
ボンジョルノ!在伊ジャーナリストの大矢アキオ ロレンツォです。
今回はイタリア・ミラノにあるGAC(広州汽車集団)のデザイン拠点について、最新の活動をリポートします。
元・写真家のベースで
2025年7月、GACはイギリスの販売会社グループ、ジャミール・モーターズと車両の販売契約を調印しました。これにより、GACは欧州第2位の自動車市場で4番目の中国ブランドとなりました。販売車種はいずれもBEVの「アイオンV」「アイオンUT」です。後者のデザイン開発で重要な役割を果たしたのは、ミラノにあるGACのデザインスタジオです。



最初にGAC(ジーエーシー)について、おさらいしておきましょう。母体である広州汽車集団有限公司(広汽集団もしくはGACグループ)は広東州広州市に本社を置き、創業は1954年のバス修理業にさかのぼります。その後プジョー車の生産などを経て、今日ではホンダ、トヨタそして日野と合弁事業を展開しています。グループ内の乗用車ブランドは、「GAC(国内で传祺 トランプチー」、環境対策車中心の「埃安(アイオン)」、高級ブランド「昊鉑 (ハイプテック)」 の3つです。
彼らは研究開発施設として2006年に「GAC R&Dセンター」を本拠地である広州に設立。同センターの副社長でデザイン部門トップを務めるファン・ツァン氏は、GACに移籍する以前の2003年、メルセデス・ベンツ初の中国人デザイナーとして採用されたという経歴をもちます。

今回紹介する「GAC R&Dセンター・ヨーロッパ(以下GACデザイン・ミラノ)」は、同社にとっては初の欧州開発拠点として、2022年にミラノに開設されたアドバンスド・デザインスタジオです。同社のデザイン拠点としては、広州や上海、ロサンゼルスに続くものです。
ミラノを象徴するデザイン街区であるトルトーナ通り16番にある同スタジオは、2021年に死去した写真家ジョヴァンニ・ガステル氏が生前使用していた物件です。
入居にあたってはガステル氏の遺族から、本人が使用していた雰囲気の維持と、おびただしい彼の蔵書を保管することが課せられたといいます。それを遵守したうえで、GACのスタッフたちは、一角にカフェ風のコーナーを加えました。

「基本的に、ここでは環境とムードがすべてです。スタジオは私たちにとって自宅のような場所で、ロフトのような居心地の良い空間です。そしてデザインの仕方も同様で、とても活気に満ちています」とジャナン氏は、後述するミラノ・デザインウィーク2025のプレゼンテーションで紹介しました。
面積の制約上、1:1モデルの製作は行なえません。しかしプロジェクトマネジャーのガオ・サイ氏は、周辺にサプライヤー企業が充実しているので、あたかも自社内に施設があるのと同様に円滑なデザイン開発が可能であると筆者に説明してくれました。


最新作は“1930年代”を再解釈
GACデザイン・ミラノは開設以来「GAC Love Design」というモットーのもと、ミラノ・デザインウィーク中に施設を開放してきました。同時に、ヨーロッパの自動車文化を探り、新たな解釈を試みたコンセプトカー「カーカルチャー・シリーズ」を実寸やスケールモデルで公開してきました。
2022年の「#1バルケッタ」は第二次大戦前のイタリア製スポーツモデルに触発されたものでした。続く2023年の「#2バンライフ」は自動車によるノマド生活を想定。2024年の「#3シティ_ポッド」は伝説のマイクロカー「BMWイセッタ」から、「#3シティ_ボックス」はイタリア製軽三輪トラック「ピアッジョ・アペ」からインスピレーションを得たものでした。それらをジャナン氏は「その哲学を若いデザイナーやこの分野に興味がある人々と共有するためのものです」と説明します。




そして2025年4月の最新作は「#4ハイパーラクシュリー」でした。こちらの着想源は1930年代の自動車文化です。

4月8日の記者発表会で、ジャナン氏は「もちろん、これは非常にコンセプチュアルで、明日すぐに実現するものではありません」と前置きすると同時に、「当時のラクシュリー・ブランドを模倣するのではなく、その考え方や精神を理解することに重きをおきました」と解説しました。
今回の新作でGACミラノ・デザインのスタッフが範とした自動車は、1930年代にブガッティが造った「タイプ57アトランティーク」でした。思考のプリンシバルには「アナログ」、および人工知能に依存しない「No AI」を据えたと振りかえります。


加えてジャナン氏はココ・シャネルの言葉「ファッションは変わるが、スタイルは永遠」を紹介。「彼女のシンプルな黒いドレスとジュエリーは、今見てもモダンです」と思いを語りました。

また、1930年代にフランスで撮影された自動車旅行の写真をスライド投影し、「それは決して快適ではありませんでしたが、当時究極の贅沢とは運転して南仏へ旅し、風景を楽しむことでした」と話しました。クルマとは世界を探索し、匂いを感じ、記憶に残る体験をするための道具であった、というわけです。
軽やかな高級感
会見後、筆者はファン・ツァン氏と話す機会がありました。彼は「欧州車の歴史には、私たちがインスピレーションを得られる傑作が数々あります。それらの(車体各部分の)比率を参考に再現できます」と教えてくれました。同時に、「最も重要なのは今のテクノロジーをどう活用し、新しい傑作を作るかです」とも訴えます。#4のプロポーションは比較的ショートデッキです。筆者はファン・ツァン氏に「過去の高級車デザインの定石として、ロングテールという選択もあるが」と質問を投げかけてみました。すると彼はロールス・ロイスやマイバッハ、さらに往年のメルセデス・ベンツ500Kを例に挙げ、「ロングテールはとても優雅に見えます」としながらも「少し重く感じることもあります」と分析します。そしてこう続けました。「#4ウルトララクシュリーは、ステファンと彼のチームがロングテールではなくロングノーズを選択したことにより、優雅でありながらスポーティーでパワフルな印象を獲得しています。またリア・オーバーハングを短くすることでクルマ全体に、より躍動感と軽やかな性格を与えることに成功しています。このようなプロポーションも(高級車の)選択肢なのです」

ファン・ツァン氏が挙げる「軽やかさ」というワードは、室内にも反映されていました。ジャナン氏は「ラクシュリーとは、高価で重たい物を持つことではないと思っています」と話します。そのポリシーをシートに反映すべくチームが選んだのは、20世紀のにおける建築界の巨匠ル・コルビュジエと彼の弟子シャルロット・ペリアンらによる1929年のシェーズロング「LC4」です。「当時ラクシュリーとはシンプルかつ軽やかで、まるで部屋の中を漂っているようなものだったのです」



そのインテリアでは名づけて「カーシート・ジャケット」も提案されています。「1930年代の自動車旅行は快適でなかったため、乗員の服は石や雨から身を守るためでもありました。すなわち車両の一部だったのです。同時に新たなエレガンスでもありました。そこで私たちも、まるでクルマと一体になるような衣服を考えたのです」。カーシート・ジャケットは、ドライバーの衣服に冷暖房などの空調機能と、シートベルトの一部など安全機能を負わせるという斬新なアイディアです。「おかげでシート本体は、非常にシンプルにすることができるのです」とジャナン氏は解説します。


数ある自動車出展のなかでも秀逸
GACミラノ・デザインの研究開発は徐々に成果を示しつつあります。彼らがエクステリア・デザインを担当した初のコンセプトカーである2023年「GAC ERA(紀元)」は2025年春、iFデザインアワードに輝きました。冒頭で紹介したアイオンUTには、その知見や経験が反映されています。
ミラノ・デザインウィーク2025に参加した自動車関連ブランドは、筆者が確認できたものだけでも約20に及びました。そのなかでGACミラノ・デザインのアプローチは、ブランドが目指すものを最も明確に示した例であったことは間違いありません。
それでは皆さん、次回までアリヴェデルチ(ごきげんよう)!

