起点:DMGとBenz、それぞれの始まり


メルセデス・ベンツの歴史は、異なる2社の誕生から始まる。まず DMG(Daimler-Motoren-Gesellschaft:ダイムラーのエンジン会社) は1890年に設立され、多用途の内燃機関を開発する国際志向のエンジンメーカーとして成長した。自動車分野だけでなく、船舶や航空機など幅広いモビリティ領域に参入していた。一方、Benz & Cie.(※1)は 1886 年の「ベンツ・パテント・モーターカー」(※2)によって“世界初の自動車”を生んだ企業として知られる。現在のメルセデス・ベンツも「自動車技術の原点」と位置付けている。
※1 “Cie.”はフランス語の“Compagnie(コンパニー)”の略で「会社」を意味する。ヨーロッパの商号で広く用いられてきた略記であり、Benz & Cie. の名称にもこの表記が採用された。
※2 “Benz Patent-Motorwagen”を直訳すると、「特許を取得したベンツのモーター(≒エンジン)車」。世界で最初に実用化された自動車とされ、メルセデス・ベンツの歴史だけでなく自動車産業全体の出発点となったクルマと言われる。「自動車として」特許を取得したため、この名がつけられた。
メルセデス・ベンツの誕生へ

第一次世界大戦後の厳しい経済環境を背景に、両社は協力関係を深め、1926年にDaimler-Benz AGが誕生した。ここから “Mercedes-Benz(メルセデス・ベンツ)” というブランド名が公式に登場する。DMGのエンジン技術とベンツの自動車開発の系譜が統合され、現在の高級車ブランドとしての基盤が形成された。エンブレムもこの時期に統一され、DMGの三つ又の星とBenzの月桂冠を組み合わせたデザインがブランドの象徴となっていく。
第一章:スリーポインテッドスターが示す「陸・海・空」

三つ又の星は1909年に商標として出願され、1910年頃からDMGがつくるメルセデス車のラジエターグリルに装着された。スリーポインテッドスターが象徴するのは、「陸・海・空」である。3つの頂点は「自動車が走る大地」「船舶が航行する水上」「航空機が飛ぶ空」を意味し、ダイムラー社が多分野のモビリティにエンジンを供給してきた歴史を表している。単なる装飾ではなく、創業期からの技術的ビジョンを象徴するシンボルとして君臨してきた。
第二章:月桂冠と統合したメルセデス・ベンツのロゴ


一方のベンツは1909年に月桂冠をデザインしたエンブレムを採用した。当時のBenz & Cie.はラリーやレースで勝利を重ねており、古代以来“勝者の証”とされてきたモチーフによってモータースポーツにおける実績を表現。Benzの月桂冠は、自動車分野において積み重ねてきた歴史と伝統の象徴と言える。
1926年の合併に先立ち、メルセデス・ベンツが採用したのが 「月桂冠をあしらった三つ又の星」 のエンブレム。このデザインは、1925年に誕生した。2つのシンボルがひとつのエンブレムに融合したことで、メルセデス・ベンツのブランド価値が視覚化された。
第三章:フロントマスクとスリーポインテッドスター

ボンネット先端に立体マスコットとして掲げられてきたスリーポインテッドスターだが、20 世紀前半からはフロントグリルの中心に配置されるケースが増え、メルセデス・ベンツの“顔”を形づくってきた。同社の公式ストーリーでも、「乗用車および商用車のフロント中央に据えられたスリーポインテッドスターが、ひと目でメルセデスとわかる視覚的な象徴」として紹介されている。
近年はEVを中心にフロントデザインが大きく変化しているが、中央に星を置く構図は一貫して維持されている。内燃機関からモーターへ、パワートレインが変わっても「ブランドの中心にスリーポインテッドスターを置く」という思想は変わらない。
結び:由来と未来が交差するメルセデス・ベンツのエンブレム

月桂冠を伴ったスリーポインテッドスターは、DMGの多領域モビリティへの挑戦、ベンツの自動車発明という歴史的源流、そして1926年の合併で生まれたメルセデス・ベンツというブランドを象徴するエンブレムである。2つが一体となったロゴには、130年以上続くブランドの哲学が宿っている。陸・海・空と幅広い領域で磨かれた技術の歩みと、自動車史を切り拓いてきた物語が静かに息づいているのが、メルセデス・ベンツのエンブレムなのだ。

