記憶に残るシーンを見せられた前半戦

2025年シーズンのMotoGPは前半戦を終え、後半戦に入った。ヤマハは、ファクトリーライダーであるファビオ・クアルタラロがスペインGPでの2位表彰台と、4度のポールポジションを獲得している。

そんな前半戦の評価について、後半戦の幕開けとなるオーストリアGP木曜日、ヤマハ発動機モーターサイクル車両開発本部MS統括部MS開発部長、ヤマハ・モーター・レーシング社長の鷲見崇宏さんにお話を伺った。

「コンストラクターズのランキングとしてはまだ5番手ということで、結果だけで言えば、まだ我々の期待には届いていません。これまでに(オーストリアGPまでに)、ファビオが4回のポールポジションを獲得しています。また、ここまで5回、トップを走る機会がありました」

「過去には当たり前のことでしたが、ここしばらくそれができていませんでした。テレビでレースを見ている、あるいは世界中でヤマハの活躍を待っている人たちにちゃんと映る形で、ちゃんと届く形で、いいシーンを見せることができました。結果としてはまだイマイチではありますが、それよりも記憶の面で、ファンの皆さんに鮮烈なシーンをいくつか見せられました。それは、非常にポジティブに捉えています」

イギリスGP決勝レースでは、ポールポジションからスタートしたクアルタラロがトップを快走し、優勝まであと一歩のところまで近づいた。けれど、12周目にリアのライドハイトデバイスが戻らなくなるトラブルが発生してリタイアを余儀なくされた。

国際映像には、バイクを止めて泣き崩れるクアルタラロが映し出された。その後の囲み取材で筆者はほぼクアルタラロの正面にいたのだが、いつものように質問に答えていたクアルタラロが急に黙り込むと、そのまま手で顔を覆って涙をこぼす、というシーンもあった。クアルタラロの胸中が言葉以上に伝わる場面だった。

このトラブルはチームメイトのアレックス・リンスにも発生していた。ただ、リンスの場合は最終ラップに起こったので、ポジションダウンだけですんだのである。見る者の胸に刻まれるレースではあったが、同時に状況次第では優勝も不可能ではないというヤマハの現状を示したレースでもあった。

「テクニカルなところはもちろんお答えできないですけど、このときのトラブルの原因ははっきり掴んでいて、二度と起こらないように対策も既に打ってあります」と、鷲見さんは振り返る。

「あの瞬間は本当に悔やまれたし、関係者全員がショックを受け、ひどく打ちのめされました。いちばん打ちのめされたのはライダーですから、ほんとに申し訳なかったです。強いインパクトを持つ場面でしたね」

「ただ、きちんと条件が揃えばトップを走れる。一瞬、勝利の匂いを感じるところまで来ることができました。長い間、苦戦が続いている中で、我々がやってきたことに対して少しの自信と確信を得ることができました。それはポジティブでもあり、非常にネガティブでもあり。すごく複雑な思いを抱いた瞬間でした」

今、ヤマハは表彰台の頂点に戻りつつある。2022年ドイツGP以来の優勝が待ち望まれる。

プロフィール

ヤマハ発動機モーターサイクル車両開発本部MS統括部MS開発部長
ヤマハ・モーター・レーシング社長

鷲見崇宏(すみ たかひろ)さん

量産モーターサイクルとYZR-M1の車体設計を主に担当。2019年からYZR-M1プロジェクトリーダーを担い、2022年、MS開発部 部長、(兼)ヤマハ・モーター・レーシング(イタリア)社長に就任。©Eri Ito