清水浩の「19世紀の技術を使い続けるのは、もうやめよう」 第29回 

脱・温暖化その手法 第29回  —リチウムイオン電池発明から産業化までの主役たち-

温暖化の原因は、未だに19世紀の技術を使い続けている現代社会に問題があるという清水浩氏。清水氏はかつて慶應大学教授として、8輪のスーパー電気自動車セダン"Eliica"(エリーカ)などを開発した人物。ここでは、毎週日曜日に電気自動車の権威である清水氏に、これまでの経験、そして現在展開している電気自動車事業から見える「今」から理想とする社会へのヒントを綴っていただこう。

リチウムイオン開発の立役者とは

リチウムイオン電池でノーベル化学賞を受賞したのは、吉野彰、ジョン・グッドイナフ、スタンリー・ウィッティンガムの3人で、2019年のことだった。

吉野彰の受賞は順当であるが、スタンリー・ウィッティンガムの成果は私には良く分からない。ジョン・グッドイナフはリチウムと酸化コバルトの化合物が約4Vの電圧を発生することを発見したとされているが、実際にこのことを発見したのは、当時東芝の東芝研究センターに居た水島公一とのことである。水島公一がグッドイナフのところに留学し、そこで、自らが発明したものについて相談したら、詳しい事情は分からないが、それがグッドイナフの成果ということになったようだ。

そして、リチウムイオン電池の産業化ということの立役者を挙げるとすると、元ソニー上席常務の西美緒である。

さらには、名前は表には出ていないが、吉野彰の元部下で吉野彰とともに創生期を支えたのが中島孝之である。私は講演会等で吉野彰とは何度かお会いして挨拶もしているので、まったく知らないわけではない。現実的なリチウムイオン電池の研究開発は吉野らの手により始まり、西による世界初めての商品化で一応の成功を見たと言える。私は1990年代の初めに西と初めてお会いし、数年お付き合いを頂いたことがあったが、その後途絶えていた。それが2015年にあるパーティでバッタリ出会って、そこから再び交流というより指導を受けることになった。その後中島孝之を御紹介頂いたことから、実質的にある期間その開発のイロハを実地に指導を受けた。そのため、今回はリチウムイオン電池の主役がテーマであるが、私がよく存じ上げている西と中島が今回の主役ということにもなる。

さて、吉野彰と中島孝之の出会いであるが、1981年に東京工大の化学の修士を終了した中島が吉野の部下として旭化成に入社したことであった。旭化成は余裕があった会社なので、どんな研究テーマを選んでも良いと入社早々の中島は言われたそうで、導電性高分子の研究に着手し、これを非水電解質すなわち有機物を電解質として利用する電池に適用する検討を始めた。

それから約10年、2人に他の仲間を加えて、その開発が続けられた。当初は負極にどんな材料を使うのが良いかということから始まった。この頃、白川英樹がノーベル賞を受賞した有機物でありながら電気を通すポリアセチレンという材料を使うことも検討されたが、カーボンを使うことで大きな容量が取り出せそうだということを発見した。更に、リチウムと酸化コバルトの化合物を正極に組み合わせた新電池を発明した。

多くのアイデアが実用化の鍵に

その後の最も大きな発明は、正極の集電体にアルミ箔を使うことであった。通常、電気を通す液体の中で金属に1.5V程度の電圧をかけると溶けてしまう。それなので集電体には、本来なら金属は使えない。しかし、アルミは非水電解質中で正極での酸化により、安定なフッ化アルミニウムの不導体を形成する。すると、そのおかげで4V以上の電圧がかかっても溶けることはなく、電流だけは流れる。このことを利用して正極の集電体を構成することが、リチウムイオン電池の実現には欠かせない技術であった。

また電解液の選定にも苦労したと聞く。電気を良く通す希硫酸などの水溶液は2Vの電圧で電気分解を起こすので使えない。このため、有機溶媒ということになるが、すると、電気を通さない。そのような中で、フッ素化合物は電気も通すことが分かり、これを用いることになった。

実際の電池サンプルを作るには正極、負極の材料を集電体に薄く塗る必要がある。そのために当時は写真のフィルムを作る技術が有効だということを見つけた。

また、正極、負極の電極とセパレーターを重ねても紙の厚さ程度である。これを電池とするには何重にも巻くか、それを重ね合わせるかの方法が採られる。この巻くための装置も方々探し回り、コンデンサを巻くための機械があることを見つけた。

ここで、今回は文字数が尽きたので次回に続くが、クルマが内燃機関で走ったことの多くの技術は自動車ファンでご存知の方も多いと思う。しかしこれから電気自動車となる場合、自動車では未知だった分野の新たな知識も、知っておいて損はないはず。そのような思いで、このレポートを楽しんでいただければ幸いだ。(文中敬称略)

著者プロフィール

清水 浩 近影

清水 浩

1947年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部博士課程修了後、国立環境研究所(旧国立公害研究所)に入る。8…