Rolls-Royce Ghost Extended Series II
Bentley Flying Spur Speed
対照的な個性

2台合わせて20気筒! 今どきなかなか豪勢なマルチシリンダーぶりではないか。4サイクルのエンジンは吸入、圧縮、燃焼、排気という4つの行程で1セット。多気筒化はそのサイクルを重ね合わせる作業であり、数が増すほどにパワーの出方が緻密になっていく。故にシリンダー数は、それ自体がステータスにも成るのである。
英国高級車の双璧、ロールス・ロイスとベントレーは長らく同胞として歩んできた歴史がある。イメージとしては運転手付きのロールス・ロイスと、スポーティなベントレー。
両者は21世紀に入ってすぐ袂を分かち、別々の道を歩んでいる。これまでも筆者はそれぞれのモデルをひと通り試乗しているが、同じタイミングで現行モデルを試乗したことはない。ニューモデルの「ゴースト・シリーズII」が上陸を果たしたタイミングで「フライングスパー・スピード」とともに試乗してみることにした。
V型12気筒NA vs V型8気筒ハイブリッド


両者を並べて停めてみると、あらためてボディの大きさに驚かされた。今回のゴーストIIはホイールベースが170mm長いエクステンデッドだったのだが、それと比べるとこれまでは巨大だと思っていたフライングスパー・スピードが低く引き締まって見えることも新鮮だった。
最初に触れたのは6.75リッターV型12気筒エンジンを搭載するゴーストIIだった。現在のゴーストは2020年に登場した2代目で、IIは昨年秋に発表されたマイナーチェンジ版。そのボディはファントムよりは低くコンパクトにまとめられているが、観音開きのドアを持ったボディはエクステンデッドということもあり伸びやかさが強調されている。
スタイリングで変更されたのは前後ランプ類やフロントマスクの意匠で、水平っぽく区切られていたバンパーのデザインが縦基調になっている。一枚岩のように立ち上がった新しい顔はカリナンやファントムにも通じる威厳が感じられた。
ボディの中心に集約されたドアハンドルに手を伸ばし、とりあえずリヤシートにアクセスしてみた。ドアを開けるのは手動だが、閉める場合はドアハンドル上かCピラーの内側に仕込まれたボタンによって自動で行うことができる。リヤシートが後ろヒンジで開く関係上、観音開きのドアに必須の装備といえる。
究極の“おもてなし”を体現したゴーストⅡ


リヤシートは脚を目いっぱい伸ばしてもつま先がフロントシートに着かないほどの広さを誇る。ロールス・ロイス=運転手付きといったイメージは根強いが、筆者がオーナーなら自らステアリングを握りつつ、リヤにゲストを招いたり、普段は移動オフィス感覚でリヤスペースを使うだろう。何しろゆったりとしていてこのうえなく静かなので仕事もはかどりそう。もちろん昼寝場所としても重宝するに違いない。
リヤに負けず劣らず、コクピットの眺めも壮観だ。造形はこれまで見てきたロールス・ロイスの流れを汲むが、今回の個体は色のチョイスが素晴らしかった。シヴァログレーをベースとして、セカンダリーのチャールズブルーという空色が開放感を加えている。さらにダッシュパネルのひさしの裏やドアポケット内にアクセントとして入れられているアイランドモスと呼ばれる濃い抹茶色がステレオタイプな色彩感覚をいい意味で壊してくれる。「ロールスを注文するのに禁欲的である必要がどこにあるのか?」と言わんばかりのセンスの良さである。
見れば見るほどクルマというよりも手の込んだ調度品のようなゴーストII。だがステアリングコラムから生えた細いシフトレバーを操作して走らせると、そこはロールス・ロイスならではの世界観が広がっていた。
握りの細く、軽く操舵できるステアリング、右足をスロットルに置いただけでジワッと高まるパワー。異常なくらいの振動のなさとイヤーマフで耳を覆ったような静けさ等々。他のあらゆるクルマに似ていない動的質感。ところがこれが、筆者が経験したことがある1930年代以降のロールス・ロイスによく似ているのである。BMWはロールス・ロイスを再興させる際、そのアーカイブをよく研究したに違いない。
ゴーストIIの質感に心打たれたあと、オールドイングリッシュホワイトに塗られたベントレー・フライングスパー・スピードのリヤシートに腰掛けてみた。十分に広いという点ではゴーストIIと同じだが、ベントレーのそれはホールド性が高く、腰をずらしたようなだらしない座り方をよしとはしていないようだ。
スポーティさとラグジュアリーを兼ね備えるフライングスパー


それと同じことが運転席にも言える。ゴーストIIの後だから強くそう感じたのだと思うが、フライングスパー・スピードは走らせてみるまでもなくGTであり、スポーティなモデルであることがわかる。実際に走らせてみても、この巨体をしてなおグリップを感じながら能動的にドライブすることができ、いつの間にか巡航速度が高めに落ち着いている。
防音が効いたボディを通して調律されたV8ツインターボの野太い排気音もいい。またホールドのいいシートに身を任せていると、この巨体をしてなおタイヤのグリップを感知でき、コーナーで少し横Gをかけてみようかという気になってくる。ル・マン24時間レース6勝の素性は隠せないのかもしれない。
試乗は標準モードというべき「Bモード」で走らせていたのだが、朝の渋滞にはまるとフライングスパー・スピードは突然息をひそめ、EV走行をはじめた。昨年9月に発表された新型の最大のトピックである「PHV化」の効能である。
排気音すら楽しめるスポーティな性格と、しんと静まり返ったラグジュアリーな側面。両極端な性格を走行モードや状況によって瞬時に切り替えられるあたりが最新の「サイレント・スポーツカー」の真骨頂なのだろう。スペックで比べると新型はPHV化によって160kgほど重くなっているが、よりベントレーらしさが増しているという点で、これは歓迎すべき進化といえるだろう。
同じタイミングで試乗することができたロールス・ロイスとベントレー。2台はイギリスが誇る超高級車らしく、静かで力強く、ラグジュアリーで威厳に満ちていた。一連の形容こそ似通っているが、しかしその実態は今まで感じていた以上に異なるキャラクターの持ち主だということも理解できたのである。
それと同時に、20世紀の終わりごろの例えばロールス・ロイス・シルバースパーとベントレー・ターボRのようなほとんどのコンポーネンツを共有していた時代は、歴史ある各々のブランドにとって窮屈だったのではと思わずにいられなかった。
包容力か、ダイナミックさか?

独自の道を歩みはじめたことで、それぞれのブランドの個性が際立ったことは疑いようがない。その事実がロールス・ロイスならファントム、ベントレーならコンチネンタルGTといったブランドを代表するアイコニックなモデルの設えにもよく表れているのである。
ゴーストIIのスムーズなV12エンジンは、その滑らかで力強い特性故、将来的にこれが電気モーターに置き換わったとしても違和感がないように思える。そんな包容力の大きさをロールス・ロイスは持ち合わせているのだ。対するベントレーはV8エンジンのダイナミックなパワー特性と、EVの知的な走りを、シチュエーションに合わせて切り替えることで乗り手を楽しませてくれる。
エンジンとモーターがせめぎ合うハイブリッドな時代だからこそ、以前よりも原動力の仕組みに思いを巡らせながらクルマを楽しむ。それが今という時代なのだと思う。
REPORT/吉田拓生(Takuo YOSHIDA)
PHOTO/小林邦寿(Kunihisa KOBAYASHI)
MAGAZINE/GENROQ 2025年8月号
SPECIFICATIONS
ロールス・ロイス ゴースト・エクステンデッド・シリーズII
ボディサイズ:全長5715 全幅1998 全高1574mm
ホイールベース:3456mm
車両重量:2545kg
エンジンタイプ:V型12気筒DOHC
総排気量:6750cc
最高出力:420kW(571PS)/5000-6000rpm
最大トルク:850Nm(86.7kgm)/1600-4250rpm
トランスミッション:8速AT
駆動方式:AWD
サスペンション:前ダブルウィッシュボーン 後マルチリンク
ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク
0-100km/h加速:4.8秒
車両本体価格:4480万8040円から
ベントレー・フライングスパー・スピード
ボディサイズ:全長5316 全幅1998 全高1474mm
ホイールベース:3194mm
車両重量:2646kg
エンジンタイプ:V型8気筒DOHCツインターボ
総排気量:3996cc
最高出力:441kW(600PS)/6000rpm
最大トルク:800Nm(81.6kgm)/2000-4500rpm
モーター最高出力:140kW(190PS)
モーター最大トルク:450Nm(45.9kgm)
トランスミッション:8速DCT
駆動方式:AWD
サスペンション:前ダブルウィッシュボーン 後マルチリンク
ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク
0-100km/h加速:3.5秒
車両本体価格:3379万2000円
【オフィシャルウェブサイト】
ロールス・ロイス・モーター・カーズ
https://www.rolls-roycemotorcars.com/
【問い合わせ】
ベントレーコール
TEL 0120-97-7797
https://www.bentleymotors.jp/

