ボンジョルノ!在伊ジャーナリストの大矢アキオ ロレンツォです。中国ブランドのイタリア進出が加速しています。今回は奇瑞系のプレミアムブランドが地域ディーラーで開催した発表会から、彼らの戦略を読み解きます。
欧州の巨人たちが視野に入ってきた
イタリアにおける2025年1-11月の国内新車登録台数を見て驚くのは、中国系メーカーの躍進です。上海汽車系のMGは前年同期比27.86%増の46,627台を記録しました。ブランド別順位では、すでに韓国系のヒョンデやキアを抜いて13位です。BYDは20,275台で22位にとどまりますが、前年比で9.4倍もの登録増を達成しています。他にもトップ50には、チェリー(奇瑞)系のオモダOmodaおよびジェコーJaecoo、同じくチェリー系のカイイー(凱翼)の欧州名であるEMC、DFSK(東風小康)、今日ジーリー(吉利)とダイムラーの合弁であるスマート、さらにいずれもジーリーと関係が深いリンク&コーとポールスターも名を連ねています。合計すると8万5千台を超え、それを上回るのはフィアット、トヨタ、フォルクスワーゲン、そしてルノーのサブブランドであるダチアのみ、と記せば彼らの勢いがおわかりいただけるでしょう。
トップ50圏外にもいくつかの中国系メーカーが存在します。また、チェリーをはじめ複数の中国メーカーと提携してイタリア国内で最終組立をしているDR オートモビルズも、中国系ととらえることができます。
イタリアに30年近く在住している私ですが、2024年頃から、どこのブランドか一瞬判断できない車に遭遇する頻度が増えたのは、そのためといえます。



現地法人トップまでやってきた
2025年11月20日、私が住むイタリア中部シエナの地域販売店がオモダ/ジェコーの取り扱い開始セレモニーを催しました。両ブランドは前述のようにチェリーによるプレミアムブランドです。クロスオーバーのオモダは2022年、SUVのジェコーは2023年の立ち上げです。イタリアでは2024年に販売が開始され、2025年5月のミラノ・デザインウィークにもスタンドが出展されました。
その日舞台となった「ウーゴ・スコッティ」は1986年創業で、トスカーナ州を中心に20ショールームを展開する中堅販売店グループです。旧フィアット系のフィアット、ランチア、アルファ・ロメオを皮切りに、アバルト、ジープ、メルセデス・ベンツ/スマートの取り扱いも開始。近年はフォルクスワーゲンやアウディの販売にも着手しました。2024年からはステランティスが出資する中国系メーカー、リープモーターのショールームも既存店舗の一部にオープンしました。
当日の晩、開場時刻の夜8時に訪れてみると、あいにくの雨にもかかわらず、多くの招待者で会場は熱気に包まれていました。この販売店は、これまでも他ブランドのために同様の内覧会をたびたび行ってきましたが、今回のイベントが最も盛況でした。 それ以上に驚くべきは、チェリー・オートモーティヴ・イタリーのケヴィン・チェンKevin Cheng CEOみずからがミラノ本社から来場したことでした。FCAでの経歴が長いセールスディレクターのアルフレド・パストーレ氏、元キアのイタリア法人から移籍したビジネスディレクターのニコラ・マルサラ氏、三菱自動車のイタリア法人で実績を積んだアフターセールスディレクターのディエゴ・フィオレンゾリ氏も参加しました。
スピーチで彼らが強調したのは、「スーパーハイブリッド(SHS)」でした。ジェコーJ7 SHSの場合、105kW1.5リッター4気筒エンジンと150kWのモーターを備えたプラグイン・ハイブリッドで、彼らによるとEVモードの最長航続距離は90km/hを誇ります。同時に、アピールしていたのは7年間もしくは15万kmに加え、最初の3年間は走行距離無制限、バッテリー電気自動車(BEV)版の)部品 は8年もしくは16万kmという保証期間の充実でした。




女子高生サクラさんの意見
主催した販売店グループの広報スタッフによるとオモダ/ジェコーの受注は好調といい、拠点全体でその数字は当初予想の倍といいます。彼によると、従来から取り扱ってきたジープの一部車種と競合をするおそれはあると認めつつも、今日の厳しい市場環境下で、オモダ/ジェコーは確実にグループ経営の助けとなると語りました。
アウディの営業スタッフからシエナ店におけるオモダ/ジェコーの営業部長に抜擢されたマウロ・ベンナーティMauro Bennati氏は、ジープ・レネゲードのほか、日産やヒョンデのSUVモデルからの乗り換えもみられると証言します。実際、すでにジェコーを購入したという若い夫婦に以前の所有車を聞いたところ、ジープ・レネゲードだったと答えてくれました。
当日は販売店のポテンシャル・カスタマー、すなわち優良顧客も招待されていました。ある高齢男性は、メルセデスを長年乗り継いできたとみずからの車歴を明かしてくれました。彼の場合、オモダとジェコーに対する関心は明らかにしませんでした。こうしたレガシー系のプレミアム・ブランド顧客層をいかに攻略してゆけるかは、オモダ/ジェコーの鍵となると思われます。
ただし後日同じ販売店グループの別の支店に勤務する営業部員によると、下取り車はBMWやレンジ・ローバー・ヴェラールだったと教えてくれたところからして、牙城は切り崩されつつあるのかもしれません。
ただし、その晩筆者が会った来場者で最も印象深かったのは、家族に連れられてやってきた女子高校生のサクラさんの話です。名前から想像できるとおり、両親は訪日歴10回という大の親日家です。彼女自身もすでに2回日本を訪れたことがあると教えてくれました。
サクラさんによると「中国車に対するネガティヴな印象はまったく無い」と話します。そして、オモダのキャラクターラインを手でなぞりながら「とてもカッコいいと思います!」と印象を明かしてくれました。今日イタリアの教育機関においては、中国を含むアジア系のクラスメイトはけっして珍しくない光景となりました。また、SNSを通じてアジア系カルチャーに触れる機会が増えたことも、中国ブランド車に対する抵抗感を和らげていることは明らかでしょう。


それは日本が歩んだ道かもしれない
オモダ/ジェコー両ブランドを擁するチェリーはすでに2018年、ドイツ・フランクフルト空港近くのラウンハイム・アム・マインRaunheim am Mainに百数十名規模のスタッフが従事するR&Dセンターを開設。他の欧州系・日系OEMやメガサプライヤーから移籍したデザイナーやエンジニアたちが次々採用されています。さらに2025年9月には、生産拠点の予定地でもあるスペイン・バルセロナ郊外にも欧州第2のR&D拠点を設置することを発表しました。今後さらにCMF(カラー・マテリアル・フィニッシュ)も含めた総合的デザイン力が向上すれば、中国ブランドに対する欧州顧客のイメージが変化する可能性があります。
実はオモダ/ジェコー以前に進出した中国メーカーの一部は、アフターサービスへの不満から十分なシェアを確保することができませんでした。デザイナーたちの努力を無駄にしないためにも、オモダ/ジェコーの現地法人と地域販売店には誠実かつ継続的なサービス体制を希望します。
中国ブランドは同じアジア系として、先に日本や韓国のメーカーが築いた好印象に“便乗”できるアドバンテージがあります。いっぽうで思えば、日本メーカーも1960年代の米国で、今回のオモダ/ジェコー同様に現地法人の日本人幹部が小さな販売店や催しを精力的に回っては彼らの販促活動を助け、信頼を築いていったのはさまざまな社史にあるとおりです。イタリアにおける中国ブランドに接するたび、かつての日本がもっていた逞しさの幻影を見ている気持ちになるのは私だけでしょうか。
それでは皆さん、次回までアリヴェデルチ(ごきげんよう)!


