歴史から紐解くブランドの本質【MINI編】

MINIはいつからプレミアムコンパクトカーブランドになったのか?【歴史に見るブランドの本質 Vol.31】

1959年型のモーリス ミニ・マイナー。
1959年型のモーリス ミニ・マイナー。
自動車メーカーは単に商品を売るだけではなく、その歴史やブランドをクルマに載せて売っている。しかし、イメージを確固たるものにする道のりは決して容易ではない。本連載では各メーカーの歴史から、そのブランドを考察する。

MINIは車名なのかブランドなのか

1959年のオリジナル・ミニ「オースチン・セブン」のローンチプロモーション。
1959年のオリジナルMINI「オースチン・セブン」のローンチプロモーション。

この連載は自動車ブランドについて書いているのだが、最初にわき起こる疑問は、果たしてMINIはブランドなのか、というものだ。MINI、というよりADO15(オリジナルMINIの開発番号)は1959年にオースチンブランドとモーリスブランドで発売され、車名はオースチンが「セブン」、モーリスは「ミニ・マイナー」である。

セブンは戦前の小型車の車名を受け継いだもので、ミニ・マイナーはモーリスの主力小型車マイナーのさらに小型という意味である。海外市場では単にオースチン850/モーリス850と呼ばれた。つまり当初MINIは車名ですらなかったのだ。

しかしながら一般的な呼び方としてMINIが定着すると、1962年にオースチンも車名を変更し、「MINI」が車名となった。1969年、会社がブリティッシュ・レイランドとなると、オースチン/モーリスから離れて姓のない単なる「MINI」となり、MINIは車名なのかブランドなのか不明確になった。明確なブランドロゴは存在せず、カタログ等ではBLのロゴが使われており、ブランド化したわけではないようにも見える。

BMWが本格的にブランド化

その後、1980年に会社名がオースチンローバーとなるとオースチンMINIと姓が復活する。1988年、オースチンブランドが廃され会社名がローバーとなるとローバーMINIとなるが、ブランドであるはずのローバーバッジはつかなかった(日本仕様の一部のみローバーバッジが付けられた)。このようにMINIの表記や呼び方、ロゴやバッジには紆余曲折があり、MINIはブランドなのか単なる車名なのか曖昧なままADO15時代の最後まで推移した。

MINIを本格的にブランド化しようと企んだのが、1994年にローバーを買収したBMWである。BMWはアイコンとしてのMINIに着目し、ベーシックなコンパクトカーから、コンパクトながらプレミアム性とファッション性を持ったグローバルモデルに進化させることとしたのだ。オリジナルMINIはグローバル展開をするには小さすぎ、その人気はイギリスと日本を中心とした局所的なものだったので、世界的に通用するものとしようというわけだ。

2000年にBMWはローバーを手放すが、開発が進んでいた新型MINIは有望だったため手元に残したのだ。そして2002年にまったく新しいMINI、R50を誕生させた。この新MINIを発売するにあたり大きな問題が発生した。新型MINIはBMWとは全く異なるキャラクターと価格帯と顧客層ゆえ、BMWと併売するわけにはいかなかった、そのためMINI専用のディーラー網を構築せざるを得ず、MINIをブランドとして定義することにしたわけだ。

プレミアムな小型車として成功

1965年のモンテカルロラリーを走るMINIクーパーS。初優勝を遂げた昨年に続き連覇を成し遂げた。
1965年のモンテカルロラリーを走るMINIクーパーS。初優勝を遂げた昨年に続き連覇を成し遂げた。

BMWはローバー売却の際、トライアンフやライレーなどの歴史あるブランドも手元に残したが、それらを活用するのではなく、MINIそのものをブランドにすることを選択したのである。そして戦略的にまったく新しいブランドイメージ構築に乗り出す。世界的にはアメリカなどMINIの認知がほとんど無いエリアも多く、そうせざるを得なかったとも言える。

現在のMINIのブランドイメージは、オリジナルMINIのイメージは多少残しつつも、BMWが戦略的に構築したものなのである。しかしその戦略は成功し、小型車にもかかわらずプレミアムというユニークなブランドに成長したのである。

1962年に発表され、今でも最高のスポーツカーの1台として初期のロータスを代表するエラン。

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著者プロフィール

山崎 明 近影

山崎 明

1960年、東京・新橋生まれ。1984年慶應義塾大学経済学部卒業、同年電通入社。1989年スイスIMD MBA修了。…