―ソーラー水素の安全な製造と分離・回収技術を確立、大規模化へ前進―

NEDO: 世界初、人工光合成により100m2規模でソーラー水素を製造する実証試験に成功

NEDOと人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem)は人工光合成システムの社会実装に向け、東京大学、富士フイルム、TOTO、三菱ケミカル、信州大学、明治大学とともに、100m2規模の太陽光受光型光触媒水分解パネル反応器(以下、光触媒パネル反応器)と水素・酸素ガス分離モジュール(以下、ガス分離モジュール)を連結した光触媒パネル反応システムを開発し、世界で初めて実証試験に成功した。

2019年8月から屋外の自然太陽光下で光触媒パネル反応システムの実証試験に着手し、水を分解し生成した水素と酸素の混合気体(以下、混合気体)から、高純度のソーラー水素を分離・回収することに成功した。さらにガス流路を適切に設計することで、混合気体を長期間安全に取り扱えることを確認した。これらにより、ソーラー水素を製造する光触媒パネル反応システムの大規模化や、ソーラー水素製造プロセスの安全設計の実現に寄与する。

なお、今回の研究成果は、2021年8月25日(水)(英国時間)に英国科学誌「Nature」のオンライン速報版で公開された。
メイン画像:100m2規模の光触媒パネル反応器の外観

概要

 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、「二酸化炭素原料化基幹化学品製造プロセス技術開発(人工光合成プロジェクト)※1」において、太陽光エネルギーを利用して光触媒によって水から得られるソーラー水素と二酸化炭素を原料とした基幹化学品(C2~C4オレフィン※2)製造プロセスの基盤技術開発に取り組んでいる。このプロジェクトは、三つの研究開発テーマ(図2)で構成され、二酸化炭素排出量の削減に貢献可能な革新的技術開発の一つである。

 NEDOと人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem)※3は今般、人工光合成システムの社会実装に向け東京大学、富士フイルム、TOTO、三菱ケミカル、信州大学、明治大学とともに、ガス分離モジュールを備えた大規模な光触媒パネル反応システムを開発し、2019年8月に東京大学柿岡教育研究施設(茨城県石岡市)内に設置し、実証試験を行ってきた。

 開発したシステムは100m2の受光面積を持つように連結された光触媒パネル反応器※4と分離膜を内蔵したガス分離モジュールで構成されており、実証試験の結果、水分解反応により生じた水素と酸素の混合気体から高純度のソーラー水素を、安全かつ安定的に分離・回収することに世界で初めて成功した。

 具体的には、発生する混合気体の気泡がスムーズに移動し、かつ着火しても爆発しない構造を持つ光触媒パネル反応器を設計・開発し、これらを連結することで100m2の光触媒パネル反応器を製作し、混合気体を屋外環境でも継続して1年程度発生することを確認した。さらに光触媒パネル反応システムのガス分離モジュールにより、混合気体から高純度のソーラー水素を分離できた。日照条件によらず、ガス流量を適切に制御できるので安定したガス分離性能を維持でき、さらに屋外でも数カ月にわたり機能性を損なわず動作することを実証した。また光触媒反応システムを適切に設計することで、屋外試験中、一度も自然着火・爆発はなかった。さらに万が一の場合の爆発の影響を見るために、光触媒パネル反応システムの各構成部に意図的に着火したが、爆発による装置の破損や、光触媒や分離膜の性能劣化は確認されなかった。これらは光触媒パネル反応システムの大規模化やソーラー水素製造プロセスの安全設計に関する基本原理を示した画期的な成果である。

図2 人口光合成プロジェクトの概要(今回の成果は(1)高触媒開発のテーマ)

今回の成果

(1)光触媒パネル反応器の開発
 NEDOとARPChemは今回、大量生産が可能で相互に連結でき、長期間使用可能な光触媒パネル反応器を新たに設計、開発した(図3左)。この反応器の上面は透明なガラス製で、中に25cm角のチタン酸ストロンチウム光触媒シートを格納している。光触媒シートとガラス窓の間には0.1mmのわずかな隙間があり、そこへ水を供給して反応させる。ここで用いるチタン酸ストロンチウム光触媒は、太陽光のうち紫外光しか水分解には利用できないが、量子収率ほぼ100%※5で水分解ができるという優れた特長を持っている。また光触媒のシートは、スプレーなどを用いて光触媒を基板上に塗布するだけで、簡易に製造が可能である。

図3 光触媒パネル反応器の基本単位(左)と紫外光照射時の水分解反応時の様子(右)

 開発した光触媒パネル反応器に紫外光を照射すると、生成する水素と酸素の気泡がスムーズに反応器上方に移動し続け、光触媒シート表面は濡れた状態を維持(図3右)するため、高い水分解効率を保つことができる。また、気泡が速やかに移動して合一していくために気泡による光散乱の影響もほとんど生じないこともわかった。この光触媒シートに実験室環境下で疑似太陽光を連続的に照射し続けて水分解活性の長期耐久性を測定した結果、初期活性の8割以上の活性を2カ月以上維持できた(図4)。これを日本の屋外試験の条件下に置き換えると、約1年の耐久性に相当する。

図4 疑似太陽光を昼夜連続照射したときの活性の時間変化

(2)100m2規模の光触媒パネル反応器の実証
 新たに開発した光触媒パネル反応器を連結して3m2のモジュールを組み立て(図5左)、さらにそれらをプラスチックチューブで連結することで、世界最大となる100m2規模の光触媒パネル反応器を組み立てた(図1)。それぞれのモジュールには自動的に水の供給量を制御する機構が組み込まれている。

 光触媒パネル反応器は、屋外環境で継続して1年程度水素と酸素の混合気体が発生することを確認された。光触媒パネル反応器から生成した混合気体が勢い良く吹き出る様子を観察することができ(図5右)、夏の日照条件が良好な時期には、最大0.76%の太陽光エネルギー変換効率を達成した。

 今回用いた光触媒は紫外光しか吸収しないため、太陽光エネルギー変換効率は1%未満と低い値にとどまっているが、今後数年以内に可視光と紫外光の両方を吸収できる光触媒を開発※6し、5~10%の達成を目指している。

図5 3m2規模の光触媒パネル反応器(左)と100m2規模の光触媒パネル反応器から生成した水素と酸素の混合気体(右)

(3)ガス分離モジュールによる混合気体からのソーラー水素の分離
 水分解反応で生成した水素と酸素の混合気体を光触媒パネル反応システムのガス分離モジュールに導入し、水素だけを分離・回収する実証試験が行われた。光触媒パネル反応器からガス分離モジュールに供給されるガスの成分は水素と酸素が2:1で、これを1日分離すると平均で、水素濃度が約94%の透過ガスと酸素濃度が60%以上の残留ガスに分離される(図6)。類似の実験を複数回実施し、天候・季節によらず約73%の回収率で水素を分離できることが確認された。

 今回の実証試験では本プロジェクトのテーマ(図2(2))で開発中の分離膜ではなく、市販のポリイミド中空糸分離膜を用いており、水素が透過ガスに、酸素が残留ガスにそれぞれ濃縮される。ガス分離モジュールには混合気体を一時的に貯留するタンクを設け、分離膜に供給される気体の量を一定にして分離性能を安定化させる機構が備えられた。

 NEDOとARPChemは低コストの水素製造を実現するために、今後さらに水素分離性能の高い膜の開発を行っていく予定。

図6 100m2規模の光触媒パネル反応器に接続されたガス分離モジュールの性能

光触媒パネル反応システムの安全性試験

 ソーラー水素製造プロセスでは、生成物である水素と酸素の混合気体の安全性が課題とされている。水素は可燃性ガスで、1気圧の混合気体中の水素濃度が4~95%の範囲で着火すると爆発する。1年以上にわたる屋外試験の間、一度も自然着火・爆発は発生しなかった。

 また、今後の実用化に向けて爆発のリスクを確認するため、混合気体が存在している光触媒パネル反応システムの各構成部に意図的に着火し、どのような影響が生じるかを調査した。その結果、光触媒パネル反応器、ガス捕集用配管、中空糸分離膜を含むガス分離モジュールのいずれも、破損や性能劣化は確認されなかった。混合気体を貯留するタンク(容積3L)も、タンク内に適切な仕切りを設けることで着火による破壊が起こらなくなることも確認できた。一連の結果は、爆発性の高い混合気体であっても、適切に設計されたシステムを用いることで安全に取り扱えることを示しているが、今後より厳密な安全性試験を行っていく予定。

 今回開発された光触媒パネル反応システムは、100m2の大面積でも太陽光による水分解が可能であり、生成した混合気体から長期間安全にソーラー水素を分離・回収できることを実証した。本成果により、将来的にはさらに大規模で高効率なソーラー水素を製造する光触媒パネル反応システムの構築が期待される。

今後の予定

 光触媒パネル反応器の大面積化の技術開発は、光触媒を用いて、低コストで大量のソーラー水素を製造する人工光合成システムを社会実装するために必須である。今回開発した世界最大となる100m2規模の光触媒パネル反応システムはソーラー水素製造プロセスの安全設計の実現にも寄与する。今後、可視光応答型光触媒による太陽光エネルギー変換効率(5~10%)を持つ高効率な光触媒開発で実用化を目指すとともに、光触媒パネルの低コスト化と一層の大規模化、ガス分離プロセスの分離性能とエネルギー効率の向上のための技術開発を進めていく。

※1 二酸化炭素原料化基幹化学品製造プロセス技術開発(人工光合成プロジェクト) ここでいう人工光合成とは、太陽光エネルギーを用いて、相対的にエネルギーレベルの低い水や二酸化炭素などを、相対的にエネルギーレベルの高い水素や有機化合物などに変換する技術で、本プロジェクトでは、2012年度から2021年度までの研究期間で、人工光合成に係る基盤技術開発に取り組んでいる。2012年度から2013年度までは経済産業省、2014年度からはNEDOのプロジェクトとして実施中。
※2 C2~C4オレフィン 二重結合を一つ含む炭化水素化合物で、炭素数2から4のもの。C2はエチレン、C3はプロピレン、C4はブテンと呼ばれ、プラスチック原料などになる基幹化学品として用いられる。
※3 人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem) 参画機関:INPEX、TOTO、ファインセラミックスセンター、富士フイルム、三井化学、三菱ケミカル(五十音順)
※4 光触媒パネル反応器 ここでは、光触媒を固定した基板を格納して水を水素と酸素に分解させる、平板状の反応器を指す。
※5 量子収率ほぼ100% NEDOニュースリリース 2020年5月29日
※6 可視光と紫外光の両方を吸収できる光触媒を開発 NEDOニュースリリース 2019年7月3日

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