2026年シーズンMotoGP開幕戦タイGPを取材するために、2月下旬にタイを訪れた。現地で見た、タイの道路事情をお伝えする。
逆走するバイクもあれば野犬もいる、タイの道
MotoGPの取材で、タイには何度か訪れている。MotoGPが開催されるのは、ブリーラムにあるチャン・インターナショナル・サーキットだ。タイの首都バンコクから、北東に400kmほど離れた場所にある。筆者はバンコクからブリーラムまで飛行機を使って移動し、空港からサーキットまではレンタカーを使う。これがいつものタイGPでの移動方法で、今回もそうだった。



タイは、日本と同じ左車線走行で、右ハンドルである。そういう意味では混乱が少ないかもしれない。といっても、……これはヨーロッパ各国でレンタカーを走らせてきた筆者の個人的な見解だが、車線が右だろうと左だろうと、走る分にはあまり影響を感じない。クルマの流れに乗って走っていれば、おのずとそういうものだと頭に馴染んでいく。ヨーロッパで借りるレンタカーは左ハンドルだが、それもオートマチック車を走らせる分にはまったく問題はない(マニュアル車ならば少しは影響しそうだが、筆者は海外で走らせるのはオートマチック車だけと決めているので、経験がない)。
どちらかといえば、筆者を悩ませるのは方向指示器とワイパーを動かすための操作レバーなのだ。日本とヨーロッパでは、逆であることが多い。つまり、日本車は方向指示器の操作レバーが右だが、左ハンドルのヨーロッパ仕様車は左なのだ。困ったことに、日本と同じ右ハンドルのイギリスのレンタカーでも同じように方向指示器の操作が左レバーだった。体に染みついてしまっている操作の癖というのはなかなか抜けないもので、無意識に反対のレバーを操作してしまう。ようやくヨーロッパ仕様に慣れたと思ったら、今度は帰国して逆の悩みを抱えることになる。
その点、タイのレンタカーは、日本と同じ右ハンドルで方向指示器とワイパーの操作レバーも日本と同じである。そういう意味では、緊張が一つ減る。今回借りられたのはトヨタのVIOS(ヴィオス)で、ハンドルを握れば相当な距離を走ってきたクルマだとわかった。それでも、日本車の感覚は日本人の筆者には馴染むところがある。これは、ヨーロッパで何度か借りたトヨタを走らせても感じたことだ(ホンダ車はほとんど割り当てられたことがない)。不思議なことだけど。

ただし、走行車線やクルマの操作が日本や日本車と同じだからと言って、緊張しないわけではない。確かに、ブリーラムは、街中さえ避ければバンコクほど絶望的に混雑はしない。それでも、道を走っている間は、日本的な交通感覚はひとまず頭の片隅に置いておく必要がある。
例えば、道を走るバイク。特に近所のおじいちゃん、おばあちゃんなどが「ちょっとそこまで買い物に行く」といった風体で走らせるアンダーボーンなどは、だいたいその運転者はヘルメットをかぶっていない。半袖や半ズボンも当たり前で、サンダルで走っている。タンデムもよく見かけるが、お父さんらしき男性がハンドルを握り、後ろにお母さんらしき女性、そして前に子供(もちろんノーヘル)、というバイクを見たこともある。
それから、広く設けられた路肩を、バイクが逆走してくる。いちばん最初にその光景を見たときは、「逆走」という状況に頭が追いつかず、目をむいてしまった。そしてそのあとに、何度も同じような状況を目にして、「これがこの国の普通なのだ」と飲み込んだ。かと思えば、びゅんびゅんとクルマを追い越していくバイクもいる。こうしたバイクの運転者の多くは、ちゃんとヘルメットを被っている。彼らのなかで、ヘルメットを被る、被らなくてもよい“ライン”があるのだろう。
大通りを逸れて細い道に入ると、今度は犬がうろうろしている。これは少なくともブリーラムでは珍しいことではない。飼い犬なのか野犬なのか不明だが、多くの犬がリードもなしに道を歩き、渡り、あるいは寝転んでいるのである。あるものはクルマを見て激しくほえながらこちらに向かってくる(困ったことに、彼ではクルマには敵わないのだが)。あるものは、こちらが接近しても「今、寝ているんで」といった風に、一向に動くそぶりを見せなかったりもする。そして、そこで生活する人は、そんな風にたくさんの犬がいることが当たり前のように振舞っている。あしらうこともしないし、可愛がる様子もない。ただともに生活している。そんな情景だ。
そんな予測不能──日本人にとっては、ということだが──な状況なので、本当に緊張するのである。
思うに、クルマやバイクを運転するとき、そこには交通ルール(法律)のほかに、暗黙の了解が潜んでいる。ルールは事前に調べることができるけれど、暗黙の了解というものはその国の人々の感覚に密接に紐づいているから、実際に体験しなければ、本当の意味での「実際のところ」を理解することは難しい。筆者はタイの道を走りながら、そんな暗黙の了解を知ろうと目を凝らして耳を澄ませているのかもしれない。



そうは言っても今年はさすがに数年分の免疫がついていたから、もう驚くことはないだろうと思っていた。しかし、そうはいかなかった。目の前のトラックの荷台に、やけに大きな動物が乗っていると思ったら、象だったのだ。ああなるほど、だからこのトラックはゆっくりと走っていたのだな……。そんなことを思いながら、笑いがこみ上げてくる。どうやらタイの道を理解した気になるには、早かったらしい。
タイの道を走るのは、いまだに緊張する。けれど、また新しい形で度肝を抜いてくれるんだろうなと、だんだん楽しみになるのだ。

