起点:ジャン・レデレが描いた“軽く自由なスポーツカー”


アルピーヌは1955年、フランス北部ディエップでレーシングドライバー、ジャン・レデレ(Jean Rédélé)によって設立された。「アルプスの」を意味するブランド名「Alpine」は、レデレがアルプスのラリーで勝利を収めたことに由来し、「山岳路を軽快に走り抜けるクルマこそ理想のスポーツカー」という彼の想いを象徴している。
初代A106からA108、そして名車A110へと続く“Bleu Alpine”(アルピーヌ・ブルー)をまとったモデルたちは、軽量なFRPボディとコンパクトなシャシーを武器に特にラリー界で大きな存在感を示した。
第一章:傾斜する「A」──走りの哲学を描いたエンブレム

アルピーヌのエンブレムは、斜め右上に伸びる線と組み合わせた独特な形状の頭文字「A」。1960年代に誕生したこのデザインは、放たれた矢が描く軌跡のように前進と上昇を示しており、レデレが理想とした矢のような俊敏さとスピードを視覚的に表現している。
長い年月を経てもデザインが大きく変わることのないこのエンブレムの存在は、自らのアイデンティティを損なうことなくアルピーヌが進化してきた証といえる。パフォーマンスや革新性といった価値観を守りながら、フランスの卓越した技術力を背景に、その姿を変えることなく今日へと受け継がれてきた。
第二章:ルノーとの協業と統合──技術が磨かれた時代

アルピーヌ設立以前、レデレはルノー4CV(キャトルシーヴォー)でラリーに出場。その後もA106の時代からルノー製エンジンを搭載し、モータースポーツ活動でも密接に連携していた。1970年代に入ると、アルピーヌは事実上ルノーのワークスチームとして機能した。
1973年、ルノーはアルピーヌを正式に買収し、ブランドは「Alpine Renault」としてグループ傘下のスポーツ部門へと統合される。この年に始まった世界ラリー世界選手権(WRC)では、A110がモンテカルロで1–2–3位を独占したほか、10戦中6勝を挙げる圧巻の強さを披露。初代のマニュファクチャラーズ世界チャンピオン(製造者部門王座)を獲得するなど、輝かしい成功を収めた。
その後、A310、A610などの後継モデルが登場し、技術面での協力体制はいっそう強固なものとなった。しかし、1995年にルノーはアルピーヌの生産中止を決定する。ブランドは表舞台から姿を消し、その名はしばらく沈黙の時代を迎える。
第三章:復活──2017 年、新型 A110 がもたらした再生

しかしルノーはアルピーヌの灯を消すことはなかった。2010年代に入ると、グループ全体でスポーツブランドの再建が検討され、アルピーヌ復活プロジェクトが正式に始動する。そして2017年、新型「A110」が発表される。かつての名車の精神を継承しながら、現代の技術で生まれ変わったA110は、世界中のファンに鮮烈な印象を与えた。
復活したエンブレムは、1960年代の「A」を受け継ぎながら、シャープな輪郭と現代的な精密さを備えたデザインへと進化した。アルピーヌ・ブルーを纏うその姿は、休眠の時を経て戻ってきたフレンチライトウェイトスポーツの象徴であり、新しいアルピーヌらしさを表現している。
第四章:エンブレムが語る現在のアルピーヌ


現行のA110が掲げる「A」のエンブレムには、アルピーヌが創業時から守り続けてきた精神が宿っている。軽さを軸にした走りの鋭さ、ドライバーを中心に据えた設計思想、フランスらしい繊細な美学、そしてルノーグループの技術基盤に支えられた革新性。これらすべてが、シャープに上昇する「A」に凝縮されている。
アルピーヌは今、モータースポーツと電動化の両面で新たなステージに挑戦している。斜めに突き抜けるラインはまた、アルピーヌが過去に留まるブランドではなく、常に未来へ向かって前進し続ける存在であることを物語っているようだ。
結論:アルピーヌの「A」は未来へ向かう矢印


アルピーヌのエンブレム「A」は、その形だけでブランドの理念を語っている。レデレが掲げた軽量(light weight)、高性能(competitive)、高効率(efficient)に支えられた“pleasure to drive”(操る歓び)」の精神を受け継いでいる。同時に、ルノーとの協業で磨かれた技術力と、新世代のA110 に受け継がれるフレンチスポーツの矜持の象徴でもあるといえる。
なお、アルピーヌは現在、F1や世界耐久選手権(WEC)などのモータースポーツで培った設計思想やエンジニアリングノウハウをロードカーに反映し、次世代のフレンチラグジュアリースポーツとしての地位確立を目指している。今後7年で7つのモデルを市場投入するとしており、A110の次はフル電動(BEV)の「A390」が控えている。
