連載

自動車エンブレム秘話

FORD MUSTANG

なぜマスタングはブルー オーバルを掲げないのか

「なぜ、コルベットはシボレーの “ボウタイ” エンブレムを掲げないのか?」前回は、その問いからアメリカン・スポーツカーにおける「メーカー名に依存しないエンブレム」という思想を読み解いた。では、同じアメリカ車でブランドロゴを使わず、独自のバッジを掲げ続けてきたモデルは他にも存在するのだろうか。

答えは、ある。しかもそれは、フォードという巨大メーカーの中で最も象徴的な存在のモデルだ。「フォード マスタング」である。このシリーズ第26回で紹介したように、フォード車は青い楕円形の中に「Ford」の文字が刻まれた“ブルー オーバル”を掲げる。ところがマスタングのフロントにあるのは、その青いオーバルではなく疾走する一頭の馬だ。この構図は1964年の初代誕生以来、現在に至るまで一貫している。

フォードが「オーバルを使わない理由」を公式に説明しているわけではない。しかし、マスタングが誕生当初から強い固性を持つモデルとして企画され、ブランド内で特別な存在として育てられてきたことは歴史を見れば明らかだ。シボレーにおけるコルベットと同様、マスタングもまた「フォードの1車種」という枠を超えた象徴性を与えられていたのである。

アメリカ流の反骨精神

「マスタングは野生馬であって、レース用に飼い慣らされた存在ではない。」(当時のフォードCEOリー・アイアコッカの言葉)。
「マスタングは野生馬であって、レース用に飼い慣らされた存在ではない。」(当時のフォードCEOリー・アイアコッカの言葉)。

アメリカでは建国初期から、競馬は反時計回りで行われてきたという。これは時計回りを採用していたイギリスの伝統に対抗する意図があったといわれる。この慣習は、のちに自動車レースが盛んになり、モータースポーツ用のサーキットが建設されてからも引き継がれた。

「走行方向」という一見些細な取り決めにも、アメリカ流の自立心や反骨精神が滲んでいる。そうした文化を背景に誕生したマスタングのエンブレムに描かれているのは、静止した紋章的な馬ではない。たてがみをなびかせ、地面を蹴り、前方へ突き進む横向きの姿。動きの瞬間を切り取った「走る馬」である。

モデル名のマスタング(Mustang)は、もともと北米大陸で野生化した馬を意味する言葉だ。その自由で力強いイメージから、第二次世界大戦で活躍した戦闘機「P-51」にもMustangの名が与えられた。フォードが公式に認めているように、このクルマの名称とエンブレムも野生馬に由来する。

走る「野生馬」のエンブレム

1970年に登場した初代のマスタング「マッハ1」。
1970年に登場した初代のマスタング「マッハ1」。

つまりマスタングのエンブレムは、飼い慣らされた「レース馬」ではなく、自立心や反骨精神をもった「野生馬」を描いたものだ。動的にデザインされた野生馬は、フォード マスタングが自由や躍動感を重視するモデルとして位置づけられてきたことを、視覚的に示している。

マスタング誕生当時、フォードのCEOだったリー・アイアコッカはこう語っている:

「マスタングは野生馬であって、レース用に飼い慣らされた馬ではない。」(The Mustang is a wild horse, not a domesticated racer.)」

この言葉のとおり、マスタングが象徴したのは競馬場を走る飼い慣らされた競走馬ではなく、広大な大地を自由に駆ける野生馬だった。イギリスの伝統に対抗して走行方向を変えたアメリカの競馬文化と同様に、マスタングもまた既存の枠に収まらない存在であろうとした──そう解釈することもできるだろう。

EV時代のマスタング─Mach-Eが示した拡張

フル電動(BEV)のSUVとして登場したモデルにも「マスタング」の名前と馬のエンブレムが与えられた(写真はフォード マスタング マッハE)。
フル電動(BEV)のSUVとして登場したモデルにも「マスタング」の名前と馬のエンブレムが与えられた(写真はフォード マスタング マッハE)。

疾走する馬のモチーフは1960年代から維持されてきた。この一貫性が新たに注目されたのが、電動SUV「マスタング Mach-E(マッハE)」の登場である。2019年に発表されたMach-Eは、従来のクーペ型マスタングとは異なるボディ形式と電動パワートレインを持つ。それでもフォードは、このモデルに「Mustang」の名と走る馬のエンブレムを与えた。

フォードはMach-Eを「マスタングの名を冠する新たなモデル」と位置づけているが、マスタングという概念をどこまで拡張するかについては、明確に定義を示しているわけではない。Mach-Eの登場は、マスタングをパワートレインの形式やボディ形状ではなく、「自由な精神」や「躍動感」といったブランドイメージで定義する方向性を示したと受け取ることができる。

コルベットとの共通点と決定的な違い

前回紹介したコルベットもまた、GMやシボレーのメインロゴ(ボウタイ)を前面に出さず、独自のエンブレムを掲げてきたモデルである。ただし、その成り立ちと役割はマスタングとは異なる。

コルベットは、チェッカーフラッグとボウタイおよび百合の花という構成要素を一貫して維持しながら、配置や造形、意匠の解釈を世代ごとに更新してきた。これは、コルベットが常に最先端のスポーツカーであることを示してきたことの表れと解釈することができる。

一方、マスタングは走る馬という単一のモチーフを1964年の誕生から変わらず使い続けることで、世代を超えた象徴性と物語を積み重ねてきたと言える。両車はともに「メーカー名に頼らないアイコン」として存在感を示している。そのうえで、コルベットのエンブレムが「進化」を示すものだとすれば、マスタングのエンブレムは「変わらないスピリット(精神)」を示すものと言えるだろう。

"クロスフラッグ"と呼ばれるコルベットのエンブレム。

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