偉大な先駆者か、空前の問題作か? ロゴ一族の興亡(その2)

【アーカイブ・一世一台】ホンダ・ロゴとJムーバーの光と影(その2・「Jムーバー」キャパ&HR-V 編)

ホンダ「Jムーバー」第二弾、SUV仕立てのHR-V。日本では低迷したが海外では一定の評価を得ており、海外ではあるが、唯一、2代目に名前が引き継がれた。日本では「ヴェゼル」を名乗る。
何代もの代替わりでその名が永く継承されるクルマもあれば、一代限りで途絶えてしまうクルマもある。そんな「一世一台」とも言うべきクルマは、逆に言えば個性派ぞろい。そんなクルマたちを振り返ってみよう。(初出:2020年11月1日)

ライフスタイル&ステージにあわせたロゴ派生車種群、その名は「Jムーバー」

1997年の東京モーターショーに展示された「J」の文字を頭に持つ4台のコンセプトカー。これこそ、「ロゴ」の派生車種群であった。

1997年の東京モーターショーに展示されたコンセプトカー群。後に「CAPA」となる「J-MW」(左上)、「HR-V」となる「J-WJ」(右上)、「インサイト」になる「J-VX」(左下)、発売されなかったトールワゴン「J-MJ」(右下)

コンセプトカー「J-MW」の正体は1998年発売のトールワゴン型の「CAPA(キャパ)」であり、「J-WJ」は同じく小型SUVの「HR-V」、クーペ型の「J-VX」はなんと1999年発売のハイブリッドカー「インサイト」である。「J-MJ」は「走ればクルマ、止まれば部屋」というコンセプトのトールワゴンだったが、これは「キャパ」とキャラクターが被るためか市販化は見送られたようだ。外観やコンセプトを見る限りでは、後年の「モビリオスパイク」に近い。これらの中でも「J-VX」=「インサイト」はキャラクターが違うためにシリーズ外とされ、結局、「キャパ」と「HR-V」の2車種が「Jムーバー」を名乗ることになる。ちなみに「Jムーバー」の「J」は「Joyful=楽しさ」、「Jolint=(人とクルマを)結ぶ」を意味する。

これら「Jムーバー」は、バブル崩壊後のホンダを救ったオデッセイやステップワゴンにCR-V、S-MXを加えた「クリエイティブ・ムーバー」シリーズの後を継ぐ第2のシリーズであった。「在来のRVやワゴン、ミニバンのいずれにも属さず、もちろんセダンやクーペといった既存の乗用車の形態とも異なるホンダ独自の発想によって展開される新鮮なイメージの車種」であり、「楽しさ」をキーワードに作られたクルマであるとされていた。

何やらわかり難い説明だが、要は「若者をターゲットに置いた、街乗りからレジャーまで楽しめるカッコよくて面白いクルマ」ということだ。つまりベース車のロゴで置き去りにされた感のあった「若者」というジェネレーション(多分、「男の子」というジェンダーが代表するような諸々も)、「走り」や「面白さ」、「楽しさ」といったエモーショナルな部分(今でいう「エモい」)を引き受けるのは、これら「Jムーバー」の役目だったのである。だからこそ、ロゴはあえて徹底的に堅実かつ実用に徹していた。いや、商品戦略の展開上、徹さざるを得なかったのだ。

「Jムーバー」第一弾、背の高いコンパクト・マルチワゴン「CAPA(キャパ)」。走りともども決してスポーティではないが、それはこのクルマの狙いではない。ロゴのアドバンスド・モデル的な立ち位置でもある。

Jムーバー第一弾の「キャパ」が発売になる際、ロゴやJムーバーの開発を統括された黒田博史RAD(=Representative of Automotive Development=自動車開発代表) (当時)は、「ホンダのなかで、あのように堅実で真面目なクルマ造りをするとは、結構たいへんなことだ。突っ走るクルマは、造りやすいという環境なのだ。そこに、セカンドカーとしては、この性能で充分です、という社内説得をしなければならない」と、ロゴがホンダには珍しく、甚だ「我慢」のクルマ造りであったことを認めている。そして「キャパを造った人達は、やりたいことが出来たと思う。今後の(Jムーバーの)クルマもそうなるだろう」とも。

Jムーバー第一弾の「キャパ」は、ベース車のロゴと全長や全幅(当然ながらホイールベースも)はほぼ変わらずに、全高が150mm以上もアップしたトールワゴンだ。全高が極端に高くなったように見える以外は、全体のイメージはロゴを踏襲していると言ってもいい。左右、中央と3分割されたようなバンパーのデザインも、実はロゴのデザイン案で最後の最後まで検討されたものを踏襲している。全体的にロゴのハイルーフ仕様とでも言いたくなるようなスタイリングだったが、その中身はかなり異なっていた点がホンダらしい。

ワゴンだから当然だが、使いやすい大開口テールゲートを備える。リヤコンビランプが印象的だ。

まず、ロゴがベースとは言え、プラットフォームはかなり異なったものだった。普通ならフロア下に設けるアッパーフレームやクロスメンバーをフロア上に前後にまっすぐドンと配置した、言うなれば2階建ての新骨格二重フロア構造を採用しているのが最大のポイントだ。フロアの上に骨格部材を配置し、さらにその上にフロアを載せて骨格部材をサンドウィッチにするイメージである。

「フレームやメンバーをフロア上に配置すれば、エンジンマウント部との段差やサイドシル側への屈曲が軽減され、無理なくまっすぐ配置できる。まっすぐ配置できれば空間的な無駄を伴わず強度を高められ、コンパクトなボディの利点と全方位にわたる衝突安全性を楽に両立できるわけです」と、キャパの開発を率いた大蝶義昭LPL(=Large Project Leader)(当時)は語っている。

ダッシュボードまわりはロゴに近い印象だが新規デザイン。各種スイッチの操作性も良好だった。

また、このフロア間の空間に前後席のシートレールや後席用ヒーターダクト、後席用フロアボックスといった邪魔物(?)をおさめ、居室空間のフラットフロア化を実現させた。つまり衝突安全性と空間性の充実のためのサンドウィッチ構造なのである。

ちなみに、このフロアのサンドイウィッチ構造、実はメルセデス・ベンツの初代Aクラスが先に採用(1997年登場)していたが、あちらは当時、メルセデス・ベンツが熱心になっていた燃料電池車をラインアップに加えるべく、フロア間に燃料電池(大型バッテリー)を搭載しようとした結果であり、それがガソリン車にも使われた形だ。同じく日産ルネッサも先行したが、これもEV化の際のバッテリー収納部として考えられたもので、後年、「ルネッサEV」が発売された。両車ともキャパとは、フロアのサンドイウィッチ構造に対するコンセプトが根本的に異なっている。

シートは意外としっとり、しっかりと体を支えてくれる。アイポイントもやや高く、ドラポジは良好だった。

エンジンはロゴより増大した重量などを考慮し、同じD型だが1.5ℓのD15B型に拡大。トランスミッションは後に4速ATが加わるものの、発売当初は”高級装備”であったホンダマルチマチック=CVTに一本化されていた。このあたりの選択を見ると、ロゴのアドバンスド・モデルといった感がある。

ロゴで問題と騒がれたサスペンションは、キャパでは完全に対策が施された。いや、厳密にいえばロゴで問題とされたから対策したというわけではなく、ロゴより160mm高い全高や200kg増大した重量、排気量が増えてパワーアップしたエンジンといった、元からのクルマのキャラクターに合わせて最適設計されていただけの話だ。

「背の高いキャパの場合、ロゴのサスペンションのままでは操安性に不安を感じたのは事実です。ただ、ロゴには未設定のスタビライザーを追加しました。これは、デザインを見た段階から必要性を感じ採用を決めたのです。結果的には、それで万事解決し、問題となることはなかった」とは開発者の弁である。

「新骨格二重フロア構造」と呼ぶフロアの二段サンドウィッチ構造により、フロアはスッキリとほぼフラット。抜群の後席快適性を誇った。

サスペンションの基本ジオメトリーはロゴと同じだが、フロントには先述のようにφ28mmのスタビライザーを装着。ロワアームブッシュとコンプライアンスブッシュのボディ取り付け点を低く設定し、ロールセンター高を低くしてジャッキアップ現象の低減をはかった。

リヤはアクスルビームにφ19mmのスタビライザーを内蔵。また、スピンドル剛性を向上させた結果、リヤトレッドがロゴより僅かに増大。トレーリングアームの剛性アップもはかられた。バネやダンパーも最適化され、横力によるフリクションを低減させるカーブドオフセットスプリングや独自のバルブ構造を内蔵したHPV付きショックアブソーバーが採用されている。これらの措置により、キャパはロゴよりも背が高くて重いにもかかわらず、良好な走行安定性を確保している。

オデッセイに範をとったというシートアレンジ。室内左半分すべてを荷室化できる発想は、現在のN-VANも同様。畳んだ後席と荷室に段差が出来るのが残念だが、ここは別売アクセサリーの「ラゲッジボックス」で埋めるよう想定されていた。

使い勝手に目を転じると、シートレールをフロア下に埋め込むことでフラットとなったフロアにしつらえられた後席は250mmもの前後スライド量を誇り、多彩なシートアレンジとあいまって、ラゲッジルームの使い勝手は非常に良好なものとなっていた。キャパは開発過程で30代を中心とするファミリー層――具体的には夫婦2人+幼児1人の3人家族――をターゲットにしており、3列ミニバンではないが、その使い勝手は初代ステップワゴンを彷彿とさせるものがある(まだこの時期は、ミニバンは大きくて当然であり、5ナンバー3列シートのコンパクトミニバンという要請は希薄だった)。

それもそのはず、キャパの開発を率いた大蝶LPLは、初代ステップワゴンでもLPLをつとめていた人物。つまりシビックに対するステップワゴン、ロゴに対するキャパという構図である。とすれば、次の「Jムーバー」がSUV仕立ての「J-WJ」、すなわち「HR-V」だったことは、「CR-V」からの対比の上でも明白であった。

■ホンダCAPA(キャパ) Cタイプ 主要諸元

全長×全幅×全高(mm):3775×1640×1650
ホイールベース(mm):2360
トレッド(mm)(前/後):1425/1420
車両重量(kg):1110
乗車定員:5名
エンジン型式:D15B型
エンジン種類・弁機構:直列4気筒SOHC16v
総排気量(cc):1493
ボア×ストローク(mm):75.0×84.5
圧縮比:9.4
燃料供給装置:電子制御燃料噴射式(PGM-FI)
最高出力(ps/rpm):98/6300
最大トルク(kgm/rpm):13.6/3500
トランスミッション:CVT(マルチマチック)
燃料タンク容量(ℓ):40
10.15モード燃費(km/ℓ):14.8
サスペンション方式:(前)マクファーソンストラット/(後)トーションビーム
ブレーキ:(前)ベンチレーテッドディスク/(後):リーディング・トレーリング
タイヤ(前/後とも):175/70R13
価格(税別・東京地区):139.8万円(当時)

「Jムーバー」第二弾登場、そして再びロゴへ

「Jムーバー」第二弾である「HR-V」は、ある意味、ロゴのアドバンスド・モデルといった感のあった「キャパ」に対し、「若者をターゲットに置いた、街乗りからレジャーまで楽しめるカッコよくて面白いクルマ」=「Jムーバー」としての本命車だったと言える。これは「Jムーバー」始動前のかなり早い段階から、ロゴにまつわる一連の計画全体を統括していた黒田RADが、このクルマのことを盛んに「ハイライダー」という仮称で呼んで発売予告していたことからも伺える。

「HR-V」は実はSUVとは名乗っておらず、「スーパー・マルチパーパス・ワゴン」を名乗る。実はステーションワゴンのハイライダーというイメージなのだ。アオリの構図だと、まさにハイライダーだ。

車名の「HR-V」とは「Hi-rider Revolutional Vehicle(ハイライダー・レボリューショナル・ヴィークル)」の略。「ハイライダー(Hi-rider)」とは主にカスタムカーの用語で、車体高を高くせずに乗車位置を高くしたスタイルデザインを指し、主に大径タイヤの装着やサスペンション高の調整といった手法で実現される(この逆に低くしたスタイルデザインのことを、カスタムカー界隈では「ローライダー(Lo-rider)」と言う)。一般に日本では「ハイライダー」と言うと「高所作業車」のことを指すが、こちらは英語では「High Rider」となる。つまり「HR-V」とは「革新的ハイライダー車両」という意味だ。

スタイル、ハンドリング、動力性能などの乗り味…、すべてにおいて「若者」をターゲットにしていた。

面白いことに、「HR-V」の狙いのポイントは、なんとSUV仕立てでありながらも「街の中」であり、「スポーティにハンドリングも楽しむこともできるクルマ」、しかも「カッコ良く街でも目立つ存在でありたい」であった。要するにSUV的な外観はカッコ良く街中で目立つための手段であって、実際にはRV的なオフロード走行の楽しさを目指したものではなく、街中でのスポーティな走りを意図した全天候・全地形スポーツカー的なクルマだったのだ。CR-Vの小型版ではなく、むしろコンセプトはスバルのアウトバック(この当時の日本名はレガシィ・グランドワゴンやランカスター)に近い。また、意外にもCR-VではなくSM-Xの客層を狙っていたという。当初はスポーティな3ドア版のみだったが、すぐにファミリー向け(?)の5ドア版が加わった。

双眼鏡型のツインメーターバイザーが目立つツートーンインパネはモダンさとスポーティ感を演出。スイッチ類の色使いなども派手目だ。

エンジンはロゴと同じくD型で、ロゴより大きな1.5ℓを積んだキャパよりさらに大きい1.6ℓのD16A型の1種類(ただしハイパー16バルブの105ps仕様とVTEC装備125ps仕様の2種がある)。これはSUVライクなスタイルゆえに4WDを設定したことやスポーティな動力性能を実現する狙いもあったが、「ジワッと力強いトルクを確保するには排気量は大きい方がいいから」という判断だった。ロゴとJムーバーは乗りやすさを第一に、常にトルク重視のエンジン選択をしていた点が特徴と言えるかもしれない。

「HR-V」のJS4グレードに搭載されたのはシビックに搭載されたものと同じ1.6ℓ、125ps仕様のD16A型VTEC。

このエンジンに組み合わされたのが、5速MTと「ホンダマルチマチックS」と呼んだプロスマテック(PROSMATEC)制御を織り込んだCVTだ。プロスマテック制御とは、シフトパターンに「平坦路」「登坂(3パターン)」「降坂(3パターン)」を持ち、シフトコントロールを綿密に自動制御することで登降坂路において最適な変速特性を選択するホンダ独自の変速スケジュールシステムだ。これにより登降坂路での頻繁なアクセル&ブレーキ操作を抑制、スムーズな走りを実現しようとしたものである。この「ホンダマルチマチックS」は、「HR-V」において、リアルタイム4WDとの初の組み合わせとなった。5速MT仕様を設定していたこととあわせ、「HR-V」が快適な走りを意識した車種だったことがわかる。

掛け心地を重視したというシートは、実はひとクラス上のSUVである「CR-V」よりも大きい。

サスペンションの基本ジオメトリーはロゴやキャパと同様だが、キャパに比べ、相対的な意味でエンジンとサスペンションの組み付け位置を低く抑え、大径タイヤをはかせることでロードクリアランスを190mm確保した形である。フロントサスはおなじみのマクファーソンストラット式だが、ロゴではなく、一つ上のクラスの初代ステップワゴンやS-MXの物に則った改良版で、サス剛性を高めるストレートビームが入っている。リヤサスは2WD版には5リンク式が、4WD版にはド・ディオン式5リンクアクスルが採用された。ホンダが得意のダブルウィッシュボーンをロゴや「Jムーバー」のリヤサスにあえて投入しなかったのは、ラゲッジスペースを満足させるためだった。

ラゲッジスペースはフロア高が高めだが、これは後席バックレストを前倒しした時、フラットなフロアとするためにあえてかさ上げされたため。

キビキビした走りを求めたため、「HR-V」の試作車はサスペンションを固め過ぎて乗り心地が悪くなってしまった。それを直すとロールが大き過ぎてしまい、また戻すという繰り返し…。さらに海外輸出も想定していたため、イギリスやドイツの一般道や高速道路もかなり走り込んだ。足まわりの開発には相当の苦労があったという。無論、これは「HR-V」が「走り」を魅力に掲げていたクルマだからに他ならない。

逆に使い勝手に関しては、これと言って特筆すべき点はなかったし、取り立てて悪い点も存在しなかった。見た目の通りに後席は「+2」の範囲内では十分なものだったし、ラゲッジルームの広さも特に狭いこともなかった。フロア地上高が高い分、重量物の積載には少し苦労するが、SUVだと思えばこんなものだ。

ノーマルのロゴ(左上)、キャパ(右上)、HR-Vの4WD車(左下)のリヤサスの違い。ロゴとキャパは極めて近いが、キャパはスタビイライザ―内蔵アクスルビームやテーパードスプリングなど細部が異なることがわかる(右下比較図)。HR-Vはド・ディオン式5リンクで根本的に異なる。(図版構成:筆者)

かくして1998年4月の「キャパ」に続き「HR-V」も9月に発売となったが、話はさらに続く。「HR-V」発売の2ヶ月後となる11月、ロゴが1996年10月に発売されて以来、二度目となるマイナーチェンジを敢行する。この目的は主に強化される排ガス規制と衝突安全性への対応のためだったが、「Jムーバー」開発の知見も取り入れられ、ほぼフルモデルチェンジに近いものとなっていた。特筆すべきは4WD仕様が設定されたほか、ホットモデルであるスポーティグレードの「TS」が加わったことだ。

この「TS」には同じD13B型エンジンでも、6代目EK型シビックに搭載されたものと同じ16バルブ仕様が搭載されて出力は91ps/6300rpmとなったが、半面、11.6kgm/4800rpmと最大トルクはわずかに増大したものの、発生回転数が高くなってしまっている。また、サスペンションがローダウンされ、フロントサスにはφ24mmのスタビライザーが装着されたが、これは「TS」がロゴの中でも「走り」に特化した特殊な仕様であるためで、一般グレードには頑なにスタビライザーは装着されなかった。ここに「やはりロゴは”街乗りベスト”が基本なのだ」という、開発陣の意地と言うか強固な意志を感じざるを得ない。2000年4月の三度目のマイナーチェンジにおいて、「スポルティック」グレードの追加に伴い、この「TS」は「スポルティックTS」へ改変され、前後サスにスタビライザーを備えるに至るが、やはり一般グレードは最後まで「街乗りベスト」を貫いたのである。

1998年のマイナーチェンジで登場したホットモデルのロゴ「TS」(3ドア)。「走り」に特化した仕様。

実は1998年のジュネーブショーに「J-DX」の名で(欧州)輸出仕様のロゴ--日本の2000年マイナーチェンジ版と同様の外観を持つ--が参考出品されており、記者会見のスピーチで当時の川本信彦社長が「Jムーバー」と呼んでいるため、ロゴ自身も「Jムーバー」であるとする見解がある。だが、「J-DX」とはこの「TS」グレードのことを指していたのではないだろうか? つまり「走り」を意識したロゴの「TS」グレードは、後に「インサイト」となる2ドアクーペの「J-VX」が「Jムーバー」のラインからはずれた事で生じた穴を埋めるスポーツ車種として企画されたのではないか。そもそも「街乗りベスト」のロゴとは別車種として企画された…。そう考えると標準のロゴが最後までサスペンション仕様を貫いた事は辻褄があう。あくまで筆者の妄想に過ぎないが…。

結果としてロゴも「Jムーバー」も販売は低空飛行、計画数を大きく超えることもなくその生涯を終えた。販売期間が短かったということもあるが、海外での販売も決して好調ではなかった(キャパのみ国内専売)。しかし、販売期間が短かったものの、ロゴは欧州で2001年12月の顧客満足度調査でトップを記録した。少なくとも「わかる人にはわかった」クルマだったのだろう。それは日本でこそ「ヴェゼル」になったが、海外では「HR-V」の名が受け継がれていることも一つの証明になるかもしれない。日本でもその名を残すのは、皮肉にも「Jムーバー」からはずれた2ドアクーペの「J-VX」、つまり「インサイト」だけである。

1998年のジュネーブショーに展示された「J-DX」。外観は2000年マイナーチェンジ版のロゴである。

昨今、「ロゴとJムーバーはフィット登場までの中継ぎだった」という言説を目にするが、それはいささか乱暴に過ぎないだろうか? むしろロゴと「Jムーバー」の早過ぎるとも思える退場は、燃費や衝突安全性への社会的要請が、いささか想定以上のスピードで急激に変化した背景を無視してはならないように思う。実際、ロゴは発売からわずか2年でフルモデルチェンジに相当する大規模マイナーチェンジを敢行、主に燃費と衝突安全性を根本から向上させている。その方が異例と言っていい。フィットはセンタータンクレイアウトなど、ある意味、「奇策」を用いることでその「想定以上」に先行して開発され、市場投入されたと考えた方が自然ではないか。ロゴが中継ぎに見えるのは、あくまで結果論であろう。

2000年マイナーチェンジ版のロゴ「スポルテック」。「J-DX」は欧州版である以前に、「TS」グレードのことを指していたものと思われる。

ロゴと「Jムーバー」は販売台数こそ低迷したが、決して失敗作というわけではなかった。販売低迷--特に国内市場--については、一つにクルマのコンセプトが世間に正しく伝えられなかったことが挙げられる。これには将来展開を秘匿するという開発側の姿勢--企業としては当然だが--や、筆者も含む自動車マスコミやジャーナリズムの分析不足や理解・説明不足にも責任の一端はあったように思う。が、それ以上に、燃費や衝突安全性への社会的要請が急激に高まったことが大きいのではないだろうか。タイミングとして、それらの新基準が固まる前に開発をスタートさせてしまったことがすべてのように思えてならないのだ。それがロゴとJムーバーの悔恨ではなかったのだろうか。

■ホンダHR-V JS4 3ドア 主要諸元

全長×全幅×全高(mm):3995×1695×1590
ホイールベース(mm):2360
トレッド(mm)(前/後):1465/1455
車両重量(kg):1190
乗車定員:5名
エンジン型式:D16A型(125ps仕様)
エンジン種類・弁機構:直列4気筒SOHC16v
総排気量(cc):1590
ボア×ストローク(mm):75.0×90.0
圧縮比:9.6
燃料供給装置:電子制御燃料噴射式(PGM-FI)
最高出力(ps/rpm):125/6700
最大トルク(kgm/rpm):14.7/4900
トランスミッション:CVT(マルチマチックS)
燃料タンク容量(ℓ):55
10.15モード燃費(km/ℓ):13.6
サスペンション方式:(前)マクファーソンストラット/(後)ド・ディオン式5リンク
ブレーキ:(前)ディスク/(後):リーディング・トレーリング
タイヤ(前/後とも):195/70R15
価格(税別・東京地区):162.8万円(当時)

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著者プロフィール

高橋 昌也 近影

高橋 昌也

1961年、東京生まれ。早稲田大学卒。モデラー、ゲームデザイナー、企画者、作家、編集者。元・日本冒険小…