンジン音やベンチシートの肯定、ローダウン仕様の設定と、およそ真面目な技術者が「ホンダでは、こんなことをやってはいけないんです」と怒り出すような「文法くずし」をあえて行なっている。だが、それは実は表面的な味付けに過ぎず、このクルマのキモである「ミニバン由来の使い勝手の良さ」は決して犠牲にしていなかったのである。

付け加えれば、「3列ミニバンを2列に短くしたクルマを作る」と考えた場合、凡百の開発者やデザイナーならば、明確に運転手席と助手席が分かれたセパレート式の1列目と3列目を残して2列とすることを考えるだろう。だが、そんなレイアウトでは普通のセダンと何ら変わるところが無い。ミニバンとしての個性が台無しで、そもそも新しいクルマを作る意味がない。S-MXのレイアウトが画期的だったのは、2列目と3列目のシート機能を残したことにある。だからこそS-MXの1列目はベンチシートでなければならなかったのだ(もっとも、何を思ったのか、その後の改修でセパレート式に1本化してしまい、慌てて元に戻すという迷走を見せるのだが…)。

いったい誰がS-MXを殺したのか?

かくして前代未聞の”ミニバンの使い勝手を備えた乗用車”が誕生する。先述の通り、大々的に「恋愛仕様」を押し出しての売り込みは、当初、漠然と想定していたと思われる小家族(?)ばかりでなく、目新しいもの好きな若者全般に「刺さった」。結果から言えば、”何だかよくわからないけど面白くて便利そうなクルマ”であるS-MXは「売れた」のである。これは宣伝・広告のスペシャリストとして”トールボーイ”シティのコマーシャルなど話題になった宣伝を残したことでも有名な有澤RAD(当時)の戦略勝ちの観もある。

1999年9月のマイナーチェンジの際、前席は前後ウォークスルーを意図したのかセパレートシートが標準とされ、せっかくのベンチシートはなぜか「ローダウン」のみに残された。翌年あわてて(?)標準モデルにも復活させたが、これは迷走と言えるかもしれない。

さて、S-MXの特徴は…と考えると、身も蓋もない話だが、基本的にはエンジンを含めたメカニズムから使い勝手、ご丁寧に右リヤドアを備えない点に至るまで、初代ステップワゴンと同じなので、取り立てて言うべきものがない。ローダウン仕様も販売されたが、当時、試乗した印象ではひたすらゴツゴツと突き上げてくる感じだけが記憶に残っており、これまた身も蓋もない話で恐縮だが、ローダウンしたミニバン以上でも以下でもなかった。これにわざわざ軽めのフィールに設定したステアリングなものだから、到底「攻める」などというレベルのシロモノではない。そもそもがベンチシートなのだからハナから無理な相談だ。

ローダウン仕様はあくまでカスタム文化としての「バニング」を取り入れたスタイリング上の仕様であり、開けた窓から白いTシャツの右肘でも出して、けだるそうに街中を流すためのものに過ぎなかった。結局のところ、フルフラットになるシートなど、「コンパクトなボディに自在性に富んだ居住空間を備えたレイアウトの妙」こそがS-MX最大の特徴だが、これははからずもホンダ伝統のMM(マンマキシマム、メカミニマム)思想に通底する。やはりS-MXの本質は「真っ当(かつ真面目)なホンダのクルマ」だったのだ。

S-MXは発売からしばらくは好調なセールスを続けたが、無論、販売に陰りが見え始める。その大きな理由はトヨタbBというフォロワーが登場したからだという説があるが、トヨタbBが登場した2000年以前からS-MXの失速は始まっていたし、両者のセグメントが異なるからこれには納得しかねる。

では、いったい誰がS-MXを殺したのか?

後年、筆者がホンダの開発者から伺った話だが、登場からの年数を経るごとに“兄”であるステップワゴンの買い得感が高まり、ユーザーがあえて”短いステップワゴン”である“弟”のS-MXを選ぶ積極的な理由がなくなったことが大きかったという。

つまりS-MXは、強いて言えば「身内、それも“兄”によって殺された」のだ。S-MXが”短いステップワゴン”である以上、二代目になろうと三代目になろうと、販売上の「弟殺し」の悲劇(?)は何度でも再現されるはずだ。それゆえにS-MXはその後はステップワゴンに統合され、一代限りのクルマ、「一世一台」の存在になったのである。

S-MXの登場時、有澤RADはこうも語っている。
「消費者は、萎縮期を脱し、安くていいものを求めるよう変化した。ホンダの打ち出したのは、価値あるものを価値ある価格で提供するプライス・バリュー戦略だ」

生意気を承知で書けば、この分析は決して間違っていない。極めて正しい。しかし皮肉なことに消費者は、これまた失礼千万を承知で書かせていただければ、「開発者の想定よりもさらに貧乏根性」だった。「大は小を兼ねる」とばかりに、消費者は、より大きなステップワゴンの方にプライス・バリューを感じるようになったというわけだ。ステップワゴンの価格がこなれて安くなれば、安いステップワゴンもどき(=S-MX)は不要だったのだ。

もし早々に「ワル」というキーワードを薄め、車中泊しやすいシートレイアウトを武器にRVとして正統的な「アウトドア」へと方針変更し、SUV的な方向性へソフトランディングをはかっていたら、S-MXは少し違う形での2代目が有り得たかもしれないが、それはあくまで「タラレバ」の話だ。

とは言え、S-MXの「コンパクトなボディに自在性に富んだ居住空間」というDNAは、直後に登場する初代フィットやその派生のモビリオ、モビリオスパイク(後にスパイク)といったクルマたちに継承されて代を重ね、「全長の短いミニバン」というコンセプトは、これまた「一世一台」となったクルマだが、同じくシビックがベースのユニークなミニバンであるエディックスへ影響を与えたと見ることができるかもしれない。

(初出:2020年8月29日)

■ホンダ S-MX(ベースモデル) 主要諸元

全長×全幅×全高(mm):3950×1695×1750
ホイールベース(mm):2500
トレッド(mm)(前/後):1485/1485
車両重量(kg):1330
乗車定員:4名
エンジン型式:B20B
エンジン種類・弁機構:水冷直列4気筒DOHC
総排気量(cc):1972
ボア×ストローク(mm):84.0×89.0
圧縮比:8.8
燃料供給装置:電子燃料噴射式(ホンダPGM-FI)
最高出力(ps/rpm):130/5500
最大トルク(kgm/rpm):18.7/4200
トランスミッション:4速AT(ロックアップ機構付き)
燃料タンク容量(ℓ):65
10.15モード燃費(km/ℓ):11.2
サスペンション方式:(前)マクファーソン/(後)ウィッシュボーン
タイヤ(前/後とも):195/65R15
価格(税別・東京地区):164.8万円(当時)

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著者プロフィール

高橋 昌也 近影

高橋 昌也

1961年、東京生まれ。早稲田大学卒。モデラー、ゲームデザイナー、企画者、作家、編集者。元・日本冒険小…