特別対談「星野一義 × 稲田大二郎」日本一“速い男”と日本一“ヤバイ男”は親友同士だった!?

夢の対談:星野一義×稲田大二郎

日本一“速い男”と日本一“ヤバイ男”

『日本一速い男、星野一義』。その熱い走りはまさに闘将と呼ぶに相応しく、常に闘争心をムキ出しにした走りでファンのハートを掴み続けたトップドライバーだ。

そしてドライバーとして数多くの栄光を手にしただけでなく、現在でも自らのチーム『インパル』を率いてスーパーGT500クラスや、スーパーフォーミュラを戦い続ける真のレース人である。

もう一方の男が『暴走機関車、稲田大二郎(以下:Dai)』。こちらは少々説明が必要かもしれないが、簡単に説明すれば泣く子も黙る改造車雑誌『OPTION』を創刊した人物。創刊当初は新聞社、警察、PTAなど、きちんとした大人からは徹底的に嫌われ、何をするにも非難轟々。

しかし、そんなことを全く無視して自らステアリングを握り、禁断の最高速テストを行うなどその傍若無人の振る舞いから『暴走機関車』の異名をとる人物である。

この両名、普通に考えれば何の接点もないように思えるが、実はお互いを親友と呼び合う仲だというから意外なものだ。

「ホッチ」の名付け親はDaiだった!?

あまり知られていないが、DaiはOPTION誌を創刊する前は雑誌『オートスポーツ』のれっきとした記者だった。当時は足しげくサーキットに通い、レーシングマシンやレーサーの取材をしていた時代がある。そこで知り合ったのが同じ年齢で、日産ワークスではまだ新人に近かった星野さんだったというわけ。

初めて会った時からお互いの波長が合ったらしく、意気投合するまでにそれほど時間は掛からなかったらしい。つまり、二人の付き合いは40年を超えるのである。

ところで、レース業界には星野さんの愛称『ホッチ』を名付けたのがDaiだという都市伝説にも近い噂がある。

今取材でその真偽を確かめたところ『だって、当時人気絶頂の近藤真彦くんがマッチって呼ばれてるわけだろ? そのマッチにドライビングを教えるっていうんだからホッチだよ。確か、マーチのなんだか凄いヤツをあげるイベントの時に命名したんだけど、なんか変だったか?』とDai。

どうやら、その噂は都市伝説でもなんでもなく真実だということが分かった。これは偉大な発見と言えるのではないだろうか。

レーサーの先を考えてインパル設立

『レーサーって、どうしたって一生できるもんじゃないし、突然クビになっちゃうこともある。もしそうなっても、子供とか嫁さんを守っていけるように何か考えなきゃ、と思って立ち上げたのがインパルなんだよ』と星野さん。

続けて『最初はトムスの館さんとか、セントラル20の柳田さんみたいにカーショップを立ち上げようと思ったんだけど、オレは客商売に向いてないし、店はどうにか建てられても在庫する部品代まではない。そこで考えたのが自動車のパーツメーカーだったんだよ。だって売るパーツが1個でもあればメーカーになれるわけでしょ? それならできると思ったわけ』。

そこで、星野さんとホシノインパルの番頭として長年活躍した故・金子豊さんの2人でホシノインパルを立ち上げたそうだ。

『で、いよいよ伝説のインパルホイールが誕生するわけだろ? でも、あれは最初まったく売れなかったよなぁ〜』と当時を振り返るDai。

星野さんも『そりゃそうだよ、ホイールを量産する前に製造メーカーのエンケイさんへ打ち合わせに行った時、デザイナーが一推ししていたのがアレだったんだけど、初めて見た時はオレ自身が頭を抱えたよ(笑)。でも、貯金をはたいて金型代を払っちゃっていたから売れてくれなきゃ困る。もう必死だったよね』と笑いながら答える。

インパル製品を売るために全国を飛び回った2年間

当時の星野さんは『インパルは自分の分身みたいなもの』と事あるごとに語っていて、絶対に軌道に乗せたいと願っていた。だからこそ、忙しいレースの合間を縫ってはネクタイを締め、2年以上を費やして北海道から九州まで各地のカーショップに挨拶まわりをしたそうだ。

しかも、その道中で自社の製品を装着しているクルマを見ると涙が出るほど嬉しくて、名刺の裏に「お買い上げ、ありがとうございます」と書いてワイパーに挟んでいく。そんな嬉しいことがあった日の夕飯は、どんなに安いものでも格別に美味しく感じたと教えてくれた。

『あのな、世の中がホッチにどんなイメージを抱いているか知らないけどさ、本当のホッチは真面目で優しくて、家族思いで、心遣いの男。こんなに真っ直ぐな男って他に知らないよ』と、なぜか威張るDai。

そんな地道な宣伝活動が実ったのか、最初は全く売れなかったホイールが、ある時から突然の大ヒットを記録。当時のインパルスタッフは星野さん含めてわずか5人だけだったにも関わらず、ン億円分も売れたというのである。

『あの頃のホイールの売れ方ったら、コッチが驚いちゃうくらい。いくら作ってもらっても在庫が足りなくなっちゃうんだもん。でもさ、今でもなんで売れ出したのか分からないんだよね』という星野さんに対し『なに言ってんだよ、当時、オプションで連載していたオレの130Zに履いてあげたからに決まってるじゃん』というDai。あげくの果てには『今からでも遅くないから、売り上げの何割かちょうだい』と言い出す始末だ。

しかし冷静に考えれば、インパルホイールのヒットは伝説のシルビア・ターボ・スーパーシルエットが履いていたことに起因するところが多いはず…などと考えてしまったが、余計なツッコミをすると話が長くなりそうなのでそれは黙っておくことにしよう。

そしてインパルは、ホイールの大ヒットを足がかりにエアロパーツや星野さんの夢だったコンプリートカーの製作へと事業を拡大。東京オートサロンの来場者が選ぶ国際カスタムカーコンテストでも、最優秀賞を何度も受賞するまでになった。そう、いつしかインパルはチューニング&カスタムファンから絶大な支持を集める絶対的な存在になっていたのである。

ホッチとDai、両者の不思議な関係は続く

『ありがたいことに、インパルの製品は国内外から評価して頂いているんだけどさ、まだまだやりたいことがあるんだよ。最近では、メッキパーツでアクセントを付けた「Jインパル」というシリーズにも力を入れているしさ。そうだ、まだ門外不出のデザイン画なんだけどDaiちゃんには特別に見せるからさ、何かアドバイスちょうだいよ』という星野さん。

最初の約束では、1時間ほどで終わらせなければなかったはずの対談も、気がつけば予定の倍以上の時間が経過。それでもまだまだ話が尽きないといった感じの二人は、純粋なクルマ好きの少年のようだった。

『おっ、もうこんな時間だ。そろそろ帰らないと嫁さんに怒られちゃうから、また近いうちに来るよ』と席を立つDaiに対して『うん、分かった。またねー』と短く答える星野さん。

今回の対談に立ち合って分かったが、一見すると全く噛み合わないようだが、実際にはミスマッチではなかった二人の関係。きっと、また数年後に会っても自然な関係のままなのだろう、と少し羨ましく思った。

●取材協力:ガレージインパル世田谷区ショールーム TEL:03-3439-1122

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