ヤマハ・トレーサー9 GT+ Y-AMT ABS……198万円(2025年5月28日発売)

先代のトレーサー9 GT+から15万4000円アップし、国内の年間販売計画は1000台から700台へ。試乗車は純正アクセサリーのサイドケース(計25万4100円)を装着していた。リヤフレーム(シートレール)を50mm延長してパッセンジャーの居住エリアを拡充するとともに、タンデムステップをラバー付きとして総合的な快適性を高めている。
CFアルミダイキャストフレームは、従来モデルを踏襲しつつ、ヘッドパイプ後部のステーとリヤショック上部のクロスチューブを最適化。前者は操縦性と安定性に、後者は操縦性とリヤサスペンションの作動性向上にそれぞれ貢献している。
車体色は写真のブラックメタリックXのほかに、ダークパープリッシュブルーメタリックUを用意。高さを2段階に変えられるシートは新作となり、座面の高さは820mm/835mmから845mm/860mmへとアップした。だが、メーカーでは、シート前部を前作比でスリム化することで、またぎ長(ステップアーチレングス)を短縮したと説明している。

Y-AMTのATモードは高めの回転数を維持する傾向にあり

先代トレーサー9 GT+は、ヤマハとして初めてACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)を搭載したモデルだ。先行車との車間を一定に保つため、減速時にはまずエンジンブレーキを使い、必要に応じて前後ブレーキが自動的に作動。その際には電子制御サスペンションが減衰力を調整し、余計な前のめり姿勢を抑えてくれる。ウインカーを出せば追い越し支援として自動加速まで行うなど、初採用とは思えないほど完成度は高く、使うたびに感心させられた。

ただ、慣れてくると気になる点も出てきた。例えば高速道路を6速・120km/hで巡航中、前方の流れが詰まり60km/h前後まで減速した後、ACCが加速を再開してもギヤは6速のまま。結果、加速はどうしても鈍くなる。

ACC作動中でもクイックシフターで変速は可能だが、「今、何速が最適か」が直感的に分かりづらい。5速に落とすべきか、それとも4速まで下げるべきかで迷う場面が多く、逆に下げすぎれば加速が唐突になり、不自然さが出る。結局のところ、スムーズな加速を得るには、ライダーがその都度“正しいギヤ”を選び続ける必要があったのだ。

2023年10月に発売されたトレーサー9 GT+。182万6000円で販売された。

そうしたユーザーからの声が多かったのだろうか。MT-09とMT-07に続き、このトレーサー9 GT+にも自動変速トランスミッションの「Y-AMT」が追加された。

888cc水冷4ストローク並列3気筒の通称“CP3”エンジンをベースに、Y-AMT用のシフト&クラッチアクチュエーターをシリンダー背面に追加。1次/2次変速比および6段ミッションの各変速比はSTDのトレーサー9 GTと共通だ。最高出力も120PSで同一となっている(画像はMT-09 Y-AMTのもの)。
電子制御シフト機構のY-AMT(ヤマハ・オートメイテッド・マニュアル・トランスミッション)は、クラッチ操作とシフト操作をアクチュエーターが担うシステムのため、クラッチレバーとシフトペダルは存在しない。MTモードとATモードが選択でき、この機種では荷物の積載やタンデム走行を考慮した専用のオートマチック・セッティングとしている。また、ACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)とも連携しており、車速の増減によって自動的に変速する。これは二輪車では世界初となる制御だ(ヤマハ発動機販売調べ、2025年3月現在)。

再びクラッチレバーを持たないライディングに戻ってみて、最初に感じたのは違和感ではなく、解放感だった。

新型トレーサー9 GT+のY-AMTとACC。この2つの組み合わせは、単に便利とか快適とか、そんな平易な言葉では片付けられない。“意思を持った機械”とでも呼びたくなるほど、バイクが自然に、先読みするように動いてくれる。

たとえばACCによる追従走行。先行車が減速すれば、バイクはすぐさまスロットルを閉じ、エンジンブレーキを効かせ、さらにブレーキへとつなげる。変速もまた見事で、ブーン、ブーンと絶妙なタイミングでシフトダウンが入る。その一連の動作があまりにもスムーズで、初めて試した瞬間、思わず「これ、完成してるじゃないか」とつぶやいていた。

もちろん、全能ではない。例えば25km/hを下回るとACCは自動的に解除されるし、旋回中にはコーナリングアシスト機能が車間制御を緩める場面もある。だが、むしろそれがいい。ライダーの邪魔をしない領域に制御が留まっているからこそ、安心して委ねることができる。Y-AMTが、このACCの完成度を一段引き上げているのは間違いない。

筆者がY-AMTに初めて触れたのはMT-09だった。あのときはサーキットで、攻める走りの中での変速ショックが気になった。特にシフトアップ時のガツンと来る感じが、少し乱暴に思えたのだ。しかし、今回のトレーサー9 GT+は少し違っていた。

市街地から高速道路、そしてワインディングと、どの場面でも変速はスムーズだ。もちろん、条件次第ではまだショックが顔を出す。タンデムで急な坂を上っているときや、大きくスロットルを開けて加速しているときなど、そんな場面では、やや強めのショックにギクッとする。けれど、それは“駆動がつながるリアル”であって、不快とは少し違う感覚だ。

下り坂などでスロットルをほとんど開けていないときには、むしろ驚くほど滑らかに変速していく。ホンダのDCTやEクラッチと比較しても、遜色ないどころか、これがヤマハらしい走りの味かと思えてくるほどだ。

今回は主にATモードで走った。Dモード、D+モードともに、やや高めの回転数でシフトアップするプログラムになっていて、最初は「ちょっと引っ張るな」と思ったが、すぐに理由が分かった。タンデムや荷物の積載を想定したセッティングなのだ。例えばDモードでは、60km/h付近まで3速で引っ張り、4000rpm近くまで回してからシフトアップ。さらに、シフトレバーを操作しても4速以上には上がらないように制御されていた。

そして、ここで一つの気付きがあった。いつものようにCP3エンジンのフィーリングを楽しんでいるはずなのに、なぜか印象が薄いのだ。

CP3は、回転域ごとに表情を変えるエンジンだ。低回転域での粘り、中回転域の鼓動感、そして高回転域での胸のすくような伸び。そのすべてが魅力的であり、特に筆者は3000~4000rpmの粒立つようなフィーリングが気に入っている。だから、その領域をキープするようにギヤをこまめに選ぶことが、むしろ楽しかった。

ところが、ATモードでは“効率”が優先される。結果、バイクがATモードで選んだギヤと、自分が望む回転域との間にズレが生じ、CP3の味が埋もれてしまうことがあった。

これはY-AMTだけの話ではない。すべてのAT機構が抱える課題だ。Y-AMTには“左手の自由”という新しい可能性があるが、ギヤチェンジをするためには、その自由になった左手でシフトレバーを操作しなければならない。そこに小さな矛盾が残る。

それでもなお、この機構の未来にはワクワクする。いずれ「完全に任せても気持ちの良い変速」が当たり前になる日が来るはずだ。その先陣を、ヤマハが切っているといってもいいだろう。

電子制御サスKADSはスポーツ性と快適性を高次元で両立

ハンドリングは、MT-09よりホイールベースが70mm(スイングアームは60mm)長く、カウリングによる慣性ダンパー効果もあってか、直線でもコーナーでも終始落ち着きがある。見た目のボリュームに反して動きは軽く、車体の傾きに応じた舵角の付き方はネイキッドに近い自然さで扱いやすい。

電子制御サスペンションKADSは、スポーツ寄りのA-1、快適志向のA-2に加え、ライダーが自由に設定できるC-1とC-2の計4モードを備える。C-1/C-2については自動マップと非自動マップが選択可能で、電サスの柔軟性を感じさせる構成だ。

KYBと共同開発した電サス「KADS」は、走行状況に合わせて減衰力を自動調整。システムには4つのコントロールマップが用意されている。前後ともプリロードは手動にて調整するシステムで、フロントは最小から2回転、リヤは13クリックの位置が標準設定となっている。

A-1は峠道での反応が鋭く、それでいて巡航時は硬すぎない。ウェット路面にも対応しているとのことで、減衰力の自動調整が巧みに効いているのだろう。A-2ではさらに動きがしなやかになり、荒れた路面での追従性が向上。それでいてピッチングは大きくならず、操縦性への影響はほとんどない。

ブレーキは、速度に応じて前後制動力を配分するUBSや、車間距離に合わせて制動力を調整するレーダー連携UBSを搭載。作動を意識させない自然な効き方で、通常走行において違和感は皆無だ。

ヤマハ国内モデル初採用のVHCは、坂道を自動判定するアドバンスドと、一定以上の入力で作動するスタンダードを選べる。多くのシーンにおいて便利な機能ではあるが、アドバンスドは坂道を利用して後退させたい時にも作動してしまうため、筆者は道を譲ろうとして下がれずに焦った。どんな場面でどの機能が作動するのか、それはどうすればキャンセルできるのかなど、オーナーは十分に使い方を理解しておく必要がある。

フロントフォークはアクスルブラケットの構造を変更。ブレーキシステムには、ABSやUBS(前後連動かつ旋回時の制動力も自動調整)、レーダー連携UBS(先行車との車間距離情報も統合して制動力を調整)、BC(標準のABSに加えてコーナリングアシストブレーキによって旋回時の制動力を調整)、VHC(坂道や停止時にブレーキ操作をアシスト、ヤマハ国内モデル初採用)が組み込まれている。
ヤマハ独自のスピンフォージドホイールはベースモデルの「トレーサー9 GT」も含めてリヤのリム厚を変更。標準装着タイヤはブリヂストンと共同開発したバトラックス スポーツツーリングT32で、フロントで約200g、リヤで約300gの軽量化を達成。タイヤ空気圧モニタリングシステム(TPMS)を標準装備する。

新型で注目すべき装備のひとつが、交通状況に応じて照射エリアを変えるマトリクスLEDヘッドライトだ。フロントマスク上部のカメラで周囲を監視し、自動で配光を調整する。夜間走行は試せなかったが、正面からの走行写真でコーナリングライトの作動を確認できた。

アダプティブハイビームの照射イメージ。

コーナリングライトの照射イメージ。

傾いている側のLEDが多く点灯していることが分かる。これがコーナリングライトだ。

ほかにも、最高速度を制限できるYVSL(ヤマハ・バリアブル・スピード・リミッター)や、後方からの接近車を知らせるBSD(ブラインド・スポット・ディテクション)など、先進装備は豊富だ。200万円を切る価格は驚きであり、現時点での完成度は間違いなくスポーツツアラーの最前線にある。

ライディングポジション&足着き性(175cm/68kg)

肩が凝らないようにハンドルポジションを変更。加えて、ステップとハンドルはそれぞれ二つの位置を選ぶことができる。ゆったりとしたライディングポジションであり、ロングツーリングも快適にこなせそう。付け加えると、ウインドプロテクション効果もさらに高まった印象で、電動スクリーンを上げなくても十分以上に快適だった。
電サスには「乗降時サスペンション減衰システム」が組み込まれており、車両の電源をオンにする、またはキルスイッチでエンジンを停止すると、そこから30秒間だけ自動的に減衰力が減少する。写真はシートをロー(845mm)に設定した状態で、前作の820mmよりも高くなっているが、足着き性は同等か、むしろ向上したような印象を受けた。

ディテール解説

スマートキーシステムを新採用。純正アクセサリーのサイドケース&トップケースのロック機構とも連動する。ミラーの隅に表示されるBSD(ブラインド・スポット・ディテクション)は、ミリ波レーダーユニットを車体前方だけでなく後方にも追加。ハンドル切れ角は32°から35°へ。
前作よりも筐体をスリム化した7インチ高輝度TFTディスプレイを採用。画面レイアウトは3つのテーマから選択可能だ。専用アプリ「Y-Connect」、「Garmin Motorize」をインストールしたスマホとペアリングすることでナビやオーディオ、メール、電話の着信通知などが表示可能に。
YRC(ヤマハ・ライド・コントロール)の設定画面。PWR(パワーデリバリーモード)、TCS(トラクションコントロール)、SCS(スライドコントロール)、LIF(リフトコントロール)、EBM(エンジンブレーキマネージメント)、BSR(バックスリップレギュレーター)、SUS(電子制御サスペンション)を細かく設定できる。
ウインカースイッチは二段階機能へ。短押しで3回点滅、長押しで連続点滅し、点滅開始から15秒以上かつ150m走行すると自動キャンセルとなる。さらにエマージェンシーストップシグナル機能も新採用。標準装備のグリップヒーターは電熱線パターンを変更。温度設定を10段階(走行中は3段階)としている。
ライダー側のシート高は845mmと860mmの2段階に調整可能。純正アクセサリーでヒートシート(ライダー側:3万800円、パッセンジャー側:3万8500円)やコンフォートシート(ライダー側:2万6400円、パッセンジャー側:2万2000円)を用意する。
パッセンジャーシートはキーロックを解錠すると取り外すことができ、ライダー側はその中に隠れたレバーを操作すると取り外せる。
複数のハイ/ロービーム用LEDとスクリーンの下部にあるカメラが連携し、照射エリアを自動で調整するマトリクスLEDヘッドライトを採用。ハイ/ロービームを自動的に切り替えるだけでなく、バンク角に応じて配光パターンをを自動調整するコーナリングライト機能も備える。
テールランプの下部にあるのがレーダー波ユニットだ。
大型ウインドスクリーンは形状を変更しつつ、可動域100mmの無段階電動式へ。
パニアケースはダンパー内蔵取付ステーによりトップケースとの同時装着を可能に。内部には照明が備えられており、暗がりでの荷物の出し入れに重宝する。なお、スマートキーとも連携しているが、リッドを開ける、ケースを外すのいずれにおいても、車体左側にあるキーレススイッチの開錠ボタンを押さなければならない。
フロントカウル右側にスマホなどの小物が収納できるボックスを装備。内部にはUSB Type-A端子あり。このほかメーター下部にはUSB Type-C端子対応ソケットを装備する。
サイドカウルの内側に追加されたルーバーは、内圧を高めることで走行風が内側へ巻き込まないようにするための工夫だ。
ローラー部にDLCコーティングを施したDID製のローメンテナンスチェーンを新採用。

ヤマハ・トレーサー9 GT+ Y-AMT ABS 主要諸元

認定型式/原動機打刻型式 8BL-RNA1J/N722E
全長/全幅/全高 2,175mm/900mm /1,440mm
シート高 845mm(低い位置) 860mm(高い位置)
軸間距離 1,500mm
最低地上高 135mm
車両重量 232kg
燃料消費率 国土交通省届出値
定地燃費値 31.1km/L(60km/h) 2名乗車時
WMTCモード値 21.1km/L(クラス3, サブクラス3-2) 1名乗車時
原動機種類 水冷・4ストローク・DOHC・4バルブ
気筒数配列 直列, 3気筒
総排気量 888cm3
内径×行程 78.0mm×62.0mm
圧縮比 11.5:1
最高出力 88kW(120PS)/10,000r/min
最大トルク 93N・m(9.5kgf・m)/7,000r/min
始動方式 セルフ式
潤滑方式 ウェットサンプ
エンジンオイル容量 3.50L
燃料タンク容量 19L(無鉛プレミアムガソリン指定)
吸気・燃料装置/燃料供給方式 フューエルインジェクション
点火方式 TCI(トランジスタ式)
バッテリー容量/型式 12V, 8.6Ah(10HR)/YTZ10S
1次減速比/2次減速比 1.680/2.812 (79/47×45/16)
クラッチ形式 湿式, 多板
変速装置/変速方式 常時噛合式6速/リターン式
変速比 1速:2.571 2速:1.947 3速:1.619 4速:1.380 5速:1.190 6速:1.037
フレーム形式 ダイヤモンド
キャスター/トレール 24°25′/106mm
タイヤサイズ(前/後) 120/70ZR17M/C (58W)(チューブレス)/ 180/55ZR17M/C (73W)(チューブレス)
制動装置形式(前/後) 油圧式ダブルディスクブレーキ/油圧式シングルディスクブレーキ
懸架方式(前/後) テレスコピック/スイングアーム(リンク式)
ヘッドランプバルブ種類/ヘッドランプ LED/LED
乗車定員 2名