滑り軸受にプリロードを掛ける新発想

サンゴバン「SPRINGLIDE」“ガタ”がなく“しっとり”と動く不思議な滑り軸受

フランスに本拠を構えるSAINT-GOBAIN(サンゴバン)は、樹脂やガラスなどの素材技術を得意とする企業。自動車ガラスは「SEKURIT(セキュリット)」ブランドで欧州を中心に高いシェアを持っている。近年では革新的な構造により、さまざまな機能を併せ持つ軸受部品を手掛けており、ステアリングやシートのアジャスト機構をはじめとした車内の装備品を中心に、広い範囲に採用されている。
現在の自動車では、パワートレーンの電動化にともないエンジン音のないモーター走行の機会が増えている。 そんななか意外なノイズが注目を集めている。発生源はインテリアの可動部に用いられる軸受である。
TEXT:髙橋一平(Ippey TAKAHASHI) PHOTO:水川尚由(Masayoshi MIZUKAWA) FIGURE:SAINT-GOBAIN

 驚きだ。芯をあえてずらした(オフセットした)ふたつの軸受にシャフト状のテストピースを通してみる。軸受の間の距離は80mm、オフセットは5mm、そこに通すテストピース軸径は12.0~12.3mm。普通はまずシャフトが通らないはずだが、それがすんなり通ってしまうばかりか、スライドも回転も自由、それでいてガタがまったくない。しかもその感触が、“しっとり”としていてじつに心地良い。ガタを抑えるべく軸受とシャフトの間(クリアランス)を詰めた際にありがちな、動き始めの“スティック”(食いつき)も皆無といっていい。

 これはSAINT-GOBAIN(サンゴバン)が手がける最新世代の軸受、「SPRINGLIDE(スプリングライド)」のデモ用装置を体験した筆者の第一印象だ。

ミスアライメントを吸収するSPRINGLIDEの機能を体験するためのデモ用装置。上下の“梁”にはSPRINGLIDEが組み込まれており、写真左側はあえて5mm芯をオフセットした状態で、右側は“芯ずれ”のない状態となっているのだが、左側にも難なくシャフトが通るうえに、どちらも摩擦の状態は大差ない。

 軸受とそこに通される軸との間には、クリアランス、つまり隙間がないと、軸を中心とした回転はもちろん、組み付けすらままならない。これは機械における基本的な原則のひとつ。そして隙間があれば、当然ながら“ガタ”がともなう。これは軸と軸受の間の滑りで成り立つ“滑り軸受”はもちろん、転動体(ころ)を用いるベアリングでも同様で、ホイールハブやデファレンシャルギヤなど、ガタが許されない場所では、ベアリングの外輪と内輪にプリロード(荷重)をかけることで、これを排除している。

 SPRINGLIDEは滑り軸受に分類されるものでありながら、ガタがないうえに芯ずれも許容してしまう。そこでカギとなるのが、長期間にわたって安定した摩擦力を生み出す、厚いPTFE(フッ素樹脂)層と、スプリング構造。いわばプリロードの掛かる滑り軸受である。

PTFE素材をラミネート加工した摺動面(内側)を波状のラジアルスプリングの力で軸側に密着させるというSPRINGLIDEの例。わずか1mm程度の隙間があれば組み付けが可能で、部品の寸法公差やミスアライメントを吸収、軸受部の“ガタ”を常にゼロに保つ。スプリング部の形態や張力設定により摩擦力をコントロールすることでダンパーとして利用することもできる。

 一般に自動車の軸受といえば、パワートレーンやドライブトレーンに用いられるものがその代表といえるが、ドアやゲートのヒンジ、シートの可動部分など、じつはそれ以外の部分にも数多くが存在する。いずれも比較的小型(小径の軸受)で、寸法的、重量的に厳しい制約が課されるため、ブッシュなどを用いる滑り軸受が主役となっている。そこで問題になってくるのが、軸受部で発生する音(ノイズ)だ。ガタが大きければ、走行時の振動で文字通り“がたつく”ことになり、逆にこれを“詰める”(小さくする)と、動きが渋くなってしまう。とくに手動で操作する部分が多い車内の装備品については、操作感の要素も関わってくるだけに、この両立は悩ましいところである。

SPRINGLIDEは車両寿命と同等の期間、摩擦力を維持し続けることができる。カギとなるのは、ばね鋼表面に最大250μmという厚さで、しかも均一なPTFE(フッ素樹脂)層を形成する技術。PTFEに添加する材料(コンパウンド)や、金属補強層(メッシュやハニカムなど)の選定により、摩擦係数や耐荷重性を自由にコントロールできる。スカイビング加工により形成されたPTFE膜をばね鋼や金属補強層と一体化させるのが特徴。
SPRINGLIDEのプッシュナット。ばねの作用で軸を固定するプッシュナットの座面側にPTFEを配置したもので、ばね鋼のみの一般的なプッシュナットにグリスを塗布した場合と比べ、滑らかな摺動特性が得られる。動作の質感向上はもちろん、スティック&スリップがほとんどないことから、これにともなうノイズも大幅に抑制。上の写真はシート調整機構における事例。シートトルクの低減と安定化、スティックスリップの発生やそれにともなう振動・ノイズの低減、組み立て工程の簡素化が期待できる。
サンゴバン株式会社 モビリティ 日本プロダクトマネージャー:片木悠佑氏

 SPRINGLIDEはさまざまな用途に応用が可能な技術だが、“主戦場”のひとつとして見据えているのが、この車内の装備品に用いられる軸受だ。シンプルな構造ゆえに従来のブッシュとほとんど変わらないスペースに収まりながら、ガタにともなうノイズの発生がほとんどないため、車内の静粛性に寄与することはもちろん、冒頭のような心地良い操作感も得ることもできる。摩擦力のコントロールも容易で安定していることから、ダンパーとしても利用が可能だ。

 HEVやEVなど、パワートレーンの電動化が進むなか、車内空間における静粛性への要求はシビアになってきているわけだが、いっぽうで快適装備へのニーズの高まりから、ノイズの発生源となり得る(車内の)可動装備は増える傾向だ。現在もっとも有効かつ効率的な選択肢のひとつが、このSPRINGLIDEである。

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