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新たなコンセプト、「スフィア」とは何か?
このたびアウディが発表した『スカイスフィア』は、続いて発表される予定の『グランドスフィア』、『アーバンスフィア』と共に、アウディの新世代コンセプトを示す車両だ。いずれも「スフィア」という共通した言葉が車名に使われているが、この「スフィア」が新世代コンセプトの根幹である。
「スフィア」は幾何学的には「球体」という意味だが、このコンセプトでは「乗員・乗客を取り巻く空間」のことを言う。つまり「領域」や「環境」という意味合いで用いられているわけだ(東京オリンピック直後の我々には、「バブル方式」の「バブル」と言った方が理解しやすいかもしれない)。そして「乗員・乗客の体験の要であるインテリアをデザインの中心に据える」というのが、今回の「スフィア」コンセプトの要点と言える。
この「インテリアをデザインの中心に据える」という発想は、レベル4の自動運転を前提に設計されていることに由来する。レベル4の自動運転においては、特定の道路や交通状況下ではドライバーは運転する必要がなくなるため、その時間は景色や風を楽しんだり、インターネットやSNSなどで世界と交流するといった、従来にはない新しい形の自由を謳歌できるようになる。このためアウディでは、インテリアの持つ意味合いは従来よりも重要性を増すと見ているわけだ。
異なるふたつの運転体験を両立させる大胆な手法
さて、自動運転で実現されるドライバーの新たな自由をグランドツーリング体験、自動車を自在に操るドライバーの従来の自由をスポーツ体験と位置付けているが、これら正反対の自由を両立させるため、アウディが『スカイスフィア』で我々に提示したのは、なんと可変ホイールベースという大胆な手法だった。
『スカイスフィア』は電気モーターとボディとフレームのコンポーネントが互いにスライドするメカニズムにより、ホイールベースと車の外寸を250mm伸縮させると同時に、車両の最低地上高を10mm可変させることで快適さとドライビングダイナミクスの最適化がはかれるのである。この、ボタンを押すだけで実現できる可変システムによって、グランドツーリング体験とスポーツ体験を両立しようというわけだ。ホイールベースを縮めたスポーツ・モードでは、全長4.94mのロードスターを自ら運転する自由を謳歌し、逆に伸ばしたグランドツーリング・モードでは、全長5.19mのGTで景色や空、あるいは広大な車内の解放感やデジタル・エンターテインメントを楽しむ自由を謳歌できる。
スポーツ・モードでは人間工学的に完璧なドライビングマシンのコクピットとなるインテリアだが、GTモードではステアリングホイールやペダルなどを回転収納し、 一転してアールデコの世界からインスピレーションを得たラグジュアリーな空間となるのだ。
伝説の名車にインスパイアされたエクステリア
『スカイスフィア』のエクステリアは、アウディの前身であるホルヒが1935年に生んだホルヒ853にインスパイアされているという。とは言え、一見して相似性が認められるのは、各部の寸法やコンパクトなキャビンと長いボンネットを備えたプロポーションぐらいだ。ホルヒ853では大きな5ℓ直列8気筒エンジンをおさめていた長いボンネットだが、『スカイスフィア』では充電器や電気駆動コンポーネント、可変ホイールベース用のアクチュエーターなどがおさめられている。また、『スカイスフィア』はリヤにはモーターをはじめパワーユニットを搭載するため、専用デザインのゴルフバッグが2個おさめられる容量のトランクともなっている。
また、『スカイスフィア』のボディラインはホルヒ853とは決定的に異なり、豊かなカーブを描き、大きく張り出したアウディならではのホイールアーチを備え、幅広いトレッドを強調してダイナミックな走行性能を訴求している。
アウディは、この『スカイスフィア』をはじめとした次世代コンセプトカー群において、単に車の中で時間を過ごしてA地点からB地点に移動するという目的をはるかに超え、さらには運転体験自体をもはるかに超えた車両体験を生み出そうとしている。つまるところインテリアを車両の中心として再考し、乗員・乗客の体験をテクノロジーの要件に従属させない新しいデザインを提案し、単なる乗り物という存在を超えて、視野を広げる体験のプラットフォームとして再定義しようとしているのだ。