Simulinkで始める車両システムのモデリングとシミュレーション[MathWorks]

シミュレーション初心者の「何をどう始めたら良いのか分からない」に応えるため、シンプルかつ本質的な車両モデルを用いて、車両システムのモデリングの考え方とシミュレーションのプロセスを丁寧に解説していきます。
TEXT&FIGURE:MathWorks(マスワークス)

車両システムの開発現場ではシミュレーションの活用が進む

近年の、自動車業界のトレンドであるCASE(Connected, Autonomous, Shared, Electric)関連の開発ではシミュレーションが欠かせません。以下、それぞれに代表的なシミュレーション活用シーンを挙げます。

Connected(車両と何かがつながる;V2X):大量の疑似データ(車両が通常受信するデータや異常なデータ)を生成・活用することでデータ処理アルゴリズムの最適化やセキュリティの評価
• Autonomous(自律運転):実機でこなすには困難な膨大なテストシナリオや、実際の道路では困難・危険な運転シナリオの評価
• Shared(共有モビリティ):フリート(管理する車両の集合体)の運用を最適化するため、車両の適切な配置や充電スケジュール、整備計画などを評価
• Electric(電動化):電気/ハイブリッド車両のエネルギー消費を最小にするための戦略の評価やシステム構成と性能のトレードオフスタディ

そして、シミュレーションの活用シーンでは「モデル」を使います。シミュレーションは全てコンピュータ上で実施しますので、シミュレーション対象を「コンピュータ上で扱える」モノで表現(モデリング)する必要があります。

なお「モデル」は様々な定義があり、JMAAB(Japan MBD Automotive Advisory Board)の定義もご参照ください。

モデリング・シミュレーションの「うれしさ」

車両開発におけるシミュレーションの「うれしさ」は何でしょうか? 筆者は「リスク軽減」「効率向上」「コスト削減」の三つに集約できると考えています。

• リスク軽減:実機を試作する前に、システムの挙動や性能を評価できます。また、実世界で再現することが困難な条件下での評価も考えられます。これにより、開発の初期段階で潜在的な問題を発見しやすくなり、開発リスクを軽減します。
• 効率向上:試行錯誤(様々な条件やパラメータを変えてシミュレーション)することで、最適な設計や制御戦略を素早く見つけることができます。
• コスト削減:初期段階での問題発見や効率的な開発により、試作機削減などを含む開発プロセス全体のコストを節約できます。

モデル構築にトライ

ここで、とてもシンプルなモデルを見ていきます。車両の前後方向の動き(シミュレーション対象)に着目したモデルです。

図1:車両モデルの概念図

図1にあるように駆動トルクTpが与えられたときの車速vの推移をシミュレーションします。車速に着目するので、ステア方向はここでは割愛し以下のように単純化した数式(数学モデル)で表現します。

図2:車両(前後方向のみの自由度)の数学モデル

ここでは、駆動源はモータ(電気自動車)とし、モータとタイヤの間にギアがあるものとしています。

この数式を解く(時系列の数値解を求める)ことで、トルク入力(Tp)が与えられたときの車速を求めることができます。クルマには発進性能、追越性能、登坂性能などの動力性能の要求がありますが、クルマを実際に作ってから動力性能要求を満たせないことが発覚すると開発をやり直すことになり、非常に大きな損失になってしまいますので重要な解析ですね。

さて、実際に数式の解を手計算で求めることもできますが、ここではコンピュータで解く(シミュレーションする)方法として、ブロック線図を用いてモデリングとシミュレーションを行う方法をご紹介します。

図3:図2の数学モデルのブロック線図(Simulinkモデル)

図3のブロック線図を実行できる環境としてSimulinkをお勧めいたします。四則演算や数学演算・積分などの様々な要素をブロックとして用意しているので、マウス操作で直感的に数式からブロック線図を書くことができ、モデル全体の理解がしやすくなります。また、シミュレーションを行う際に、パラメータを変更した試行錯誤が容易にできます。

例えば、このモデルのギア比を変えながらシミュレーションを繰り返すことによって、最適なギア比(Rfd)を見積もるような活用が考えられます。

図4:シミュレーション結果
ギア比毎に時速100[km/h]に到達するまでの時間を比較
ギア比を高くすると加速性能が上がることが分かる

上述したように、ギア比は自動車の動力性能(発進、加速、追い越し、登坂)に大きく影響しますので、実際に試作する前にこのようなシミュレーションを行って設計に反映させることは非常に重要です。

なお、自動車のパワートレインのモデリングにはSimulinkのアドオン製品であるPowertrain Blocksetが便利です。

ご参考ウェブセミナ:
PC上で車両試験!フルビークルモデルの準備から活用まで

もう一つ別の例として、図5(左)のような自動車のタイヤを上下方向の振る舞いのみに着目してモデリングを試みます。モデリングのためには、図6(右)のようなマス・ばね・ダンパ系の表現がよく行われます。そしてフックの法則など物理法則を用いて運動方程式を立式します(数学モデル)。

図7:タイヤ+サスペンションの上下方向の振る舞い数学モデル

この数式を解くことで、タイヤが路面から受ける力や路面の変位を入力とした場合のm2の変位(ばね上の変位Zcar)を解析することができます。ばね上の振れは乗り心地に大きく関係するので、重要な解析ですね。

これらの数学モデルも同様に図8のようにブロック線図にすることでプログラミングすることなくシミュレーションできます。

図8:数学モデル(図7)のブロック線図
※シミュレーション実行のため入力(路面高)を追加

このモデル(ブロック線図)を使用して、この系の共振特性を見てみましょう。そのためにタイヤへの入力となる路面高の周波数を徐々に高くしてみます。すると、図9の結果に示すように、この系ではある周波数で共振が発生していることが分かりました(10秒と50秒付近)。これは、入力(タイヤ接地面)の振幅よりも出力(ばね上)の振幅が大きくなることを示しますので、乗り心地に大きく影響すると考えられます。

図9:シミュレーション結果(青:路面高(入力)、赤:ばね上変位(出力))

ここで示したモデルは説明を理解しやすくするために、非常に単純化しています。実際の開発現場ではより現実的かつ詳細なモデルを構築し、シミュレーションにより、共振が起きないことなど、期待する振る舞いが確認できてから実際に試作に進むことになります。

ここで挙げたごくごく一部の例でもお分かりのように、実際にモノを作ってから要求を満たさない性能が見つかったり、許容できない振る舞いがでると(リスク)、設計や試作のやり直しになり(効率)、その対応に要する工数などが膨大になってしまいます(コスト)。

モデリング・シミュレーションの更なる活用に向けて

上述の1番目(シンプルな車両モデル)の例は車速のみを出力していました。このモデルで車載モータの電力消費(電費)を見積もるようなシミュレーションはできるでしょうか? お気づきのようにモータトルクTpを固定値で与えるだけで電気系統をモデリングしていないので、このままでは電費シミュレーションはできません。

モータにかかる負荷トルク、インバータ、モータ、バッテリー消費の推移、モータやバッテリーの熱、熱交換機、つまり力学・電気・熱など複数の物理領域のモデリングが必要です。(マルチドメインモデリング) 2番目(タイヤ+サスペンション)の例は一輪モデルですので、自動車(四輪)の座席上の振る舞いは予測できません。四輪モデルにしてフルビークルのモデルに拡張することが考えられます。

前後/左右/上下/ロール/ピッチ/ヨーの6自由度の車両モデルを構築し、例えばパワーステアリングの試作前のテストをシミュレーションで行うことが可能になります。その際のステアリング部分のモデルはどうなるでしょうか? ステアリングのリンク機構(メカ)だけではなく、電動式ならばモータ(電気)、油圧式ならばポンプ(電気/メカ)や油圧回路(流体)など、ここでもマルチドメインモデリングが求められます。

図10:マルチドメインのモデル例(Simscapeモデル)

一方、車両モデル(車体そのもののモデル)はというと、例えば自動駐車システムの検討用の車両モデルとしては、車体がロール方向に動くような速度でハンドル操作は想定しないので、前後/左右/ヨーの3自由度の車両モデルで十分である場合も多いです。

多くの場合、シミュレーションの詳細度と演算速度はトレードオフの関係にあります。 つまり、詳細なモデリングは高い演算負荷につながります。詳細モデルによって1秒間のシミュレーションが1日かかるようなモデルがあるとします。例えばこのモデルで1000秒間のシミュレーションを、条件を変えて1000回実行しようとすると、どれだけの待ち時間が発生するでしょうか? 実運用として現実的とはとても言えませんね。

開発現場の技術者は、実機を試作する前にシミュレーションで見ておきたい現象は何か? その現象を再現するためにどの程度の詳細度でモデリングすべきか?——などをよく考え現実的な詳細度のモデリングを心掛けています。

なお、自動車のダイナミクスを表現するSimulinkのアドオン製品として、Vehicle Dynamics Blocksetが便利です。

ご参考ウェブセミナ:
車両シミュレーションのスケールアップをより柔軟に! ~フルビークルモデルの構築からクラウド展開まで~

まとめ

近年、車両に搭載される機能は益々高度かつ複雑になっています。

車両を実際に試作してからテストしていては、不具合発生時の影響が大きく(設計の見直しなどの手戻り)、予算超過、納期遅延になりかねません。

試作前にモデル化しシミュレーションをすることで不具合を予測しその対策を織り込んでから試作を進めるなど、モデルによるシミュレーションを活用して開発を進めていく手法が、モデルベースデザインです。 今回は自動車開発でのモデルベースデザインについて触れましたが、自動車業界にかかわらず、航空・宇宙、産業機器、電気・通信・半導体製造、またその他多くの業界で採用されています。

関連ページ:バーチャル車両

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