ASTON MARTIN
初期のロゴ ― 創業者の名を刻んだシンプルな時代

アストンマーティンの起源は1913年、ライオネル・マーティンとロバート・バンフォードがロンドンで創業した「バンフォード&マーティン社」に遡る。ブランド名は、マーティンが参戦したヒルクライム「アストン・クリントン」に由来する。当初のエンブレムは、頭文字の“A”と“M”を組み合わせた極めてシンプルなモノグラムだった。
翼の誕生──1927年の大転換


大きな転換点は1927年。第一次世界大戦後から1930年代にかけて、飛行機は未来や冒険、革新の象徴と捉えられていた。その航空機産業の隆盛とスピードへの憧れを背景に、自動車メーカーが羽をモチーフにしたデザインを導入する傾向が生まれたのだ。
アストンマーティンは「飛翔するスピードの象徴」としての翼を自らのブランドに重ね合わせた。当初はASTON MARTINをウイング状にデザインしたものだったが、1932年には現在のイメージに近い羽毛が描かれたエンブレムに進化している。なお、ベントレーが「ウイングドB」を採用したのも同時期だ。
“007”が愛したDB5──英国とラグジュアリーの象徴


1947年に実業家デイヴィッド・ブラウンがアストンマーティンを買収し、彼のイニシャルを冠したDBシリーズが誕生する。これに伴いエンブレムも洗練され、白と黒の端正なデザインが導入された。このエンブレムはクラシカルで気品ある存在感を放ち、「DB4」や「DB6」のボンネットに輝いた。とりわけ、映画『007 ゴールドフィンガー』でジェームズ・ボンドがドライブした「DB5」は、アストンマーティンの翼を「英国紳士が選ぶ究極のスポーツカー」の象徴として世界中に印象付けた。
現代のエンブレム──シンプルさと高級感の進化


2000年代以降、アストンマーティンは経営再建や新モデル投入のたびにロゴのリファインを行った。翼のモチーフは不変ながら、細部はよりシャープになり、精緻で現代的な印象へと進化した。2022年にはデザイナーのピーター・サヴィルがロゴをリファイン。余計な装飾を排したミニマルな造形となり、デジタル媒体での視認性も高い仕上がりとなった。時代のトレンドを取り込みつつ、高級感と威厳を失わないのが特徴だ。
他の英国高級ブランドとの比較


アストンマーティンの翼は、同じく英国を代表するベントレーやロールス・ロイスのエンブレムと比較することで、その個性がより際立つ。ベントレーの「ウイングドB」はスポーティでありながら力強さを前面に出し、グランドツアラーとしての威厳を象徴している。一方、アストンマーティンの翼は、より軽快な印象を与える。精緻な線とシャープな形状は、スピードへの憧れを強く喚起するデザインといえる。
ロールス・ロイスの「スピリット・オブ・エクスタシー」は、女性像をかたどった立体的なフィギュアで優雅さを象徴している。アストンマーティンのダイナミックな翼とは対照的ともいえる。同じ英国ブランドでありながら、各社が異なる哲学を込めている点は興味深い。
エンブレムの未来

アストンマーティンのエンブレムは、創業期のシンプルなモノグラムから、1927年の翼の誕生、DBシリーズによる象徴化、そして現代の洗練されたデザインへと進化してきた。欧州メディアなどでは「スピード、自由、チャレンジ精神」を表しているとされる。
電動化の波が押し寄せる自動車業界において、同社も次世代モデルの開発を加速している。サステナビリティが重視される時代においても、アストンマーティンの翼は「挑戦と飛翔」の精神を守り続けていくだろう。翼のエンブレムは、英国的なラグジュアリースポーツカーとしての誇りを表すと同時に、未来へ挑み続けるアストンマーティンの決意を映し出している。

