連載

自動車エンブレム秘話

キャデラックの“顔”はなぜ紋章なのか

1902年に設立されたキャデラック。その名称は、1700年代のフランス人冒険家に由来する(写真は1903年製の「モデルA」)。
1902年に設立されたキャデラック。その名称は、1700年代のフランス人冒険家に由来する(写真は1903年製の「モデルA」)。

キャデラックのエンブレムは、シンプルなロゴマークというよりも歴史を背負った「紋章(クレスト)」として存在感を放ってきた。現在のモデル群に装着される盾形のデザインも、その出発点は創業期にまでさかのぼる。

1902年、デトロイトで設立されたキャデラック。そのブランド名は、1701年にデトロイトを開拓したフランス人探検家、アントワーヌ・ド・ラ・モット・キャデラック(Antoine de la Mothe Cadillac)に由来する。エンブレムのデザインに際して「紋章」をモチーフとしたことから、キャデラックが創業当初から格式や伝統、それを裏付ける実績を重んじるブランドであろうとした姿勢を物語っている。

実際、キャデラックは早い時代から技術革新をブランドの核に据えた。1911年には業界で初めてセルフスターターを採用、1915年には量産型V8エンジンを全モデルに搭載するなど新しいテクノロジーを世に送り出してきた。中世ヨーロッパで好んで使われた紋章の盾や冠、花輪といった要素は、名誉や高貴さなどに加えて実績を象徴した。紋章のモチーフを取り入れたキャデラックのクレストにも、同様の思いが込められているだろう。

エンブレムは「守るもの」ではなく「進化するもの」

1世紀を超えて進化を続けてきたキャデラック・クレスト。
1世紀を超えて進化を続けてきたキャデラック・クレスト(キャデラック公式ウェブサイトより)。

キャデラックのエンブレムが辿ったデザインの変遷を振り返ると、同じ形を守り続けてきたわけではないことがわかる。キャデラック・クレストは、「時代の変化を映すように進化してきた」と同ブランドは説明している。

20世紀中盤までのエンブレムには、王冠やリース(花輪)を伴った装飾的で華やかなデザインが用いられた。これは当時のアメリカ車全体に見られたデザイントレンドとも共鳴するものだ。1960年代に大胆なテールフィンを採用したキャデラックは、 華やかな時代の”アメリカンカー” を象徴する存在としてのイメージを確立していく。

こうした時代背景を踏まえると、エンブレムの装飾性は単なる流行への追随ではなく、「その時代のキャデラック像」を体現するための視覚的表現だったと考えられる。キャデラックにとってエンブレムとは、不変のシンボルというよりも、時代に合わせて進化し続けるブランド像を可視化する装置だったのだ。

2014年の刷新──伝統を整理し、次の時代へ

2014年には、エンブレムが大きな節目を迎えた。キャデラックはこの年、歴史ある「キャデラック・クレスト」と呼ばれるブランドマークの新デザインを公開した。

新しいクレストでは、長年使われてきたリースが排除され、盾形のモチーフが前面に押し出されたシンプルな意匠へと刷新された。「伝統を受け継ぎながら、新しい時代に合わせた進化を象徴する」とキャデラックが言うこのデザインからは、単なる簡略化ではなく、ブランドの再定義を意図した意思が読み取れる。

キャデラックは当時、エンブレムの進化について次のように説明している。
「今回の新しいクレストは、現在のキャデラック車のデザインと同じく、より低く、より長く、よりスリムで美しく、引き締まったプロポーションを備えています。そして、美しさと技術力に支えられた“アート&サイエンス”という哲学が進化していることを表現しています。」

装飾を削ぎ落とす一方で紋章としての骨格は明確に残す。このバランス感覚がキャデラックのエンブレムデザインの特徴といえる。

モノクロ化が示すEV化の未来

BEVにはモノクロームのエンブレムが採用されている(写真は最新モデルの「リリックV」)。
BEVにはモノクロームのエンブレムが採用されている(写真は最新モデルの「リリックV」)。

さらに近年、キャデラックのエンブレムは立体感や色彩を抑えたフラットでモノクロームな表現へと移行しつつある。ブランドはこの簡潔なクレストについて、「オールEVの未来」を指し示すものだと説明している。

電動化やデジタル化が進む中で、ブランドロゴもまた、視認性や汎用性を重視した表現へと変わっていく。かつてV8エンジンやテールフィンで時代を切り拓いたように、キャデラックは現在も技術革新とデザインを両輪に、ブランドの象徴を更新し続けている。

GMのいちブランドとしてのキャデラック

キャデラックブランドはGMグループの中でもラグジュアリーと先進性を担う(写真は2024年発表の「ソレイ」コンセプト)。
キャデラックブランドはGMグループの中でもラグジュアリーと先進性を担う(写真は2024年発表の「ソレイ」コンセプト)。

ここでおさえておきたいのが、キャデラックがGM(ゼネラルモーターズ)のいちブランドであるという点だ。GMはシボレー、GMC、ビュイック、キャデラックといった複数のブランドを擁し、それぞれに明確な役割を与えている。

その中でキャデラックは、ラグジュアリーと先進性を担う存在として位置づけられてきた。新技術や新たなデザイン思想を先行して導入する役割を担うことも多く、エンブレムの変遷もまた、その立ち位置と無縁ではない。

エンブレムが語るキャデラックの本質

キャデラックのエンブレムは、ブランド名に由来する紋章的モチーフを起点に、100年以上にわたって更新され続けてきた。その変遷に関してすべてを説明する公式な“意味づけ”が与えられているわけではないが、ブランドが積み重ねてきた技術革新とデザインの歴史を重ね合わせることで、その象徴性が浮かび上がる。

革新的な技術とデザインという伝統を掲げつつ、進化を止めない。キャデラックの盾形エンブレムは、アメリカン・ラグジュアリーの現在地と、これから向かう未来を映し出す存在であり続けている。

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