リアルなコンセプトカー発表から10年。Eスポーツのグランプリ・レースで復活することになったEDトルク。 (photo: ED Torq)

ボンジョルノ!在伊ジャーナリストの大矢アキオ ロレンツォです。

コンセプトカーというと、ショーで華やかな脚光を浴びるのとは対照的に、後年は保管庫に収められてしまったり、諸般の事情で解体の憂き目にあったり。いっぽう今日ではこうした展開も、というお話です。

フィジタル Phygitalの軌跡

読者諸氏は2015年ジュネーヴ・モーターショーに展示されたコンセプトカー「EDトルク[EDTorq]」をご記憶でしょうか。完全自動運転を想定した電動レ―スカーのモックアップで、全ウィンドウを廃する代わりに、ドライバーは車外カメラと連動した車内のスクリーンによって視界を確保するという、大胆な提案がなされていました。製作したのはダヴィデ・ピッツォルノ David Pizzorno氏率いるトリノのデザイン・ラボラトリーED(Excellence Design)社でした。参考までに、標榜したテーマは、MAAL( Mobile Autonomous Automotive Laboratory 移動型自動運転車両研究所 )でした。長年用いられてきたフレーズ「走る実験室」の今日版といえます。

2015年ジュネーヴ・モーターショーで公開されたときのEDトルク。(photo : Akio Lorenzo OYA)

ジュネーヴ・ショー展示のあと、EDトルクは独特の歩みを始めます。EDはフランスのゲームソフト会社ゲームロフトGameloft社とライセンス契約を締結。結果として、2016年から同社によるビデオゲーム「アスファルトシリーズ」にEDトルクが登場することになりました。そのゲームロフトとの契約が2025年に終了したのにともない、新たにEDが自力で立ち上げたのが、ここに紹介する新ヴァーチャル版EDトルクです。物理的(Physical)に生まれ、デジタル(Digital)で成長したことから、ED社はフィジタルPhygitalという造語で表現しています。

広がるSIMレーシングの世界

ヴァーチャル版EDトルクは、彼らが新たに立ち上げるeスポーツに供されます。そこでまず、eスポーツについて簡単におさらいしておきましょう。それはElectronic Sportsの略で、プレイヤーまたはチームが賞金やポジションをかけて、現実のレース環境を模した仮想空間で競う活動です。種目としては格闘技、武器を使ったサバイバル、サッカーなどが有名です。すでにプロ・プレイヤーやリーグ、選手権も存在します。

モータースポーツに関するものはレース・シミュレーション、もしくはSIMレーシング(シミュレーション・モータースポーツ・レーシング)と呼ばれています。「グランツーリスモ」「アセット コルサ」「アイレーシング」に代表される専用ソフトウエアと、シミュレーション用ハードウエアを組み合わせて行われます。高度な物理演算、グラフィック、VRやマルチ・ディスプレイなどの没入型シミュレーター技術により、eスポーツのなかでも特別なポジションを築きつつあります。

10年の時を経て、EDトルクは製作者の手により、本格的にヴァーチャルで復活することになりました。(photo: ED Torq)

プロSIMレーシングとしては「eNASCAR iレーシング・シリーズ」が2010年に、「フォーミュラ1 Eスポーツ・シリーズ」が2017年に創立されています。また、優れたプレイヤーはリアルなレース界に転向する例もあります。例として英国のヤン・マーデンボロー Jann Mardenboroughは、グランツーリスモのリアルドライバー育成コースを降り出しに、GTワールドチャレンジ・ヨーロッパの選手に転身しました。

EDトルク・グランプリ

EDトルクに話を戻しましょう。彼らが2025年現在計画しているのは、前述のとおりヴァーチャルのEDトルクを使ったグランプリ・レースです。プレイステーションにはピニンファリーナなど著名デザインファームのコンセプトカーをゲーム上で走らせる例がみられますが、ED社の場合はプラットフォームと車両双方をオーガナイズします。リアルの自動車競技でいえばワンメイク・レースに近いものといえます。

ED社は既存のeモータースポーツはNFTとの連携が模索されているものの限定的であると分析しています。また従来型のリアルなモータースポーツにおいては、ファンはチケットを購入するのみで、利益を享受するのはオーガナイザーやスポンサーです。対して、EQトルク・グランプリは、「Qoin」と称するトークンをウェブサイトで購入したファンはガバナンスに参加でき、組織やチームと報酬を共有できます。

車名のTorqとは、電気自動車(EV)独特のトルク特性にちなんだものです。(photo: ED Torq)

本稿の執筆にあたり準備メンバー7名のひとり、ジュゼッペ・ザンベッリ・レイン Giuseppe Zambelli Rain 氏が構想を説明してくれました。「プロジェクトは、次世代のインターネット『Web3.0』を基にしています。トークン経済やブロックチェーンと密接に結びつくweb3.0は、(特定企業のサーバーに情報を登録するのではなく、管理者が個人主体となる)分散型管理であるため、低コストにできるのがメリットです」

推奨環境は16Gbのメインメモリ、 インテルCore i7プロセッサ 、そしてNVIDIA GeForce 2060RTXグラフィックボードとのこと。「つまり一般的な構成で十分参加可能です。ソフトウエア、ハードウェアとともに基本セットアップは初期段階にテストできるようにします。すべてのテストが完了すると完全版ゲームにアクセスできるようになります」

仮想スペックはAWDで最高出力680hp、最高速273km/h、0-100kmは 2.25秒です。(photo: ED Torq)

次にレイン氏は参加方法について説明してくれました。 「プロジェクトは実質的に参加者によって支えられます。ウェブサイト上にアカウントを作れば、Qoinを最小単位しか保有していなくても、シミュレーション・ソフトウェアをダウンロードできます」。そして彼はこう続けました。「他の参加者とチームを結成すれば、参戦できるようになります」。テクニック次第ではプロ向けグランプリに昇格でき、FIA(国際自動車連盟)ライセンスのドライバーたちと競う道もひらかれる仕組みです。

収益の分配率はQoin保有者たちに45%、ヴァーチャル車両の所有者たちに45%、オーガナイザーには10%というシステムです。

次世代のジェントルマン・ドライバー誕生か

目下ロードマップとしては、2025年中にグランプリ・シーズン1の予選、2026年第1四半期にその本戦、第2四半期にスポンサーやプロドライバー向けの整備、そして第3四半期にプロ向けグランプリ・シーズン1を実施する予定とのことです。

自動車史の草創期を振り返れば、レーシングドライバーになれる可能性は今日よりもずっと低いものでした。ジェントルマン・ドライバーと呼ばれた富裕階級の自動車愛好家が、プロドライバーと互角に戦ったのは、その好例です。

EDトルクは新たなeスポーツのかたちを模索します。(photo: ED Torq)

ラリーに関してはもっと敷居が低いものでした。筆者が住むイタリアでは今でも、かつて自分で車を運転してプライベート・チームの門を叩き、専属ドライバーになった人たちにたびたび出会います。

EDトルクがこれからどのような道筋をたどるかは未知数です。しかし構想どおりに進めばヴァーチャル界においてアマチュアとプロとの境が低くなり、ウェブ時代のジェントルマン・ドライバーが生まれるかもしれません。

それでは皆さん、次回までアリヴェデルチ(ごきげんよう)!

プロジェクトは2026年に本格的な始動が予定されています。(photo: ED Torq)