イギリスのクルマはなぜ方向指示器の操作が左レバーなのか

イギリスGPで借りた、日産の「キャシュカイ」。これももちろん右ハンドル、方向指示器の操作レバーは左

2025年シーズンのMotoGPは、7月中旬の第12戦チェコGPのあと、約ひと月のサマーブレイクだった。8月中旬のオーストリアGPまでMotoGPの取材がなかったので、筆者・伊藤英里はその間、イギリスに滞在していた。

日本の真夏の暑さは相当だと聞くが、イギリスもなかなか暑かった。といっても夜には気温が下がるし、ぐっと涼しさが増す日もあった。信じられないかもしれないが、「今日は冷えるねえ」とホームステイ先のお父さんに話したら、気を遣ったお父さんが「エリ、これ使う?」と小さなファンヒーターを出してくれた日もあったくらいだ。

ちなみに、イギリスの家には基本的にクーラーがない。これまで、クーラーがなくても過ごせる気温にしかならなかったからだ。もちろん、わたしが泊まっていた家にもクーラーはなかった。

さて、今回はそんなイギリスの道路事情をお伝えしたいと思う。わたしはヨーロッパのなかでも比較的イギリスは長めに滞在していて、2023年は約5か月のヨーロッパMotoGP取材の拠点をロンドンとしていたこともあった。2024年もサマーブレイクにはブラックプールに滞在していた。

滞在しているときはほとんどクルマを運転する機会がないが、イギリスGPの取材などではレンタカーを借りる。

イギリスの場合、左側通行である。これは日本と変わらない。そして、クルマも右ハンドルである。これも日本と同じだ。しかし、困ったことに、方向指示器の操作レバーが左なのである。これは日本と逆なのだ。

ヨーロッパ各国、例えばこれまでに運転したことのあるイタリア、スペイン、ポルトガル、フランス、ドイツ、オランダ、オーストリア、チェコは右側通行で、左ハンドルだった。そして、方向指示器の操作レバーも左だった。これは、まあわかる。しかし、イギリスは「日本と同じ左側通行で右ハンドル」で、方向指示器の操作レバーは「左」なので、脳が混乱するのである。わたしが運転したレンタカーはオートマチックだったのでよかったが、マニュアル車の場合、運転しづらくないのだろうか。

5つのラウンドアバウトが連なる「マジック・ラウンドアバウト」

そして、ラウンドアバウトである。はっきり言って、わたしはイギリスのラウンドアバウトが嫌いだ。いや、苦手というべきだろう。ラウンドアバウトとは環状交差点のことで、おおまかに言えば円形の交差点である。然るべきタイミングでラウンドアバウトに入り、行きたい方向の出口でラウンドアバウトから出ていく。

これはスラクストン・サーキット内のラウンドアバウト。ラウンドアバウトはいたるところにある

イギリスの大きめのラウンドアバウトは複雑なところがある。ラウンドアバウトの中や入る前に信号機があったり、大きなラウンドアバウトでは「三つ目の出口を出るにはこの車線を走らなければならない」だったりする。これがイタリアやスペインだったら、2、3車線のラウンドアバウトであっても、車線によって出口を定められることはほとんどない。もちろん、フランスの凱旋門のラウンドアバウトのような複雑すぎるものもあるけれど。

イギリスの場合、例えば、いちばん外側の車線を走ろうと左側の車線からラウンドアバウトに入ったとする。すると、その車線では1個目の出口に向かう以外に選択肢がなかったりする。「おっと、出そこなったからラウンドアバウトをもう1周しよう」といったこともできない(これは間違えそうになったとき、あわてて進路を変更するよりもはるかに安全である)。もちろん、ラウンドアバウト内で車線変更はできるのだが、こちらのドライバーはまあまあ(かなり)アグレッシブなので、無理をしないのが安全のためである。

イギリスの道を走っていると、「ラウンドアバウトではなくて、日本のような交差点でいいのでは」と思うこともある。むしろ、こちら側が「これはラウンドアバウトではなくただの交差点だ」と意識を変えるべきなのかもしれない。そう思うようになった。

そんなイギリスで、さらにクレイジーなラウンドアバウトを見つけてしまった。サマーブレイク中に滞在していた、スウィンドンの街にある「マジック・ラウンドアバウト」である。

スウィンドンの名物ということで足を運んでみたが、文字通り「クレイジー」なラウンドアバウトだ。5つのラウンドアバウトが連なっている。どういうことかというと、五角形の交差点の角の部分にそれぞれラウンドアバウトが存在しているのである。5つの出口を持つラウンドアバウトではいけないのだろうか?

初めて見たときはあまりの複雑さに唖然とした。ホームステイ先のお父さんに聞いたところ、「僕でも入るのは怖い」ということだ。地元の人がそう言うくらいだから、よほどである。

「でもね、エリ。万が一のためにアドバイスするけれど、もし入ってしまったら躊躇してはだめだよ。『行く!』と決めたら進むんだ」

お父さんはそうアドバイスをくれた。もちろんわたしはこんなクレイジーなラウンドアバウトをクルマで走るなんてまっぴらごめんだったので、内心で「そんな機会はないと思うけど」と思いつつ、「わかった!」と返事をしたのだが……、まさかこのアドバイスが役立つ日が来ようとは。

MotoGPの後半戦が始まる前、わたしはブリティッシュ・スーパーバイクの取材でスラクストン・サーキットに行った。スウィンドンからスラクストンまでは約50kmだったので金曜から日曜にかけての3日間、毎日通っていたのだが、金曜の帰路でマジック・ラウンドアバウトを通るはめになったのである。

しっかりルートを確認してGoogleマップのナビを設定したところ、運転中にルートが「より早い経路」に変更されていたらしい。いらぬおせっかいである。マジック・ラウンドアバウトに向かっていると知ったときは、文字通り冷や汗が浮かんだ。夜の19時ごろだったと思うが、マジック・ラウンドアバウトに向かう道はずいぶんと渋滞していた。

入るタイミングも難しいし、出るタイミングも難しい。一つのラウンドアバウトを出てもその先にまたラウンドアバウトがあり、そこで再び入るタイミングを計るのだから、渋滞して当たり前かもしれない。

幸いなことに、わたしは一つ目のラウンドアバウトをくるりとUターンの方式で一回りするだけだったので、さほど混乱せずにすんだ。それでも三つの道からそれぞれにクルマがラウンドアバウトに入るタイミングを狙っていて、入るときはとんでもなく緊張した。考えてみれば一つ一つはただのラウンドアバウトなのだが、未知のラウンドアバウトに入ることはひどくストレスだった。「怖い、不安」と感じるのは、それを「知らない」からだ。「エリ、躊躇してはだめだよ」という彼の言葉が脳内にこだましたのは言うまでもない。彼のアドバイスが、どれほど心強かったことだろう。

一つの経験だと思えば、悪くはなかったかもしれない。二度と走りたくない場所ではあったけれど。それにしても、どうしてあんなヘンテコなラウンドアバウトができたのだろう? それはいまだに不思議でならないのだ。

バスも入っていく。当たり前といえばそうなのだが、この小さなラウンドアバウトを通り抜けられるのはすごい
ラウンドアバウト手前の信号機。信号機などの前には波線が道路に描かれている。減速のサインである