ネピア・ノマドⅠ/Ⅱ:ディーゼルターボコンパウンドで狙った高出力機(4-4)【矢吹明紀のUnique Engines】

一方、ノマドⅠの運用試験が続けられていた1951年半ば、ネピアの経営陣はノマドⅠのディーゼルエンジン側の基本設計を活かしつつ、ノマドⅠの開発に要した数年の間に急速に進化したガスタービン側を一新、さらに全体の構成を簡略化した上で総合的な効率の向上を図った改良型の開発に着手することとなった。これがE145ノマドⅡである。
TEXT:矢吹明紀(YABUKI Akinori) PHOTO:Wikimedia Commons

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急速に進化していた廉価なターボプロップを前に全てにおいてコスト高だったノマドⅠの劣勢は明らかであり運用試験を重ねても正直量産化の目処はほとんど立っていなかった。そこで製造コストを下げ総合性能を向上させれば、使用機体によってはターボプロップに対して相応の競争力を持たせることができるのではないかという経営判断に基づいた計画でもあった。

ノマドⅡはⅠの設計チームを率いていたアーネスト・チャタートンと新たにネピアのガスタービン部門のリーダーとなっていたA.J.ペンが率いるチームによって開発作業に入った。既述した通りディーゼルエンジン側はノマドⅠの基本デザインを引き継いでいた。すなわち液冷水平対向12気筒2ストロークサイクルディーゼルである。排気量はピストンのサイズも含めてノマドⅠと同じ。バルブを持たないポート吸排気なのも同じ。ただしシリンダーブロックのデザインは冷却性能重視のウェットライナーから耐圧剛性重視のドライライナーへと設計変更されていた。冷却性能の低下に対しては焼き付き防止を目的にシリンダー内壁にクロームメッキを施す設計となったのも新機軸だったと言って良いだろう。

(FIGURE:Napier)

吸排気ポートのデザインも異なっており、基本デザインが同じだったというだけで内容はは完全な新設計だった。組み合わされるガスタービンも完全新設計であり、ノマドⅠに対して過給圧を高めると同時に推力もアップさせるなどの措置が取られていた。メインとなる軸流コンプレッサータービンは12段へと段数を増やし直径も拡大された。後部のパワータービンもまた1段から3段へと増やされ、ガスタービンとしての性能自体が向上していた。ただしタービン大型化とのトレードオフに加え、構造簡略化のための措置としてノマドⅠには装備されていたクランクシャフト駆動の機械式遠心コンプレッサーと排気マニホールド部の再燃焼室が廃止されたこともありクランクシャフト回転数が1500rpm以下の状態では排気ガスエネルギーが不足しガスタービンは回転力が足りず出力を発揮することができなかった。すなわち1500rpm以下ではコンプレッサーはギアトレインを介したエンジンからのシャフトで駆動する必要があった。対して1500rpmを超えれば排気ガスでコンプレッサーを駆動することが可能となり、さらに後部のパワータービンで回収したエネルギーはコンプレッサー駆動に加えてフールドカップリングを介してクランクシャフトに戻すことでエンジン全体の出力を向上させる上での大きな助けとなった。要するにコンパウンドメカニズムをディーゼルエンジンとガスタービンの間における相互作用関係性を高めることで巡航領域での効率良くパワーを発生させ、同時に燃費を向上させるメカニズムとなっていたということである。

ちなみにノマドⅠではガスタービンで発生させた軸出力は直接二重反転プロペラの片側を駆動するシステムだったが、ノマドⅡでは二重反転プロペラ自体が廃止され、前述の通りガスタービンの軸出力はそのままクランクシャフトに戻す構造だった。ノマドⅠに対してノマドⅡは外観こそ似ていたものの動作メカニズム自体が全く異なっていた。

ネピア・ノマドⅡは1952年後半に完成し、開発チームは試験飛行用の機体として4発対潜哨戒機のアヴロ・シャクルトンを翌1953年1月に受領、直ちに搭載作業が行われ、1954年半ばまでの合計350時間の飛行試験が実施された。初期モデルでの性能データは離昇出力が3135shp/2050rpmというもの。吸気マニホールドにウォーターインジェクションを追加した性能向上型ではこの数値は3570shp/2050rpmへと高まった。さらに巡航速度を想定した標準定格出力においては、2488ehp/1900rpm(shpでは無かったのはタービンからの排気ガスの推力も加味していたため)を発揮した。この状態での燃料消費率は毎時0.345ポンド/馬力とノマドⅠより大幅に向上していた。さらに試験飛行を重ねる過程でノマドⅡは高度22250フィート(6782m)において、定格出力2027ehp/1750rpmで毎時0.326ポンド/馬力というさらに優れた燃料消費率を記録。飛行速度は345mph(556km/h)前後と伝えられており、この状態での巡航性能が出力/燃費の双方において最も優れていたということである。ノマドⅡのサイズと重量は全長119.25インチ(3.03m)、全幅56.25インチ(1.43m)、全高40インチ(1.02m)、重量3580 lb(1624kg)とノマドⅠと比較して小型軽量化されていた。

ネピア・ノマドⅡは1955年に全ての開発計画が中止となった。この時点で大型機用の長距離エンジンとしては極めて優れた出力特性と燃料消費率を記録していたものの、やはりコンベンショナルなターボプロップの前にはその存在は許されなかった。なおノマドⅡの試験の過程では通常の軽油の他に灯油、さらには灯油に粗製ガソリンを混ぜたワイドカット燃料などもテストされたが、出力特性に大きな変化は無かったと言われている。すなわち現代で言うところのマルチフューエル機関の先駆者でもあったということである。ちなみにノマドⅡの発展型としては開発中止に至る前に吸気マニホールドへのウォーターインジェクションに加えて排気マニホールド部の再燃焼装置を復活させ、さらに最初期型ノマドで計画されていたタービンコンプレッサーとエンジン間の吸気アフタークーラーを装備したE173ノマドⅢも試作され、最高離昇出力4412shp/2050rpmを記録したというデータも残されているが、開発中止の決定が覆ることはなかった。そしてノマドが目指した高出力高速巡航プロペラ機用のエンジンは、現代では全てターボプロップが担っている。(完)

矢吹明紀(やぶき・あきのり)
フリーランス一筋のライター。陸海空を問わず世界中のあらゆる乗物、新旧様々な機械類をこよなく愛する。変わったメカニズムのものは特に大好物。過去に執筆した雑誌、ムック類は多数。単行本は単著、共著併せて10冊ほど。

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