清水浩の「19世紀の技術を使い続けるのは、もうやめよう」 第32回 

脱・温暖化その手法 第32回  ーリチウムイオン電池のこれから その2ー

温暖化の原因は、未だに19世紀の技術を使い続けている現代社会に問題があるという清水浩氏。清水氏はかつて慶應大学教授として、8輪のスーパー電気自動車セダン"Eliica"(エリーカ)などを開発した人物。ここでは、毎週日曜日に電気自動車の権威である清水氏に、これまでの経験、そして現在展開している電気自動車事業から見える「今」から理想とする社会へのヒントを綴っていただこう。

リチウムイオン電池勢力図の変化

前回までは、リチウムイオン電池の発明から製品化、産業化は全て日本人の手で行なわれて来たということについて述べた。それは2000年までのことである。

その後の20年で、リチウムイオン電池の生産は様変わりしている。

まず、韓国財閥のLGが2000年に電池事業に乗り出した。次いでサムスンSDIが2004年に参入している。これらの新規参入企業は日本人の技術者を高額で雇い、安価な労働力と大きな資本投入で急速にシェアを伸ばして来た。この間、日本では2006年にソニーがノートパソコン用電池で、三洋電機が携帯用電池発火事故を起こし、その原因究明と対応策のために一時生産が止まる事態が発生した。

その後ソニーの社長になった中鉢良治氏がその時のことを述懐して「当時は他社の電池も発火事故を起こしていたけれど、報道ではすべてソニーの電池のせいにされて大きな打撃を受けた」とボヤいていたことがある。それだけ世界中でソニーは注目されていたことの証しではあったが、結果としてソニーは大きなダメージを受けたことになる。

その間にも韓国製電池は大いに生産を増やしたことにより、2008年には日本のシェアは50%を上回っていたものの、3.11の東日本大震災で一時あらゆるところで生産が止まった影響で35%にまでシェアを落とすことになった。

中国企業の躍進

中国でも韓国に次いで着々と生産を始め伸ばして来た。

最も古くからここに着目したのは、深圳(シンセン)で創業したBYDである。(注:BYDの創業は電池メーカー)ここは創業者の王伝福氏がゼロから立ち上げた会社である。この会社は日本の技術を自ら研究し、特許に牴触しないことを前提に自ら開発し製品を作り上げて来た。当時の中国の強みは豊富な労働力であった。2004年に同社を訪れることがあったが、1km四方の大きさの土地に100m四方程の工場が4つ程並んでいて、新工場も建設中であった。ここには従業員のアパートも作られていて1つの町のようになっている。ちょうど昼食時であったが各工場から制服を着た社員が長蛇の列を作って食堂に向かう様子は驚いた。 

当時、日本では、リチウムイオン電池を作るのに湿気が材料に悪影響を与えるために、工場全体をドライルームとしていたが、BYDは工程を小分けにして小型のドライボックスに外から工員がゴムの手袋を通じて作業を行うという方式を採用していた。しかし、品質はモトローラも認めるところのものを完成させ、ここで採用されることから始まって、事業を拡大してきた。その後BYDは中国の小規模の自動車会社を買収し、自らの電池を用いた電気自動車生産に乗り出し、まず、深圳市内のタクシーに採用され、次第に品質を向上させ、今では中国を代表する電気自動車メーカーの1つになっている。

さらに急速に成長してきたのがCATLである。同社は2011年創業の会社である。ここは日本のTDKの子会社である香港ATLからスピンアウトした会社でATLは民生用の電池を生産しており、CATLは専ら自動車用に特化している。

リチウムイオン電池に必須となる日本の技術も

この間に日本の電池産業は、三洋電機は経営のつまずきから2009年にパナソニックの子会社となり、その技術はパナソニックに受け継がれている。また、ソニーは2017年に村田製作所に事業譲渡をしている。現在では、国内でのリチウムイオン電池メーカーの大手はパナソニックのみになっている。

また、2015年位までは電池材料のほとんどは日本製だったが、次第に韓国製、中国製に置き換わり、生産装置も100%が日本製だったものが簡単な装置からシェアを減らしてきている。例えば前回紹介した皆藤製作所の巻取装置はいまだ健在である。また、電池製造で最も重要な工程の金属箔に電極材料を塗布するコーターでは、塗布のためのノズルから均質に材料を供給する必要があるが、ここに材料を定量的にかつ脈動なしに供給するポンプとして、1軸偏心ねじポンプが使われている。これは神戸に本社があり1軸偏心ねじポンプの専業メーカーである兵神装備の『モーノポンプ』がほぼすべてのシェアを持っている。同社ではコーターに使うため材料が触れる場所は非金属製にするなど、極わずかな金属片でも材料に混入しないための改良開発も行ないながらシェアを維持している。

兵神装備が製造しているモーノポンプの外観
リチウムイオン電池の製造装置で最も重要なコーターの
電極材料を均質に集電体に塗布するために一定の量が、
脈動(強弱)なしに供給するためのポンプ。リチウムイ
オン電池製造用には特に電極材料が接触するところには
金属を使わず、金属粉が混入することを防いでいる。

再び中島孝之氏の意見を聞こう。

「自動車用途でシェアを伸ばそうとすると、初期投資が数千億円と非常に大きくなっている。日本で電気自動車のマーケットが立ち上がることが重要ではないか。それによって電池産業も成長できる。このためには産官学のそれぞれの役割が重要。官は投資のための大きなプロジェクトを立ち上げ、投資のための政策もとる。それに伴い、学が勢いを増し基礎技術を作り出す。これを産業界で実現し自動車メーカーがそれを用いて電気自動車を作るというサイクルが必要なのではないか」ということである。極めてもっともな考えだと思う。

中島孝之が提唱するリチウムイオン電池産業の復活のシナリオ
産官学の関係の良循環によるリチウムイオン電池産業の復活の構図。
第一線で活躍してきた、研究者、技術者が現役の内に、このシナリオ
を実現することが必要と訴える。

日本は基礎研究に伴う材料の研究から、製造における精密さにおいて、卓越している。この強みを活かして、せっかく日本が生んだ世界を変える技術である。これを復活させなければいけない。

1997年に完成させたルシオールの5分の1モデル
多くのスケッチから4枚を選び、4つのモデルを完成させ、
評価した。左から2台目の形が最終案として選ばれた。
”電動モビリティシステム専門職大学” を2023年4月に開学
入学案内のオンライン説明会を実施のお知らせ



 本連載の筆者の清水浩が、2023年4月に開学する、電気自動車と自動運転に特化した世界初の高等教育機関である「電動モビリティシステム専門職大学」の学長に就任いたします。    
 連日、午後8時から、週末は午後1時と8時から、30分ほどの大学説明会をオンラインで行なっています。来春高校をする、車が好きだったり、ロボットをやりたかったり、プログラミングが得意だったり、化学を学びたい受験生は是非、受験してほしいと願っています。
 本学は卒業すると大学卒業資格である学士(専門職)の称号が与えられます。
主な就職先は、世界中の自動車関連産業です。このため、外国、特にドイツの有名企業でインターンができる制度も設けています。
これまでの大学と教育上の最大の違いは、教室で学んだことをそのまま実験・実習で身に付けることができるということと、1年生から研究室に所属し、創造力を養うことができるということです。
 
自動車のことを学ぶには、デトロイトやミュンヘンと同じように雪の降るところで、走行中に車が滑るということを身をもって体験できるところが必須です。また、世界中の大学は都会ではなく、きれいな地域に立地しております。これは、落ち着いたきれいな街だからこそ高度な教育が受けられるためです。このために、本学新幹線で東京から名古屋までと同じ距離の山形県の南部の飯豊連峰のふもとの飯豊町に開学します。
 
オンライン説明会を希望される受験生及び、保護者の方は、下記にご連絡ください。
電動モビリティシステム専門職大学の詳細は、以下ウエブサイトでご確認ください。

電動モビリティシステム専門職大学設置準備室

〒999-0602 山形県西置賜郡飯豊町大字萩生1725-2

TEL:0238-88-7377  
E-mail:mobility-u.jumbishitsu@mobility.ac.jp

ウェブサイト https://mobility.ac.jp/


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著者プロフィール

清水 浩 近影

清水 浩

1947年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部博士課程修了後、国立環境研究所(旧国立公害研究所)に入る。8…