BROOKLANDS
特別な意味をもつサーキットに由来

「ブルックランズ」は1907年にサリー州の貴族であるヒュー・ロック・キングが私財を投じて建設した世界初のパーマネント・サーキットである。その名前はサーキットの土地に流れる小川(Brook)に由来するもので、オープニング・レースとなったモンターギュ・カップ・レースでは英国留学中の大倉喜七郎がフィアットで2位入賞を果たすなど、日本にゆかりのあるサーキットとしても知られている。
もちろんベントレーにとってもブルックランズは特別な意味をもつサーキットだ。というのも1921年5月16日のウィットサン・ジュニア・スプリント・ハンディキャップ・レースでEXP2がベントレーに初めてのレース優勝をもたらしたのも、1922年に「3リッター」が3時間、6時間、12時間の国際クラス記録を樹立したのも、1930年に「スピードシックス」が伝統のダブル・トゥエルブ・レース(J.C.C. Double Twelve Hour Race)で優勝したもの、ティム・バーキンが「ブロワー」で市販車最速となるラップレコード(137.96 mph、約222.03 km/h)を記録したのも、ブルックランズであるからだ。
そんなベントレーにおいて初めて栄光のブルックランズの名を冠したモデルが登場したのは1992年のこと。4ドアサルーンの「ターボR」の廉価版(ミュルザンヌS、エイトの後継でもあった)として用意されたのが最初だったが、その後のモデルにブルックランズの名が引き継がれることはなかった。
ドライブトレインまで専用開発

しかし2006年のジュネーブ・ショーで、ベントレーは突如その名を冠した2ドアクーペを550台の限定モデルとして発表する。
デザインを担当したのは、「アズール」に続きクリスピン・マーシュフィールドだが、ただアズールにルーフを被せただけでなく、完全ハンドメイドの少量生産を逆手にとって「塊から削り出した」といわれた滑らかなピラーレス・ハードトップのボディワークとフローティング・リヤスクリーンを実現。インテリアも1台あたり牛16頭分のレザー、1ヵ月の工程を必要とするウッドパネルをふんだんに用いることで、通常のマスプロダクトでは実現し得ない上質で豪華な空間を作り上げた。
またドライブトレインもブルックランズ専用に開発されたもので、ノーズに収まる伝統のV8OHVツインターボは排気量を6761ccへと拡大。あわせてエンジンマネジメントシステムなど各部に手を加えることでV8 OHV史上最高の最高出力537PS、最大トルク1050Nmを発生。ティプトロニック・マニュアルシフト機構を備えた強化型ZF製6速ATを介して最高速度296km/h、0-100km/h加速5.3秒という、当時のスーパースポーツにも引けをとらない圧倒的なパフォーマンスを実現したのである。
ベントレー最後のビック2ドアクーペ

さらに前後ダブルウイッシュボーンのサスペンション形式はアズールと同じだが、専用セッティングの電子制御油圧式ダンパーユニット、ボッシュ製ESPを装備。オプションながら20インチホイール装着車にはカーボンファイバー強化シリコンカーバイド(CSiC)セラミック複合材ブレーキシステムを用意するなど、ハイパワーに対応すべくシャシーもブラッシュアップが図られていた。
オールハンドメイドのため実際のデリバリーは2008年からとなったブルックランズだが、ジュネーブ・ショーでの発表直後に500台分のオーダーが寄せられ、瞬く間に生産枠が埋まる大反響を巻き起こした(ちなみに当時日本には10台弱が正規輸入されたといわれている)。その生産は2010年初頭まで続けられたが、アルナージの後継車となったミュルザンヌに2ドアクーペが用意されなかったこともあり、現時点ではベントレー最後のビック2ドアクーペとなっている。

