清水浩の「19世紀の技術を使い続けるのは、もうやめよう」 第34回 

脱・温暖化その手法 第34回  ーネオジム鉄ホウ素磁石その2ー

温暖化の原因は、未だに19世紀の技術を使い続けている現代社会に問題があるという清水浩氏。清水氏はかつて慶應大学教授として、8輪のスーパー電気自動車セダン"Eliica"(エリーカ)などを開発した人物。ここでは、毎週日曜日に電気自動車の権威である清水氏に、これまでの経験、そして現在展開している電気自動車事業から見える「今」から理想とする社会へのヒントを綴っていただこう。

希土類化合物中の鉄はそのままでは磁石にならない!?

リチウムイオン電池もそうだったが、現代の世界を変える大きな発明は複数の専門家の知恵で成立した。

一方で、ネオジム鉄ホウ素磁石は佐川眞人氏一人の成果と言って良い。

前回、鉄は不対電子の多さから、強い磁石となるポテンシャルがあると述べた。そう思ったのは佐川眞人氏である。佐川氏は当時勤めていた富士通研究所でサマリウム・コバルト磁石の改良を担うことが役割であった。しかし、その役割とは別に、もっと強い磁石がないかと考え続け、専門家であるから鉄は不対電子が多いことは知っていたので、これを強力な磁石にしたいとの思いを抱き続けていた。このような夢を持っていた時に参加したシンポジウムにおいて講演者だった東北大助手(当時)の浜野正昭氏から、希土類鉄化合物中の鉄は、原子と原子の間の距離が近すぎるので磁石にならないという話を聞いた。そこで「そうか」と思った。「それなら希土類鉄化合物の、鉄-鉄原子間距離を拡げることによって希土類鉄磁石ができるのではないか」と考えた。この考えを得たことで、次の日から佐川氏は早速研究に取り掛かった。シンポジウムが開かれたのは1978年1月3日なので、この年の2月から研究を始めたことになる。

まず、鉄の原子間距離を離すにはホウ素と炭素が有力であることに当たりを付けた。また、鉄やコバルトは不対電子が多いがこれらが一斉に同じ方向を向くことで磁石となるわけであるが、これを一定方向に向けるために希土類元素と合金にすることで、磁石として成立することはサマリウム・コバルト磁石の例から分かっていた。

サマリウム・コバルト磁石より強い磁石の誕生

周期表は何度も出て来ているが、表の下の方の欄外にランタノイド系と書かれた57番から71番までの15の元素がある。これにスカンジウムとイットリウムを加えた17種類が希土類、英語ではレアアースと言われている。また、これらの希土類の中でも57番からガドリニウムまでの元素は軽希土類、それ以上のものを重希土類という。

佐川氏は鉄と各種希土類元素からなる種々の合金を作り、これらの小片試料を作って、磁石としての特性や、その構造についての測定を行なって行った。その結果、1978年の終わり頃にはネオジム・鉄・ホウ素の合金が新しい磁石の候補として有力であることを掴むことができた。

ネオジム鉄ホウ素磁石(Nd2Fe14B)の分子構造(佐川眞人氏提供)

この研究の中で佐川氏はもう1つ重要な発見をしている。それは磁石全体が1種類の均質な磁性体で作られている場合、一部に何らかの欠陥があり磁石にならない部分ができると、それが磁石全体に広がり、磁石としては使えないということになる。これを防ぐためには、小さな粒状の磁性体を作りその粒と粒の間すなわち粒界を磁気的に切り離す必要がある。これを実現するために佐川氏は新しく発見したネオジム・鉄・ホウ素化合物の組成よりネオジムの量を増やすことにした。その結果、ネオジム・鉄・ホウ素化合物の結晶粒界にネオジムに富んだネオジムリッチ相と呼ばれている、相からなる磁気的な壁をもった微細構造になることを発見したということである。

Nd-Fe-B 焼結磁石のFE-SEM(電界放出形走査電子顕微鏡)像
佐川眞人氏が考案した粒界に、ネオジムを集中させることで他の磁石の
粒との境界を形成した電子顕微鏡写真(佐川眞人氏提供)

その結果、ネオジム・鉄・ホウ素の比が33対66対1の割合の合金を作ると強力な磁石となり、磁性体の中に欠陥があっても、磁石にならないのはその部分だけで、磁石全体の性能には影響を及ぼさなくできるという成果を得た。

ネオジム鉄ホウ素磁石の実用化へ

ここまでの研究は富士通の中では公式に認められた研究ではなく、いわゆるアンダーグラウンドの研究である。これは時間外や休日を使って行なう研究を指すが、これまでアンダーグラウンドの研究から世界を変える大きな成果が生まれたことがしばしばあった。

トヨタ自動車の創業者である豊田喜一郎氏は豊田自動織機の中で自動車の研究を始めたが、これもアンダーグラウンドの研究であった。

こうして佐川氏は新しい磁石を富士通の中で正式な研究としたいと働きかけたが、同社はコンピューターに必要な機器を開発し製品化することが事業であるため、ここではこの研究を実現することを断念し、当時磁石製造の大手の1つであった住友特殊金属に転職をすることになった。1982年のことである。

ここでは佐川氏の成果を高く評価し、研究を始めてからの進歩は著しく、入社はこの年の5月であったが7月にはそれまでのサマリウム・コバルト磁石を越える強力な磁石を作り上げることに成功した。

その結果から同社では佐川氏を中心にして10名を越える研究チームを作り、磁石開発とこれを工業化するチームに分かれて急速に実用化へと進んで行った。

今回は佐川眞人氏がネオジム鉄ホウ素磁石の発明に至るまでの紹介であった。次回はこの磁石の問題点とその解決のために、もう1つの大きな発明を行ったことを中心に述べる。

ルシオールのフレーム構造
1997年に発表したルシオールで、初めて採用したバッテリービルトイ
ン式フレームの写真。中空構造のアルミの押出成形材を4本並べて溶接
してある。これで、車体を支えるフレーム構造を形成するとともに、電
池容器としても利用している。その結果、電池のための空間を設けなく
てよくなる分車室空間が広くなる。また、電池容器分の軽量化が図れる。
さらに、最も重い電池が床下に来るために重心が低くなる。地面からの
突き上げから電池を守るためにフレームと電池の間は5㎜の空間がとっ
てある。

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著者プロフィール

清水 浩 近影

清水 浩

1947年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部博士課程修了後、国立環境研究所(旧国立公害研究所)に入る。8…