目黒製作所とは何者だったのか? 日本二輪界の知られざる巨人

2021年のMEGURO K3登場により、にわかに脚光を浴びた目黒製作所。しかし1950年代に全盛期を迎えたこの二輪メーカーの詳細な情報は驚くほど少ない。インターネット上でもメグロが製作したオートバイの変遷を体系的に知ることができる資料は皆無に等しい状況である。

『目黒製作所 創業100周年記念 「MEGURO 100」メグロとWとカワサキ、100年の物語』は、そんな空白を埋める貴重な一冊だ。本書では可能な限り純正に近い車両を撮影し、現在もメグロを愛用するマニアたちから丁寧に話を聞いている。

各モデルを年代順に並べると、当時のメグロが目指していたオートバイ像がおぼろげながら浮かび上がってくる。それは現代のK3やS1にも確実に受け継がれている思想なのだ。

メグロZ型の系譜:ロングストローク500シングルの魅力

目黒製作所の第一号マシンは1937年に誕生したOHV単気筒500ccのZ97型である。第二次大戦を挟んで戦後も生産が継続されたZ型は、1961年のZ7まで続き、全6モデル計1万台超が生産された。

既にマン島TTレースも開催され、二輪文化が盛んだった欧州のモデルを参考にスタートしたメグロZ型。しかし戦後の日本で独自の進化を遂げ、「メグロ」唯一無二の存在として異彩を放つことになる。

メグロがメグロたる所以――それは低圧縮と長いストローク、そして重たいフライホイールを持つ、かつての欧州の名門に倣った500cc単気筒のロングストロークエンジンにある。貴重なZ型のクランクの写真とともに、ロングストロークエンジンの魅力とメグロが秘める魅力の根源に迫っている。

ジュニアシリーズ:優雅で贅沢な実用250ccクラス

500ccでスタートしたメグロに250クラスが加わったのは1950年のことだ。すでに250ccが主流になりつつあったドイツやイタリアに倣い、「日本でも必ず大衆車が必要になる」として、国内でいち早く本格的な250の生産を始めたのもメグロだった。

その目論見は見事に的中し、「ジュニア」と名付けられた250モデルが、来たる1950年代のメグロ全盛期を背負っていくことになる。ジュニア第一号のJ型から、S型、別体エンジンの最終形S8、オートラック、カワサキメグロ時代のSGTやSGまで、系譜を完全に網羅している。

カワサキWへと続く二気筒への挑戦

メグロT型・K型から現代へ受け継がれた血統

1955年のT型から1964年まで続いたK型まで、メグロの2気筒シリーズはその需要のほとんどが白バイだったといわれている。来たる高速化時代を見据えたニューモデルではあったものの、二輪市場の主流は圧倒的に小中排気量が中心だった。

ユーザーニーズではなく「時代の要請」で誕生したメグロ最後のフラッグシップ――2気筒シリーズの系譜を本書では丁寧に辿っている。1955年登場の貴重なT1型セニアからK1型、カワサキメグロ時代を経てカワサキによるK2、そしてW1シリーズまでを網羅している内容だ。

エストレヤ:メグロと呼びたくなる逸材

発売当時、ほぼ全ての二輪ジャーナリストが「理解できなかった」エストレヤ。ゼファー400登場時も似たような状況だったが、ゼファーは4気筒でZ1というモチーフがあった。一方、エストレヤは時代錯誤のロングストロークシングル。そしてそのモチーフは――メグロだったのだ。

多くのユーザーも同様に疑問符を浮かべたというエストレヤだが、30年経った今、熱心なファンは「メグロ」として楽しんでいる。本書では「メグロファン」によるエストレヤの楽しみ方を紹介している。

現代に蘇るメグロ魂:K3とS1の誕生秘話

W650からK3へ:必然だったメグロ復活への布石

1999年、往年のWファンも湧き立つ「伝統の650ツイン」が再び登場した。1気筒あたり4バルブを配した新型のSOHCユニットエンジンは、カム駆動にベベルギアを採用した「ベベルタワー」に賛否両論、多くの話題を呼んだ。

しかし歴史を丁寧に振り返ると、この全く新しい2気筒エンジンにこそ、K3の誕生とメグロ復活の布石があったのだ。W650からW800、そしてモデルチェンジを果たした2代目W800からMEGURO K3まで、カワサキ開発陣への貴重な一万字インタビューを収録している。

MEGURO S1:Let the Good “SLOW-RIDES” Roll

レトロな雰囲気のオートバイでトコトコと走る。アップハンドルのおかげでポジションも疲れ知らず。ゆっくり走っても気持ちいいエンジンは、トラックの後ろについても苦にならない。

のびやかなエンジンフィールに身を任せ、野を超え山を越え、気づいたらずいぶん遠くまで来たものだ。その昔「Let the Good Times Roll」なんてカワサキのキャッチコピーがあったが、S1なら「Good SLOW-RIDES Roll」だろうか。

久しぶりに登場した250クラスの正統派。かつてのメグロをアップデートさせたS1は、いまも昔も変わらないオートバイが持つ優雅で贅沢な時間を我々に与えてくれる。新たなメグロ、S1の徹底紹介と開発インタビューも掲載されている。

現代に受け継がれるメグロの遺伝子

純国産大排気量オートバイメーカーとして先の大戦を乗り越えた目黒製作所。その栄光は長く続かなかったが、時代を見据え、時代に翻弄された「メグロ」の精神は確実に現代に受き継がれている。

創業者・村田延治氏のご家族が所有する貴重な写真で当時を振り返る「Meguro Being」をはじめ、総勢22人のメグロマニアに聞いた「メグロってどんなオートバイ? 」、そして目黒製作所の文化遺産を残す栃木県那須烏山市の取り組みまで、メグロを愛する人々の声が詰まった一冊となっている。

MEGURO K3とS1の登場により再び注目を集める目黒製作所。その100年の歴史を紐解くことで、現代のメグロが持つ真の価値が見えてくるはずだ。バイク愛好家にとって必読の書といえるだろう。

「メグロとWとカワサキを巡る100年の物語」

〈目次〉

■INTRODUCTION[芳醇]
■MEGURO BEING――写真で振り返る目黒製作所。
■主要登場モデル年表
■目黒製作所ヒストリー (1924-1964)
■特集MEGURO WIND
01『メグロZ型の系譜』ロングストローク500シングル。
02『ジュニアシリーズの系譜』優雅で贅沢な実用250。
03『二気筒への挑戦』メグロT型/K型からカワサキWへ。
04『ESTRELLA』メグロと呼びたくなる逸材。
05『W650→W800K3』必然だったメグロ復活への布石。
06『MEGURO S1』Let the Good “SLOW-RIDES” Roll.

■メグロ人――総勢22人のメグロマニアに聞く「メグロってどんなオートバイ?」
■column〈革新と迎合〉~メグロのホントのところ考。
■Photo Break――1957 Asama Racer “RZ型”
■メグロと那須烏山『目黒製作所の文化遺産を残す町』
■メグロが見えるカフェ――BATOWL CAFE(栃木・那珂川町)

「目黒製作所 創業100周年記念 「MEGURO 100」メグロとWとカワサキ、100年の物語』
2025年6月24日(火)全国書店および各オンラインストアから発売
定価3,630円(税込)