ザルツブルクからマッティヒホーフェンへ

KTM Motohallがあるのは、オーストリアのマッティヒホーフェンという街である。今回は、滞在していたザルツブルクから電車で向かった。本来ならマッティヒホーフェンの駅まで乗り換えなしで行けるはずだったのだが、このときは運悪く工事をしているらしく、途中の駅で降ろされて、そこからは振替輸送のバスで向かうことになった。

バスはくねくねとした細い道を通り抜け、街へと向かう。バスの窓から見えるのは、草原とその中に時折混じるトウモロコシ畑。そして、そのずっと先に山々が見える。草原はどこまでも広く、背の高い草があるなと思うと、それは大抵がトウモロコシなのである。

敷地内で、牛が何頭か放牧されている家もあった。牛はのんびりと草を食んでいる。やがて少しずつ建物が見えてきた。どうやらKTMのレーシング・ファクトリーは街の南側にあるようで、バスはそのすぐそばを通過していった。

降り立ったマッティヒホーフェンの駅は、とても小さかった。少し歩くと「KTM Motohall」という道案内の看板が見える。とても親切にいくつもの看板が出ていたので、迷うことはない。大きめの通りに出ると、路面店と路肩に駐車するクルマが並んでいた。おそらくはこの街の中心部だろう。ささやかな街の控えめな華やかさがそこにあった。

マッティヒホーフェンの街のあちこちにあった「KTM Motohall」の道のりを示す看板©Eri Ito
マッティヒホーフェンの大通り。おそらくここが中心部©Eri Ito

今、マッティヒホーフェンにはKTM Motohallのほか、R&Dや主要な生産工場、ロジスティクス・センターなどがある。そして5㎞ほど離れたところには、通過してきたレーシング・ファクトリーもある。KTMは、この街で生まれ、成長してきたのだ。

KTM Motohallは、楕円の形をしたミュージアムだ。チケット代は15ユーロ(約2,600円)。オーディオガイドは5ユーロ(約865円)である。オーディオガイドは自分のスマートフォンで聞くことができる。英語とドイツ語、そしてさらに子供用の英語ガイドと、子供用のドイツ語ガイドが用意されていた。これはとても素晴らしいと感じたところだ。

子供用ガイドだけではなく、ミュージアムには子供が楽しんでバイクを知ることができる仕掛けがいくつもあった。画面をタッチして操作するなどして、バイクの仕組みがわかるようになっている。

バイクの仕組みや歴史、モータースポーツの功績が並ぶ

ミュージアムは主に3つのフロアに分かれている。エントランスを入ってすぐのフロアでは、これまでのKTMのデザイン(カウル)、そしてエンジンが並ぶ。また、デザイン工程のモックアップや、エンジンの内部、シャシー、サスペンションなど、細かく説明されるエリアとなっている。

エントランスを入って最初のフロア。右側にはカウルデザイン、奥にエンジンが並ぶ©Eri Ito
エンジン内部が公開されて説明されている。とても丁寧な展示だ©Eri Ito
こちらはフレームの展示©Eri Ito

先に進むと、今度はKTMの歴史をたどることができるフロアになる。KTMの歴代モデルが説明つきで展示され、写真とテキストとともに過去から現在を知ることができる。このミュージアムは楕円形なので、スタート地点のKTM最初のバイク、1953年「R 100」から展示を見ていき、最後には現在の各カテゴリーのバイクになって元の位置に戻ってくる。過去と現在が輪になってつながっているようで、なかなか面白い演出だ。

このフロアではKTMの歴代モデルと歴史を知ることができる©Eri Ito
KTM最初のバイク「R 100」(1953年)©Eri Ito
歴史を紐解いたら、現代へ。カテゴリー別にKTMのモデルが並ぶ©Eri Ito

このフロアには、見るだけではなくて実際にまたがることができるバイクも用意されている。それも、「R-125 TOURIST」(1955年)やMotoGPマシンの「RC16」など、貴重なバイクなのだ。けれど、実際の体験は見るだけよりも深く心に刻まれるので、とても素敵な経験になったし、素晴らしい演出だと感じた。

ちなみに、「R-125 TOURIST」のメーターは「120km/h」までしかなかった。バイクの形としては今のものに近いように感じるけれど(もちろん、現在は様々に進化しているのだけど、原形として)、メーターで「70年前のバイクなのだ」とリアルに感じられたりもした。

またがりOKの「R-125 TOURIST」(1955年)©Eri Ito
MotoGPマシンRC16。またがりOKだった©Eri Ito

その上のフロアには、モータースポーツシーンでKTMのバイクにより活躍したライダーと、そのバイクの展示がある。かなりの数なのだが、タイトルを獲得した「バイク」だけではなく「ライダー」が一緒に紹介されていた。これはとても素晴らしい。KTMが獲得した数多くのトロフィーも並べられており、「READY FOR RACE」のモットーが感じられるエリアになっている。

モータースポーツで活躍したKTMライダーたち。オフロードライダーの奥にオンロードライダーたちがいる©Eri Ito

さらに地下にはダカールラリーと、特別展示として「30周年のDUKE」が開催されていた。展示としてはさほど広くないが、ダカールラリーの過酷さとそれに挑むライダーとバイクを窺い知ることができる。

地下のダカールラリーの展示。ここでもバイクとともに、このバイクを走らせたライダーが紹介されていた。ダカールラリーの過酷さを垣間見ることができる©Eri Ito
地下のワークショップの壁一面にバイクが展示されている©Eri Ito

KTM Motohallを出ると、西日が眩しい時間になっていた。といっても、日本よりも緯度が高いオーストリアの日没時間にはまだ早い。ゆっくりと駅に向かって歩いていると、向こうからMotoGPのレッドブルKTMファクトリーレーシングのトレーラーヘッドが走ってきた。おそらく、この先のファクトリーに向かっていたのだろう。駅に向かう振替輸送のバスでは、KTMのロゴをまとったシャツにリュックサックを持った男性が乗り込んで、同僚らしき男性と楽しそうに話し込んでいた。

帰り道、大通りで見かけた、MotoGPのレッドブルKTMファクトリーレーシングのトレーラーヘッド。マッティヒホーフェンならではの光景かもしれない©Eri Ito

バスの外には、行きと同じようにトウモロコシ畑が見える。この光景は、KTM最初のバイク「R 100」が誕生した72年前も広がっていたのだろうか。

KTM Motohallの隣のレストランに、MotoGPマシンが飾られていた©Eri Ito
MIRABELL 125(1957年)。1950年代のアメリカン・カルチャーに影響を受けたデザイン©Eri Ito
KTMのスポーツカー、X-BOW GTX(2020年)©Eri Ito
このときの特別展示は「30周年のDUKE」だった©Eri Ito
街中の駐輪場には、KTMバイクが停められていた©Eri Ito