PORSCHE 911 SPIRIT 70
称賛と皮肉を織り交ぜた表現


“スピリット 70”はポルシェ911の「ヘリテージデザインモデル」第3弾として登場したノスタルジックな仕様。現行のカレラ GTS カブリオレをベースに内外装を70年代風に仕上げた。今回は、このモデルをフランス人ジャーナリストのJacques Warnery氏がドライブした試乗記を教材として取り上げる。
まったく同じ性能で1000万円高いスピリット70
このポルシェ911、パワートレインやサスペンション、ボディワークなど走りに関係するハードウェアには一切手が加えられていない。ベースモデルに比べて5万2400ユーロ(約900万円)高い価格設定は、1500台の限定生産とはいえ過剰な印象を受ける読者も少なくないだろう。これに関して、Warnery氏は以下のように表現している:
“Porsche’s incredible talent for lightening its customers’ wallets is due to the skill of a perfectly honed marketing department in tapping into the nostalgia chord.”
ポルシェのマーケティング戦略を少々皮肉っぽく描写しているのが、フランス人らしさを感じさせる。前半の “incredible talent for lightening its customers’ wallets”を直訳すると、「顧客の財布を軽くする驚異的な才能」。talent(才能)は普通ポジティブに使われるが、ここでは「高額でも買わせる力」を才能と呼び、批判的なニュアンスを帯びている。一方で「それほど強力なブランド力を持つ」という称賛的な解釈も可能といえる。
「琴線に触れる」マーケティング
後半の“tapping into the nostalgia chord”は「ノスタルジーという感情の琴線を巧みに利用する」ということを意味する。“tap into”の直訳は「軽くたたいて中に入る」となるが、そこから転じて「潜在的な感情を呼び覚まして活用する」意味になる。
Chordという単語を使って“strike a chord”という言うと、日本語の「琴線に触れる」という表現に相当する。「感情に訴える」とか「心を動かす」という意味だ。“nostalgia chord”とすることで「過去への憧れを刺激する」ニュアンスを強調している。この文脈では、「人々の懐古心を呼び覚まし、それを購買意欲につなげている」と解釈できる。
日本語訳としては皮肉と称賛を織り交ぜて、「ファンの財布を軽くするポルシェの驚異的な才能は、研ぎ澄まされたマーケティング部門の腕前によるものである。コレクターの琴線に触れ、ノスタルジーを呼び覚ます巧みな手法が読み取れる」となるだろう。
ポルシェのハンドリングを表す比喩


スピリット70の試乗記では、コーナリング性能を強調する場面で特徴的な比喩が登場する。ポルシェのステアリングフィールを語るときに繰り返し使われる英語表現のようだ。
切れ味鋭い手術用のメス
Warnery氏は次のように記している:“A scalpel capable of plotting millimeter-precise trajectories.”直訳すれば「ミリ単位で正確な軌跡を描ける外科用メス」である。手術で使う精密な刃物であるスカルペル(scalpel)が精緻さや正確さの象徴として使われている。ここでは911のシャシー剛性やステアリング応答性を外科用のメスに例えることで、切れ味の鋭さとライン取りの精密さを直感的に伝えている。
ジャーナリストの共通する表現
注目すべきは、この比喩が他の記事でも用いられている点である。この連載の第2回で紹介したドイツ人ジャーナリストによる911カレラTの試乗記(https://motor-fan.jp/article/145183/)にも、「993ターボはステアリング操作に対して “scalpel-like sharpness” で反応する」という表現が登場している。複数のジャーナリストがこの比喩を用いていることで、ポルシェ=外科用メスのように正確なハンドリングというイメージが定番化していることが分かる。
この場合の日本語訳としては、「ミリ単位で正確な軌跡を描ける外科用メス」とすればシンプルで分かりやすいだろう。


今回取り上げた2つの表現は、いずれもポルシェ911スピリット70の魅力を、単なる性能説明以上に印象的に伝えている。

