Aston Martin Vanquish Volante
V12エンジンを搭載したフラッグシップモデル

20世紀の終わり頃、ニューポートパグネルの広報担当はそっけなかった。「表に停めてあるクルマがそれだ。これが鍵。16時までには戻ってきてくれ」。いつもそんな感じ。アストンマーティンが史上初めてV12エンジンを搭載したDB7ヴァンテージを取材しに行った時も、新世代アストンの嚆矢となったV12ヴァンキッシュを借りに行った時も対応は一緒だった。
すぐにモーターウェイ1号線に乗って果敢にスロットルを踏み倒す。300km/hに到達したようなスピード感でも、実際には220程度。当時はエアロダイナミクスとシャシー、そしてタイヤの技術がエンジンパワーに追いついていなかった。だから濡れたラナバウトでは簡単にケツが出る。そんな空恐ろしさが、この手のスーパースポーツモデルの魅力の一端でもあったのである。
さて、低く構えた姿勢とこれ以上拡大できないほどのフロントグリルが獰猛な表情をみせる最新のヴァンキッシュ・ヴォランテは、V12エンジンを搭載したアストンマーティン最新のフラッグシップモデルである。

2016年のDB11のデビューにあたり、アストンはAE31という型式を与えられたV12エンジンに大幅に手を入れている。排気量はストロークを9.8mm詰めることで5.9リッターから5.2リッターへ縮小。さらに各バンクに1基ずつターボチャージャーを装着している。
その最高出力はDB11では608PSだったが、最新のヴァンキッシュでは実に835PSまでパワーアップを果たしている。デビュー当初のざっと倍の出力。しかもそれがターボ+2駆となれば緊張感も高まる。
写真で見ていたよりも実際のヴァンキッシュ・ヴォランテのボディにはメリハリがあった。ロングノーズのおかげでドライバーの頭の位置がホイールベースの中心よりも完全に後ろにあるのも新鮮だ。
室内は革とカーボン製のフェイシアで構成されており、伝統とF1でも活躍するアストンの今を象徴する仕立てになっている。ヴォランテという点でも、あえて幌を下ろして披露したくなる見た目になっている。



コンソールの中央に据えられたクリスタルのボタンを押すと、ヴォンとひと吼えして、その存在自体が貴重になりつつあるV12エンジンが目を覚ました。最初は幌を掛けたまま走りはじめることにした。ちなみにルーフ部分の内張りにはスーツを仕立てるような上質なモヘア地が使われていた。これは筆者の知る限り50年代のDB2あたりのモデルにも見られるアストンの伝統である。
835PSは完璧に調教されている

ドライビングモードは「ウェット」「インディビデュアル」「GT」「スポーツ」「スポーツプラス」が用意され、セッティングが適正化される。最初は標準のGTを選んだのだが、その乗り心地の良さに惹き込まれた。室内もソフトトップとは思えないほど静か。これなら普段使い出来るスーパーカーの資格は十分にある。
スーパースポーツのアシは総じて硬めで、しかしストロークしはじめの柔らかさや減衰の良さをして「乗り心地がいい」と表現するのが常だ。ところがヴァンキッシュ・ヴォランテはラグジュアリーセダン並みの懐の深さでもてなしてくれた。
そういえば凶暴なまでのスペックを誇るV12も、浅いスロットルワークに徹する限りでは音も含めて完全に気配を消している。記憶の中にあるDB11のV12はもっと活発な感じで、シャシーの落ち着きも足りなかった。もしかすると最新のアストンは優しい仕立てになってしまったのだろうか?
ワインディングの入り口でドライブモードをひとつ飛ばしでスポーツプラスにしてみると、豹変するかと思いきやそうでもなかった。アシは引き締まった感じがするし、マフラー内のバルブが解放されエキゾーストは野太くなっているが、それでも扇動的な感じはしない。スピードに関係なくドライバーの意思を正確に反映するような従順さがあるのだ。
これは冷静になって考えると凄いことだ。何しろ相手は835PSのV12ツインターボなのである。だからレブカウンターの針が6000rpmあたりにある時にスロットルを強く踏み込めば、シュバッと風を切るような音を伴って突き刺すような猛烈な加速がちゃんと襲ってくる。これこそターボユニットらしい800PS越えの強刺激なのである。だが長めのスロットルトラベルに込められたドラマ性を理解して扱えば、このV12ターボはよく飼いならされた猟犬のように操ることができるのだ。



パワーに対するトラクション性能も見事だった。DB9由来の初期のアルミシャシーを使った一連のモデルはトランスアクスルをしてもそこまで座りがよくなく、それを強力なLSDで帳消しにしていた。
だが電子制御LSDが仕込まれたヴァンキッシュではスロットルオンでは必要以上にデフが主張せず、オフでは舵角が少ない時にはかなり強めに、ターンインでは緩めに効く感じをしっかりと伝えてくれる。
またヴォランテ(オープン)であることはメリットこそあれ、デメリットを一切感じなかったことも報告しておきたい。特に段差を乗り越えた際のフロアまわりの不快な振動も最小限に抑え込まれていたのである。
一線級のパフォーマンスを持つ“麗しき猛獣”

アストンマーティンといえば、スタイルの良さや内装の質感の高さ、そしてボンドカーのイメージが先行していた。だが21世紀のモデルは、代替わりを繰り返すごとに着実に進化しており、一線級のパフォーマンスとイギリスの超高級スポーツカーらしいアンダーステイトメントな立ち居振る舞いを同居させることにも長けてきているのだ。
アストンマーティンのラインナップを俯瞰すれば、ドライビング性能ではV8系のモデルが物理的にも優位に立っている。だがブランドを象徴しているのは、四半世紀以上の進化を続けてきたV12エンジンと、それを搭載したヴァンキッシュということで間違いないのである。
REPORT/吉田拓生(Takuo YOSHIDA)
PHOTO/佐藤亮太(Ryota SATO)
MAGAZINE/GENROQ 2026年1月号
SPECIFICATIONS
アストンマーティン・ヴァンキッシュ・ヴォランテ
ボディサイズ:全長4850 全幅1980 全高1296mm
ホイールベース:2885mm
車両重量:2005kg
エンジン:V型12気筒DOHCツインターボ
総排気量:5204cc
最高出力:614kW(835PS)/6500rpm
最大トルク:1000Nm(102.0kgm)/2500-5000rpm
トランスミッション:8速AT
駆動方式:RWD
サスペンション形式:前ダブルウィッシュボーン 後マルチリンク
ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク
タイヤサイズ:前275/35ZR21 後325/30ZR21
最高速度:345km/h
0-100km/h加速:3.4秒
車両本体価格:5720万円
【問い合わせ】
アストンマーティン・ジャパン・リミテッド
TEL 03-5797-7281
https://www.astonmartin.com/ja

