動的性能評価に必要な技術

山田弘樹さんが発案したモータースポーツ分科会をAJAJ内に発足させた。AJAJの正式名称は日本自動車ジャーナリスト協会。これはフリーランス経験を持つ自動車ジャーナリストの集まりで、設立は1969年と古く、名誉会員や会友を含めると現在も100名近い会員数を誇る。自動車ジャーナリスト団体としては、おそらく日本最大であろう。そんなAJAJになぜモータースポーツ分科会が必要だったのか。
自動車の動的性能を評価するなら、一定の運転技量は絶対に必要だ。ただし、それがどの程度の「一定」かというと、自動車ジャーナリストの間でも意見が割れる。「サーキット走行を可不足なく行える力量が必要」という者もいれば、「いやいや、別にレーシングドライバーになるわけじゃないんだから、速い必要はないでしょう」という者もいるといった具合で、結論はなかなか出そうにない。
かくいう私も、運転は決してうまいほうではなかった。けれども、あるとき筑波サーキットで行われたスポーツモデルの試乗会で自分の力量が山田さんの足下にも及ばない事実を突きつけられ、山田さんと二人三脚でサーキット・トレーニングに取り組むことを決意。地道に練習を繰り返した結果、いまではサーキット走行の基本中の基本くらいは習得できたつもりでいる。
同好会のワンランク上の分科会にすべし

では、それがどれほどのものなのかといえば、タイヤが滑り出す直前のシグナルがキャッチできるようになり、限界に近い状況で安定して走行できるようになった程度といえばわかっていただけるだろうか。もっとも、極太のスリックタイヤを履いたレーシングカーの限界性能を引き出すのは難しい。それでも、ロードカーであればたとえスーパースポーツカーでもそれなりのペースで走り、コントロールもできるようになったと自負している。
そんな過去があったので、サーキット走行の重要性は重々承知しているつもりだが、これを個人でやろうとすると、それなりの金額が必要になるほか、適切な指導者や仲間がいなければ効率的に技量を磨くことも難しい。私のコーチ役を務めてくれた山田さんは、私以上にそうした思いが強かったこともあり、「AJAJ会員の運転技量向上」を目指して“モータースポーツ同好会”の設立をAJAJ総会で提案。すると、予想をはるかに上回る反響があったばかりか、「同好会よりもワンランク上の分科会にすべし」という声が圧倒的だったため、モータースポーツ分科会が立ち上がったという次第である。
そしてAJAJモータースポーツ分科会の記念すべき第1回イベントとして、先ごろ富士スピードウェイでジムカーナ・イベントを実施した。しかも、当日はスペシャルゲストとして、AJAJ会員であると同時に「JAF全日本ジムカーナ選手権」で通算24回のシリーズチャンピオンを獲得したジムカーナ界の生きるレジェンド、山野哲也さんもコーチ役として参加してくれた。
運転技量を磨く場としてジムカーナを用意

ちなみにジムカーナは平坦な舗装路上にパイロンを並べ、その曲がりくねったコースをいかに速く、正確に走れるかを競う競技。ただし、今回は競技としてではなく、自分の運転技量を磨く場としてジムカーナを活用したと考えていただければいい。
幸いにも、AJAJの若手会員、西川省吾さんが定期的にジムカーナを主催していることもあり、今回はそこを間借りする格好でイベントを実施した。
通常のサーキットに比べて競技場のサイズが格段に小さいジムカーナは、サーキット走行より平均速度ははるかに低いものの、狭いコースを素早く走るにはサーキット以上に緻密なマシンコントロールが必要なので、手軽に運転技量を磨くにはうってつけ。冒頭で挨拶に立った山野さんも「マシンコントロールがもっとも難しいのがジムカーナ。ここで経験を積んだからこそ、自分はスーパーGTでチャンピオンを獲ることもできた」と語っていたほどだ。
プロの精密なテクニックを目の当たりにして

このイベントに、私は「マツダ ロードスター」の広報車で参加した。自分が所有するサーキット練習車の「AE86」は筑波のガレージに保管しているため、今回はスケジュールの都合で会場に持ち込めなかったのがその理由だが、あとで述べるとおり、「ロードスターでむしろよかった」と思うことは少なくなかった。
イベント自体は、各参加者が思い思いに走るだけ。ただし、希望をすれば山野さんのアドバイスが受けられるし、山野さんの同乗走行を体験することもできた。その山野さんのステアリングさばきを目の当たりにして、私は大いに衝撃を受けた。いくらロードスターがコンパクトとはいえ、全長が4m近く、車重がおよそ1トンもある物体が、これほど軽々と、これほど正確に、そしてこれほどコンパクトに曲がっていくことが大いなる驚きだったのだ。
しかも、たまにサイドブレーキを軽く引くのを除けば、山野さんが特別な運転操作をすることは皆無といって差し支えない。それどころか、あれほどクルマを素早く走らせているのに、横に乗っていると衝撃というものを一切感じない。特に驚いたのが急ブレーキ時のシフトダウンで、まるでCVT車に乗っているかのようにショックが認められない。それでいてシフトダウン自体は恐ろしく素早いのだ。その精密なテクニックは、まさに「マジック」と呼ぶに相応しい。
運転を学ぶのに最適なコンパクトFRモデル

そんな山野さんが、この日はロードスターを絶賛していた。「コーナーリング時のロールはかなり大きいけれど、サスペンション・ジオメトリーがいいからタイヤの接地面が常に一定している。どんなハードコーナリングを試してもハンドリング特性がトリッキーな変化を起こさないのは、そのため。本当に世界に誇れるスポーツカーだと思います」。山野さんがここまで1台のクルマを賞賛することも珍しい。しかも、サスペンションストロークが豊富なうえにスプリング/ダンパーの設定が比較的ソフトなため、サーキットまでの往復も実に快適。手軽に運転の技量を磨くには最適の1台と感じた。
そんな事実を証明するかのように、この日の参加車はその半分近くがロードスターで、残りはAE86が大半を占めた。クルマのコントロールを学ぶのにコンパクトなFRモデルが最適であることは、昔も今も変わらないようだ。
今回、AJAJ会員の参加は7名に過ぎなかったけれど、この小さな船出が、やがて日本の自動車ジャーナリスト界の発展につながることを願ってやまない。
