連載

自動車エンブレム秘話

“Volkswagen” という名前が示す会社の原点

実際に「国民のクルマ」が生産されるのは、第二次世界大戦後の1945年から。
実際に「人々のクルマ」が生産されるのは、第二次世界大戦後の1945年から。

フォルクスワーゲンは1937年、当時のドイツ政府が主導した「国民車(Volkswagen=人々のクルマ)」構想のもとで設立された自動車メーカーである。この計画はアドルフ・ヒトラーの下に進められ、フェルディナント・ポルシェ博士が開発を担当した。エンブレムも、Volk(人々)とWagen(クルマ)の頭文字をシンプルに組み合わせ、誰にもわかりやすいデザインが施されている。

1938年にはヴォルフスブルクに生産工場も建設されたが、第2次世界大戦の勃発により民生用車両の量産は実現せず、工場は軍需用に転用された。戦後の1945年にフォルクスワーゲンはイギリスの管理下で操業を再開。乗用車の生産が始まり、「ビートル」の成功によって世界的ブランドへと成長していった。

出発点が当時の政治体制や国家プロジェクトと密接に結びついた存在であったことが、他の自動車メーカーとは異なるフォルクスワーゲンの大きな特徴と言える。

創成期のエンブレムに刻まれた時代性

政治との関係性は、ブランド創成期のエンブレムデザインにも色濃く反映されていた。フォルクスワーゲン最初のエンブレムは、頭文字の「V」と「W」を組み合わせたモノグラムを中心に据えつつ、その周囲に歯車の意匠が配された。さらに、その外側にナチス政権下で用いられていた「鍵十字」と呼ばれる図案と類似した要素が含まれていたことが知られている。

このグラフィックは数年で姿を消し、フォルクスワーゲンのエンブレムは2文字を歯車が取り囲むデザインへと改められている。それ以降、線の太さや配色、立体表現の採用といったアップデートが時代の変化に応じて行われてきた。歯車の意匠はなくなったが、2文字とそれを囲む円というシンプルな基本構成は、会社創立から今日に至るまで維持されてきた。

社会環境の変化に適応しつつ、VとWが象徴する「人々のクルマ」という単純明快なブランドの本質を守り続けるフォルクスワーゲンの考え方を反映していると言えるだろう。

2019年のブランド刷新

現在のエンブレムは、2019年に初の量産BEV「OD.3」とともに登場した。
現在のエンブレムは、初の量産BEV「ID.3」とともに2019年に登場した。

2019年、フォルクスワーゲンは新しいロゴデザインを発表した。同社はこの刷新を、デジタルと電動化時代に向けた「“New Volkswagen”の幕開けを意味する」としている。この頃、同社は「ID.3」の量産開始などEV戦略を本格的に始動。新しいエンブレムは単なる視覚的変更を施したものではなく、企業全体の方向性転換を示すものとされた。

新エンブレム最大の特徴は、立体表現を排したフラットなデザインである。フォルクスワーゲンは、「デジタルスクリーン、スマートデバイス、車載ディスプレイなど、あらゆる表示環境での高い視認性を確保するため」と説明している。

従来のクローム調や陰影を伴うロゴは、デジタルメディアでの再現性に課題があった。新しいロゴはその点を解消し、より柔軟に使用できる設計となっている。また、線が細く整えられ、軽やかな印象も強調された。

新しいエンブレムの発表にあたり、フォルクスワーゲンは今後のブランドが進む方向を「顧客の視点をこれまで以上に取り入れながら、より人間的で生き生きとした存在」と説明している。そうしたオープンな姿勢を視覚的に示す意図も込められているようだ。

エンブレムが示す未来

時代の変化に対応しながらも、「人々のクルマ」である姿勢は一貫しているフォルクスワーゲン。
時代の変化に対応しながらも、「人々のクルマ」である姿勢は一貫しているフォルクスワーゲン。

現在のエンブレムは「人々のクルマ」という同社の位置づけを保ちながら、従来の“堅牢な大衆車メーカー”から次世代モビリティブランドへの進化も意識した表現と言えるだろう。

フォルクスワーゲンのエンブレムは、ラグジュアリーや権威を誇示するためのものではない。名前の由来通り、「人々の生活に寄り添うブランド」であり続ける姿勢を象徴している。最新のデザインは、よりシンプルで、より現代的になった。しかし、円の中に重なるVとWが示す本質は変わらない。フォルクスワーゲンのエンブレムは今もなお、「人々のクルマ」という思想を継承し続けている証なのだ。

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