Cadillac Lyriq

キャデラック初の電気自動車

デザイン上のハイライトとなるのがCピラーの造形。なだらかに下降するルーフラインにL字型のリヤコンビランプを組み合わせることで、SUVながらセダンにもクーペにも見えるから不思議である。
デザイン上のハイライトとなるのがCピラーの造形。なだらかに下降するルーフラインにL字型のリヤコンビランプを組み合わせることで、SUVながらセダンにもクーペにも見えるから不思議である。

この春、晴れて日本上陸を果たした「リリック」は、キャデラックの新たなジェネレーションの幕開けを示すモデルだ。その名は「Lyric」をアレンジしたもの。近年はラップ的なイメージが強いが、そもそもは作り手の内面を表現した抒情詩という意味合いになる。

その単語の語尾だけを変えているのは、Qを多用するフランス語に倣ったアレンジだろうか。キャデラックはブランド名や代々の車名、グレード名などにフランスとの繋がりを感じさせるものが多いゆえ、そういう過去の韻を汲んだのか……と、そんな思いを巡らせるのも楽しい。新世代のキャデラックがもたらす存在感は、歴史あるブランドゆえに匂わせられる意味深さでもある。

リリックが担う新世代キャデラックのアンヴェールは、横面や灯火でバーチカル方向を強調した60年代半ばのエッセンスを新たに解釈した意匠のアピールだけではない。そのインパクトを後ろ盾に強く訴えたいのは、ブランド初のBEVとしての一面だ。と共に、GMがコーポレート全体で開発した肝煎りのBEV専用アーキテクチャーを採用した、日本で初めてのモデルということ。傍目にはその性能的実力と、キャデラックならではの乗り味との両面が期待されるわけで、リリックが背負うものは相応に重い。

いまどきのアメ車は緻密そのもの

【Yatsugatake】八ヶ岳の紅葉を目指したのは、取材時がまさにシーズンだったというだけでなく、東名道より中央道の方がサービスエリアの充電器が空いているから。週末の移動もあったが、おかけで“充電待ち”は皆無だった。
【Yatsugatake】八ヶ岳の紅葉を目指したのは取材時がまさにシーズンだったというだけでなく、東名道より中央道の方がサービスエリアの充電器が空いているから。週末の移動もあったが、おかけで“充電待ち”は皆無だった。

そんなリリックの深淵をうかがうべく選んだのは東京から神戸へのロングツーリング。カスタマーがBEVを選ぶ上で気になるだろう航続距離や充電にまつわる利便も経験しようと、リリックの鼻先を西へ向けた。

十分に電池残量を蓄えた時点で乗るリリックは、するすると音もなく地下の駐車場から降り立つところから始まって、もう圧倒的に快適だ。音・振動という要素もパワートレイン的には微塵もないわけで、微かに耳に届くだろうインバータノイズも走り始めればロードノイズに埋もれてしまう。タイヤは重量や出力の負荷対応もあって路面状況によっては硬さをみせることもあるが、アクセルを踏んで推進力をたっぷり乗せた際の応答性に曖昧さはない。緻密なパワーマネジメントが効いている。

V8というより、V16?

モーターは特性的にゼロスタート時に最大のトルクが瞬時に引き出せることが内燃機との最大の違いとされている。その特性を利して猛烈な加速を売りにするBEVも少なくはない。リリックの前後のモーターが織りなすアウトプットは総合で522PS/610Nmと内燃機なら6.0リッター超級に達するが、腫れ物を扱うようにアクセルを触る必要はまったくなく、踏んだぶんだけ自然に滑らかにスピードを乗せていく。

かといって力不足に退屈させられることはなく、踏み込めば一気に湧き上がるトルクで小さくはない車体は軽々とスピードを乗せる。0-100km/hが5.5秒と聞けば驚きは小さいかもしれないが、数多のBEVとちょっと異なるのは、加速の帯域が発進側に偏らず、たとえば高速道路での追い越しなど中高速域に達しても額面以上に力感溢れる走りをみせてくれることだ。キャデラックはその歴史の中で、たびたび内燃機の大排気量化や多気筒化に挑戦してきた。今から95年前の1930年には世界初となる7.4リッターのV型16気筒を搭載したサルーンも発売している。いわずもがな、それは移動体としての最上を目指す上で辿り着いた境地だ。

さもすればリリックが先陣を切ったキャデラックのBEV化は、生産性や重量、パッケージングなどの点から断念した古の16気筒に代替するソリューションになり得るのではないだろうか。これ以上は望めない滑らかさをもって、思い描いた速度域にアクセルの踏み込み加減ひとつで瞬時に到達できるその走りの質感は、そんなことを思い起こさせる。

30分で284km分を充電

100V/200Vの普通充電とCHAdeMO急速充電に対応。最近は150kW超の急速充電器が増えてきたが、今回は30分で最大284km分をチャージできたことも。バッテリー容量は95.7kWhで、一充電航続距離は510kmとなる。
100V/200Vの普通充電とCHAdeMO急速充電に対応。最近は150kW超の急速充電器が増えてきたが、今回は30分で最大284km分をチャージできたことも。バッテリー容量は95.7kWhで、一充電航続距離は510kmとなる。

高速道路で距離を稼ぐには充電との親和性も大事なポイントとなってくる。インポーターは日本導入前に全国の急速充電網を回り、95%以上での適合を確認しているという。実際、今回の長距離試乗でも充電にまつわるトラブルは皆無だった。ちなみにサービスエリアを中心に置き換えが進んでいる150kWの高出力仕様では、30分の1チャージで49%、距離にして284kmの充電を確認したことも。2時間に1度、充電を兼ねての休憩を挟むという丁度いいリズム感でツーリングが楽しめた。

今回は一般道も相応の距離を走ったが、ここで再びBEVがゆえの美点を巧く引き出したリリックの技に感心させられた。それはステアリング左側のパドルで操作するバリアブル回生オンデマンドシステムだ。要は指先のストロークに合わせて回生減速度を変えながら停止までコントロール出来るというものだが、この使い勝手が見事に洗練されている。

これを使えばブレーキランプを灯さない程度の微弱な制動は巡航時やコーナー進入時の速度調整に、慣れれば信号に向かって荷重移動を抑えながらスムーズに停まることも難しくない。もちろん最大制動のためにフットブレーキを用いる心構えは必携だが、減速を逐一調整しながら電力回収にも繋げられるのは電動車ならではの賢さでもある。

どこまでも走って行きたい

【Kobe】関西屈指の経済都市であるだけでなく、開国とほぼ同時期に開設された旧居留地を擁する、新旧の対比が美しい街、神戸。今回の旅のゴールはその一帯を見下ろす芦有ドライブウェイの東六甲展望台だ。途中名古屋で一泊、撮影をしながらの総走行距離はおよそ600km。充電は途中3回行ったが、ゴール時のバッテリー残量は57%、あと285km走行可能な状態だった。
【Kobe】関西屈指の経済都市であるだけでなく、開国とほぼ同時期に開設された旧居留地を擁する、新旧の対比が美しい街、神戸。今回の旅のゴールはその一帯を見下ろす芦有ドライブウェイの東六甲展望台だ。途中名古屋で一泊、撮影をしながらの総走行距離はおよそ700km。充電は途中3回行ったが、ゴール時のバッテリー残量は57%、あと285km走行可能な状態だった。

リリックの前両席にはベンチレーションやマッサージ機能も盛り込まれていて、長時間のドライブでは時折りそれらの出番もやってきた。AKGの19スピーカーサウンドシステムは耳疲れしない繊細な音質で、BEVならではの静寂の中、速度を控えて好きな音楽に聞き入るのもまた心地よい。荷室容量は後席を倒さずとも793リットルも確保されているから、荷物が増えても安心できる。

そういうツアラーとしての資質はさておき、やはりリリックの真骨頂は、クルマが自分の「走る」「止まる」の意志とまるで違わずシームレスに動いてくれるという快感にある。それゆえに飽きることなくいつまでも走りたいとさえ思わせてくれる、そんなBEVに出会えた嬉しさこそ、リリックがもたらしてくれた最たる付加価値ではないだろうか。

 REPORT/渡辺敏史(Toshifumi WATANABE)
PHOTO/小林邦寿(Kunihisa KOBAYASHI)
MAGAZINE/GENROQ 2026年1月号

【SPECIFICATIONS】

キャデラック・リリック・スポーツ

ボディサイズ:全長4995 全幅1985 全高1640mm
ホイールベース:3085mm
車両重量:2650kg
フロントモーター
最高出力:170kW(231PS)/15500rpm
最大トルク:309Nm(31.5kgm)/0-1000rpm
リヤモーター
最高出力:241kW(328PS)/15500rpm
最大トルク:415Nm(42.3kgm)/0-1000rpm
駆動方式:AWD
サスペンション形式:前後マルチリンク
ブレーキ:前後ディスク
タイヤサイズ:前後275/45R21
最高速度:210km/h
0-100km/h加速:5.5秒
指定価格:1100万円

【問い合わせ】
GMジャパン・カスタマーセンター
TEL 0120-711-276
https://www.gmjapan.co.jp/

以前、サーキット試乗記を展開したキャデラック・リリックだが今回は一般道でのインプレッションをお届けしたい。ちなみにリリックのデビューは2023年だが、その後キャデラックは、本国で「オプティック」「ビスティック」「エスカレードIQ」を発表。すでに電動SUVのフルラインナップを完成させている。

きっと“EV 2.0”の走りはこうなる!新型「キャデラック リリック」に試乗してわかった

以前、サーキット試乗記を展開したキャデラック・リリックだが、今回は一般道でのインプレッションをお届けしたい。ちなみにリリックのデビューは2023年だが、その後キャデラックは本国で「オプティック」「ビスティック」「エスカレードIQ」を発表。すでに電動SUVのフルラインナップを完成させている。(GENROQ 2025年10月号より転載・再構成)