ヤマハ・トレーサー9 GT+ Y-AMT ABS……198万円(2025年5月28日発売)



Y-AMTのATモードは高めの回転数を維持する傾向にあり

先代トレーサー9 GT+は、ヤマハとして初めてACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)を搭載したモデルだ。先行車との車間を一定に保つため、減速時にはまずエンジンブレーキを使い、必要に応じて前後ブレーキが自動的に作動。その際には電子制御サスペンションが減衰力を調整し、余計な前のめり姿勢を抑えてくれる。ウインカーを出せば追い越し支援として自動加速まで行うなど、初採用とは思えないほど完成度は高く、使うたびに感心させられた。
ただ、慣れてくると気になる点も出てきた。例えば高速道路を6速・120km/hで巡航中、前方の流れが詰まり60km/h前後まで減速した後、ACCが加速を再開してもギヤは6速のまま。結果、加速はどうしても鈍くなる。
ACC作動中でもクイックシフターで変速は可能だが、「今、何速が最適か」が直感的に分かりづらい。5速に落とすべきか、それとも4速まで下げるべきかで迷う場面が多く、逆に下げすぎれば加速が唐突になり、不自然さが出る。結局のところ、スムーズな加速を得るには、ライダーがその都度“正しいギヤ”を選び続ける必要があったのだ。

そうしたユーザーからの声が多かったのだろうか。MT-09とMT-07に続き、このトレーサー9 GT+にも自動変速トランスミッションの「Y-AMT」が追加された。


再びクラッチレバーを持たないライディングに戻ってみて、最初に感じたのは違和感ではなく、解放感だった。
新型トレーサー9 GT+のY-AMTとACC。この2つの組み合わせは、単に便利とか快適とか、そんな平易な言葉では片付けられない。“意思を持った機械”とでも呼びたくなるほど、バイクが自然に、先読みするように動いてくれる。
たとえばACCによる追従走行。先行車が減速すれば、バイクはすぐさまスロットルを閉じ、エンジンブレーキを効かせ、さらにブレーキへとつなげる。変速もまた見事で、ブーン、ブーンと絶妙なタイミングでシフトダウンが入る。その一連の動作があまりにもスムーズで、初めて試した瞬間、思わず「これ、完成してるじゃないか」とつぶやいていた。
もちろん、全能ではない。例えば25km/hを下回るとACCは自動的に解除されるし、旋回中にはコーナリングアシスト機能が車間制御を緩める場面もある。だが、むしろそれがいい。ライダーの邪魔をしない領域に制御が留まっているからこそ、安心して委ねることができる。Y-AMTが、このACCの完成度を一段引き上げているのは間違いない。
筆者がY-AMTに初めて触れたのはMT-09だった。あのときはサーキットで、攻める走りの中での変速ショックが気になった。特にシフトアップ時のガツンと来る感じが、少し乱暴に思えたのだ。しかし、今回のトレーサー9 GT+は少し違っていた。
市街地から高速道路、そしてワインディングと、どの場面でも変速はスムーズだ。もちろん、条件次第ではまだショックが顔を出す。タンデムで急な坂を上っているときや、大きくスロットルを開けて加速しているときなど、そんな場面では、やや強めのショックにギクッとする。けれど、それは“駆動がつながるリアル”であって、不快とは少し違う感覚だ。
下り坂などでスロットルをほとんど開けていないときには、むしろ驚くほど滑らかに変速していく。ホンダのDCTやEクラッチと比較しても、遜色ないどころか、これがヤマハらしい走りの味かと思えてくるほどだ。
今回は主にATモードで走った。Dモード、D+モードともに、やや高めの回転数でシフトアップするプログラムになっていて、最初は「ちょっと引っ張るな」と思ったが、すぐに理由が分かった。タンデムや荷物の積載を想定したセッティングなのだ。例えばDモードでは、60km/h付近まで3速で引っ張り、4000rpm近くまで回してからシフトアップ。さらに、シフトレバーを操作しても4速以上には上がらないように制御されていた。

そして、ここで一つの気付きがあった。いつものようにCP3エンジンのフィーリングを楽しんでいるはずなのに、なぜか印象が薄いのだ。
CP3は、回転域ごとに表情を変えるエンジンだ。低回転域での粘り、中回転域の鼓動感、そして高回転域での胸のすくような伸び。そのすべてが魅力的であり、特に筆者は3000~4000rpmの粒立つようなフィーリングが気に入っている。だから、その領域をキープするようにギヤをこまめに選ぶことが、むしろ楽しかった。
ところが、ATモードでは“効率”が優先される。結果、バイクがATモードで選んだギヤと、自分が望む回転域との間にズレが生じ、CP3の味が埋もれてしまうことがあった。
これはY-AMTだけの話ではない。すべてのAT機構が抱える課題だ。Y-AMTには“左手の自由”という新しい可能性があるが、ギヤチェンジをするためには、その自由になった左手でシフトレバーを操作しなければならない。そこに小さな矛盾が残る。
それでもなお、この機構の未来にはワクワクする。いずれ「完全に任せても気持ちの良い変速」が当たり前になる日が来るはずだ。その先陣を、ヤマハが切っているといってもいいだろう。
電子制御サスKADSはスポーツ性と快適性を高次元で両立

ハンドリングは、MT-09よりホイールベースが70mm(スイングアームは60mm)長く、カウリングによる慣性ダンパー効果もあってか、直線でもコーナーでも終始落ち着きがある。見た目のボリュームに反して動きは軽く、車体の傾きに応じた舵角の付き方はネイキッドに近い自然さで扱いやすい。
電子制御サスペンションKADSは、スポーツ寄りのA-1、快適志向のA-2に加え、ライダーが自由に設定できるC-1とC-2の計4モードを備える。C-1/C-2については自動マップと非自動マップが選択可能で、電サスの柔軟性を感じさせる構成だ。

A-1は峠道での反応が鋭く、それでいて巡航時は硬すぎない。ウェット路面にも対応しているとのことで、減衰力の自動調整が巧みに効いているのだろう。A-2ではさらに動きがしなやかになり、荒れた路面での追従性が向上。それでいてピッチングは大きくならず、操縦性への影響はほとんどない。
ブレーキは、速度に応じて前後制動力を配分するUBSや、車間距離に合わせて制動力を調整するレーダー連携UBSを搭載。作動を意識させない自然な効き方で、通常走行において違和感は皆無だ。
ヤマハ国内モデル初採用のVHCは、坂道を自動判定するアドバンスドと、一定以上の入力で作動するスタンダードを選べる。多くのシーンにおいて便利な機能ではあるが、アドバンスドは坂道を利用して後退させたい時にも作動してしまうため、筆者は道を譲ろうとして下がれずに焦った。どんな場面でどの機能が作動するのか、それはどうすればキャンセルできるのかなど、オーナーは十分に使い方を理解しておく必要がある。


新型で注目すべき装備のひとつが、交通状況に応じて照射エリアを変えるマトリクスLEDヘッドライトだ。フロントマスク上部のカメラで周囲を監視し、自動で配光を調整する。夜間走行は試せなかったが、正面からの走行写真でコーナリングライトの作動を確認できた。


コーナリングライトの照射イメージ。

ほかにも、最高速度を制限できるYVSL(ヤマハ・バリアブル・スピード・リミッター)や、後方からの接近車を知らせるBSD(ブラインド・スポット・ディテクション)など、先進装備は豊富だ。200万円を切る価格は驚きであり、現時点での完成度は間違いなくスポーツツアラーの最前線にある。
ライディングポジション&足着き性(175cm/68kg)
ディテール解説













ヤマハ・トレーサー9 GT+ Y-AMT ABS 主要諸元
認定型式/原動機打刻型式 8BL-RNA1J/N722E
全長/全幅/全高 2,175mm/900mm /1,440mm
シート高 845mm(低い位置) 860mm(高い位置)
軸間距離 1,500mm
最低地上高 135mm
車両重量 232kg
燃料消費率 国土交通省届出値
定地燃費値 31.1km/L(60km/h) 2名乗車時
WMTCモード値 21.1km/L(クラス3, サブクラス3-2) 1名乗車時
原動機種類 水冷・4ストローク・DOHC・4バルブ
気筒数配列 直列, 3気筒
総排気量 888cm3
内径×行程 78.0mm×62.0mm
圧縮比 11.5:1
最高出力 88kW(120PS)/10,000r/min
最大トルク 93N・m(9.5kgf・m)/7,000r/min
始動方式 セルフ式
潤滑方式 ウェットサンプ
エンジンオイル容量 3.50L
燃料タンク容量 19L(無鉛プレミアムガソリン指定)
吸気・燃料装置/燃料供給方式 フューエルインジェクション
点火方式 TCI(トランジスタ式)
バッテリー容量/型式 12V, 8.6Ah(10HR)/YTZ10S
1次減速比/2次減速比 1.680/2.812 (79/47×45/16)
クラッチ形式 湿式, 多板
変速装置/変速方式 常時噛合式6速/リターン式
変速比 1速:2.571 2速:1.947 3速:1.619 4速:1.380 5速:1.190 6速:1.037
フレーム形式 ダイヤモンド
キャスター/トレール 24°25′/106mm
タイヤサイズ(前/後) 120/70ZR17M/C (58W)(チューブレス)/ 180/55ZR17M/C (73W)(チューブレス)
制動装置形式(前/後) 油圧式ダブルディスクブレーキ/油圧式シングルディスクブレーキ
懸架方式(前/後) テレスコピック/スイングアーム(リンク式)
ヘッドランプバルブ種類/ヘッドランプ LED/LED
乗車定員 2名






