MotoGPイタリアGP取材のために訪れたフィレンツェで、パスポートを盗まれた。ここから日本に帰るための手続きや、海外に持って行っておくと有用なもの、適用された保険などを、実体験をもとにお伝えする。

パスポートを盗まれた! 最初にしたことは?

イタリアのフィレンツェで、パスポートを盗まれた。

MotoGP第9戦イタリアGPの取材のために、イタリアを訪れていたときのことである。ロンドンから飛行機でボローニャに飛び、ボローニャからフィレンツェまで電車で移動していたのだが、深夜から移動しっぱなしでくたくただった。

「ああ、こういうときこそ気を付けないといけないな」と、人でごった返すフィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ駅で思ったことははっきりと覚えている。ただ、その自分への注意喚起は意味をなさなかったわけだが。

結果から言えば、盗まれたのはサンタ・マリア・ノヴェッラの駅からレンタカー・オフィスまで移動するために利用したトラムの車内である。じつは、犯人もはっきりと見た。車内は少し混みあっていた。トラムが発車してすぐに、少し離れたところにいた女性が、わたしのすぐ近く(本当にすぐ近くにいた)にいた少女に厳しい口調で何事かを話していた。

イタリア語はさっぱりだったが、ただ事ではないということはわかった。少女は「違うんです、違うんです」といった言葉を繰り返している。やりとりに驚いていると、女性はわたしに向き直り、英語で「マダム、その娘に気を付けてください」と言った。その少女は逃げるようにして次の駅で降りていき、わたしのリュックサックからはパスポートが入ったポーチが消えていた。おそらく、女性は少女がスリを働いていることに気付いたのだ。

これについてはわたしのミスである。寝不足状態だったとはいえ、イタリアの都市部、しかもトラム車内でリュックサックを背負ったままなど、「どうぞ盗んでください」と言っているようなものだ。いつもなら絶対にそんなことをしないのに、と悔やんでも悔やみきれない。何かが起こるときは「不自然」があるものなのだろう。

というわけで、パスポートを申請しなければならなくなった。ここから先は、あくまでもわたしの場合であることを踏まえて読んでいただければと思う。海外ではアクシデントが起こる場所や状況、そして時が違えば対応も変わるからだ。

まずは、フィレンツェ空港の警察署に行った。ポリス・レポートを書いてもらうためだ。どの警察署でもいいのだが、空港なら英語が話せるポリスがいるだろうと聞いたのである。実際のところ、これは正解だった。あちらも忙しいので、翻訳アプリなどでゆっくり会話してくれるほど時間をかけてくれないのである(もたもたするたびに何度も「ねえ、今すごく忙しいのよ、わたしたち」と言われた)。といっても、対応してくれたポリスたちは、親切だったと思う。「トラムや電車に乗るときは、リュックサックを前にして持つのよ」と、彼女は言って見送ってくれた。

ポリス・レポートを手に入れたら、ローマの在イタリア日本国大使館に電話をかけた。「帰国のための渡航書」を発給してもらうためである。これは、その名の通り日本に帰るための渡航書だ。帰国したら、新しいパスポートを日本で申請しなければならない。

もちろん、イタリアで新しいパスポートを申請して発給してもらうこともできる。ただ、日本のパスポートは2025年3月に新しくなってセキュリティが強化された。このために「発給にはひと月ほどかかります」ということだった。

わたしは9月中旬まで帰国はせずにヨーロッパを周遊してMotoGPを取材する予定を組んでいたが、帰国を決断した。盗まれたポーチにはパスポートのほかに国際免許も入っていた。国際免許は日本国内でしか発行されない。どちらも、MotoGPを取材する際に必須のレンタカーを借りるために必要な書類だったからだ。

パスポートを盗まれたのは、このサンタ・マリア・ノヴェッラの停留所からトラムに乗った直後だった©Eri Ito
別の日に乗ったトラムの車内©Eri Ito

日本から持って行ってよかった書類

そのあとは、予約した来館日時に大使館に行き、「帰国のための渡航書」を発給してもらう。持参するものは、「戸籍謄本(6か月以内に発行されたもの)」「証明写真2枚(6か月以内に撮影したもの)」「ポリス・レポート(警察発行の盗難・紛失届証明書)」「帰国のための航空券または予約が確認できる書類」である。

わたしの場合は、戸籍謄本と証明写真2枚を持っていた。ヨーロッパに長期滞在してMotoGPを取材すると話をしたとき、知り合いのフォトグラファーが「戸籍謄本は持って行くんだよ」とアドバイスをくれたからである。「パスポートを紛失したときに必要になるからね」と。特に戸籍謄本があったおかげで、手続きはかなりスムーズだった。もちろん、なくても申請することはできるのだが、その場合は日本にいる誰かに代理で戸籍謄本を取得して送ってもらい、帰国したら原本をローマの日本国大使館まで送らなければならない。かなり面倒な手続きになってしまう。

在イタリア日本国大使館は、ローマのテルミニ駅から歩いて20分ほどの場所にある。ローマを訪れたのは、これが初めてだった。駅のすぐ近くには遺跡があり、そして、道路は絶望的に混みあっていた。ローマはいつかは行きたいとかなり本気で思っていた場所だったが、思わぬ形で来ると、現実感や充足感を失うようだ。わたしはローマの風景をできるだけ記憶に焼き付けまいと、駅からただ真っ直ぐに大使館を目指して歩いた。

9時半ごろに大使館に着いて、10時過ぎには申請を終えていたと思う。それから一度大使館を出て、「帰国のための渡航書」が発給されたのは16時ごろだった。午前中に申請すれば当日中に発給されるとはいえ、ほぼ一日がかりである。とはいえ、これで帰国のための準備は整ったわけだ。

この「帰国のための渡航書」で」日本に帰った。ICチップは内蔵されていないので、空港の自動化ゲートは使用できない©Eri Ito

パスポート盗難で保険が適用されるケースがある

なお、パスポートの盗難に遭った場合、保険が適用されるケースがある。わたしは海外旅行保険に加入していたので、その保険で補償された。クレジットカード付帯の保険では、利用付帯(旅行のための航空券などをそのクレジットカードで支払う必要がある)などの条件があることもあるので、ご注意を。

保険の適用範囲についても、例えばリュックサックを置いていたら盗られた、といったケースでは適用外だと説明されたので、まずは保険会社に電話して確認するのがいいだろう。必要な書類もあるので、電話するなら、被害に遭ってすぐに現地でしたほうがいい。

わたしの場合、保障されたのは、「帰国のための渡航書」を発給してもらうためにローマに行ったときの交通費(もし宿泊が必要だった場合は宿泊費も補償範囲内だった)、「帰国のための渡航書」申請の手数料15ユーロ、帰国してから国際免許を取得するためにかかった手数料2250円だった。

いずれにしても、どのような事情であれ、海外に行くならば保険に加入、あるいはクレジットカード付帯保険の条件をしっかり確認することを強くおすすめします。海外では本当に予想外のことが起こるし、気づいていないところで体に負荷がかかっていて体調を崩すこともあるからだ。実際のところ、わたしは2年前にひどい子宮内膜症になって、イギリスのロンドンで緊急入院、手術を受けたことがある。1週間の入院と手術で、かかった費用は円安もあって約140万円。すべて保険でカバーされた。もちろん、まったくそのような予兆はなく、まさに青天の霹靂だった。

というわけで、個人の実体験のパスポート盗難とその後の対応をご紹介した。わたし自身も含めて、ぜひともこの記事が役に立たないでほしいと思う。