「発明」と「特許」から始まったトヨタの歴史はデザインの礎にもなっている

トヨタ自動車はこのたび、令和8年度の「知財功労賞」を受賞した。「知財功労賞」とは、知的財産権制度の普及・発展に貢献した個人や、同制度を有効活用して事業を成長させた企業等に対し、経済産業省(特許庁)および農林水産省から授与される各種表彰の総称のこと。自動車OEMとして意匠(デザイン)分野での受賞は初となる。同社が推し進める「ハンマーヘッド」や「スピンドルボディ」といった一貫したデザインアイデンティティの構築と、それを意匠・商標・特許を組み合わせて効果的に保護する「知財ミックス」戦略が高く評価されたこととなる。

トヨタは知財功労賞の受賞に伴い、メディア向けの取材会を実施した。ここはトヨタのデザイン本館内に設けられたデザイン検討場。豊田章男会長をはじめとする首脳陣が出席し、実車を眼の前にしながらデザインを含めた製品の承認を行なう場としても使われる。

トヨタは豊田自動織機製作所時代の1929年、「G型自動織機」の特許権をイギリスのプラット社へ譲渡したことで巨額の特許収入を得て、その資金を基に自動車事業が生まれた歴史を持つ。いわば、トヨタにとって「発明」と「特許」は原点でもあり、その重要性は現在も変わっていない。トヨタは、『次の道を発明しよう』をグループのビジョンとして掲げており、豊田章男会長も『発明スピリットに戻らなければ将来はない』という言葉をここ最近は強く口にしているという。

G型自動織機こと、無停止杼換式豊田自動織機(G型)。高速運転中に杼(シャトル)を交換することが可能となり、生産性を劇的に向上。1929年にプラット社(イギリス)に特許を譲渡した。

こうした精神のもと、トヨタは2025年、ブランド全体の方向性と提供価値をより明確に定義する方針を打ち出した。GRやダイハツも含めたポートフォリオの中で、センチュリー、レクサス、そしてトヨタの各ブランドに明確な役割とデザインアイデンティティを割り当てるという戦略だが、これも今回の知財功労賞受賞につながる取り組みと言える。ブランドごとに独自の価値を創造し、一貫性のあるデザインを通じてそれを具現化することで、企業の競争力を高めることを目指しているのだ。

トヨタ、レクサス、センチュリー。3ブランドが抱くそれぞれのアイデンティティ

ここで、トヨタおよびレクサスの具体的なデザインへの取り組みをご紹介しよう。

年間1000万台を販売するトヨタブランドには、「全車を同じ顔にして顧客を飽きさせることなく、いかにブランドとしての一貫性を保つか」という大きな課題があった。その解決策として採用されたのが、ハンマーヘッドシャーク(シュモクザメ)をモチーフにした「ハンマーヘッド」デザインである。従来の「中央のグリルで表情をつくる」というセオリーを覆し、ヘッドライトとボディ上部で強いアイデンティティを構築。これにより、下部のグリルデザインは各モデルのコンセプトに合わせて自由に変更可能となった。この手法は多様な顧客ニーズに応えながらブランド全体の一貫性を保つという、変化と継続性の両立を実現するものだ。

一方、プレミアムブランドであるレクサスが直面していたのは、「歴史ある欧州ラグジュアリーブランドに対して、いかに独自の存在感を打ち出すか」というテーマだ。その解決策として約15年前に導入されたのが「スピンドルグリル」で、織機に使われる「紡錘(ぼうすい=糸巻き)」をモチーフとして、欧州勢とは逆にグリルを低く、ヘッドライトを高く配置した毅然とした表情を創出。グリルのデザインは単なる輪郭にとどまらず、ラジエーターの冷却や空力といった機能と連動している。この思想は「スピンドルボディ」へと発展し、内燃機関車やBEVなどパワートレインの違いにかかわらず、一貫したアイデンティティを表現するに至っている。さらにジャパンモビリティショー2025に出展されたLSコンセプトではグリルとボディとの境界も取り払い、センサーやカメラ類を統合したひとつの大きなエレメントとして捉える新たな表現にもトライしている。

なお、今回の知財功労賞の対象ではないものの、センチュリーについても触れておきたい。「従来は立ち位置が曖昧だった」とサイモン・ハンフリーズ氏(ちーふブランディングオフィサー)が語るセンチュリーは、昨年から正式にブランドとして再定義された。「One of One」を掲げて単なる高級車ではなく、日本国民全体の憧憬を喚起できる存在を志向する。そのアイデンティティの核となるのは、伝統技術との融合だ。例えばフロントグリルは単なる輪郭ではなく、奥に日本の伝統的な「七宝模様」を施した二層構造を採用している。このような、日本のものづくりと一体となったブランド価値を将来にわたって構築していくという。

デザインを多面的に保護する「知財ミックス」という戦略

このように確立された強力なデザインアイデンティティを、どう守っていくのか。今回、トヨタが受賞した「知財功労賞」の「知財=知的財産」とは特許・意匠・商標等の総称だが、企業は通常、技術発明を特許、物品デザインを意匠、商品・サービスのマークを商標で押さえる。これらは企業にとっては欠かせない活動で、トヨタはグローバルに特許権・意匠権・商標権を所有し、国内外で約7万件以上の特許権、6000件以上の意匠権、2万5000件以上の商標権を保有している。

意匠に関して言うと、車両全体の外形意匠権取得が重要なのはもちろんだが、部分が異なると模倣防止が難しいという課題に対して、知財部門がデザイン部門と協働して特徴部分を「部分意匠」として“群”で保護する手法を推進しているのが特徴だ。例えばレクサスのスピンドルボディは、車両の進化やデザイナーの意図に応じた多様な形状が存在するが、各車のフロントまわりを「部分意匠」として群取得している。トヨタのハンマーヘッドも同様で、クルマごとの進化に合わせた該当部分の意匠を群として多く保有する。これにより他社の模倣を抑止し、差別化とブランド価値向上を実現しているのだ。

まずは車両全体の外形に関する意匠を取得するのが重要で、これが第一段階となる。
それだけでは模倣を防ぐことが難しいという課題があったため、第二段階としてスピンドルやハンマーヘッドといった部分意匠を”群”として取得することも行なっている。

デザインに関しては、意匠に加えて特許・商標で多面的に権利を取得する取り組みも行なっている。例として、車体全体の意匠を保有しつつ「ツートンカラーで上部をやや暗色」とする技術的・デザイン的特徴がよりスポーティな視覚効果をもたらす点を特許で保護。また、リアランプ形状に関する意匠に加え、その形状が「スライドドアの開口部をより広く取れる」機能的効果をもたらすとして特許も取得。さらにハンマーヘッドやスピンドルボディは、意匠の多様なバリエーションを保有すると同時に「形状」を商標でも押さえる。

ツートンカラーの塗り分けがもたらす「スポーティな視覚効果」や、リヤランプの形状によって「スライドドアの開口部を広く確保できる」といった価値は特許権で保護。また、ハンマーヘッドやスピンドルグリルの「形状」そのものを商標登録。

ちなみに意匠権は出願から25年で権利が切れるが、商標権は更新により半永久的に保有可能であり、意匠・特許・商標の組み合わせで長期的かつ多面的なブランド保護を実施しているというわけだ。

トヨタでは、こうした取り組みをデザイン部と知財部との綿密なリレーションの下で行なっているという。車両デザインの大枠が固まった段階で両者が実車を囲み、デザイナーが特にこだわった箇所やデザイン上の想いを直接ヒアリング。 こうしたディスカッションを通じて、車両全体の意匠権だけでなく、フロントやリヤまわり、ライトといった特徴的な部分意匠の出願箇所を選定するというプロセスが確立されているそうだ。

意匠に加えて特許・商標を併せて押さえる知財ミックス戦略により、多面的なブランド保護を実施している。

こうした多面的かつ戦略的な権利保護活動が、ブランド価値の維持・向上につながり、今回の知財功労賞受賞に結びついた。デザインの力がますます重要となる中、それを守る知財戦略との両輪が、これからのトヨタのクルマづくりをさらに強固なものにしていくに違いない。