内燃機関超基礎講座 | 中空構造のバルブ、生き続ける日本伝統の技術
- 2020/08/22
- Motor Fan illustrated編集部

日産GT-Rの心臓に採用されている三菱重工の傘中空バルブ。新技術と報道されることが多いが、その原点は日本が世界に誇る独自技術なのである。
PHOTO:小林康雄
話は1934年(昭和9年)に遡る。戦前、日本では航空機エンジンの開発に際し、排気バルブの破損が相次いだ。大出力の航空機エンジンは燃焼温度が高く、排気温度も高い。未経験の高温に、国産排気バルブはことごとく壊れた。これではエンジン開発などおぼつかない。冷却効率の高いバルブの開発・入手は急務であった。
そんな折、欧州駐在の三菱航空機(現在の同名社ではなく現・三菱重工)の技師が中空冷却排気弁(バルブ)の情報を持ち帰る。これは中空化したバルブ内部に低融点の冷却媒体を封入、摺動運動時のシェイキング効果で熱を傘部からバルブシート及びバルブガイドに高速で逃がそうというもので、バルブ破損とデトネーション防止に効果が見込まれた。この冷却媒体を金属ナトリウムとしたものが、現在のいわゆるナトリウム封入バルブである。

このバルブの開発・製造の成否は「いかに中空部を作るか?」だ。現在でも中空と称するバルブはポペット型に成形した後に軸端からガンドリル等で開孔、軸のみを中空とするのが常識的だが、同社では軸だけでなく傘部までの中空化を企図、鍛造一体成形とした。現在、その製法を継承・発展させている三菱重工の工作機械事業本部・傘中空バルブチームの森井宏和主席技師をして「信じ難い」と言わしめるほど、工程に手間ひまのかかるものである。だが、鍛造一体化はもうひとつの利点を生む。
一般に中実ポペットバルブは傘部の基となる金属丸棒と軸の基となる金属丸棒を溶接、傘部側の金属丸棒を加熱成形(アプセット鍛造)して傘部を形作る。このため傘部と軸の間に接合部が来る。これを傘側から開孔して中空化を企図した、さる欧州製バルブは傘部の栓も必要となるため、さらに接合部が増える結果となった。接合部が少ないほど信頼性は高まる。もとより軽量だから衝撃荷重も低い。すなわちバルブ由来のエンジン故障の可能性は極めて低くなる。
このバルブはピーク時には日本の航空機用排気バルブ総生産のシェア70%(他説では80~90%とも)を占めたが、その折に専門工場として設立されたのが、現在の三菱重工工作機械事業本部の京都工場だ。敗戦による占領軍の航空機開発禁止令や航空機のジェットエンジンへの移行などにより、これは「喪われた技術」と化したと思われていたのだが、自動車用としての開発が着々と進められ、現在に至っている。

自動車エンジンの燃焼ガスは1000°Cを超えると言われる。軸のみ中空のバルブでも軸の部分だけなら100°C以上の冷却が見込める。しかし、傘部はほとんど冷却できない。これに対し傘部まで中空なら、傘部を含む全体に対して100°C以上の冷却が見込める。この歴然とした冷却効果の差は、高効率化が進められ、ますますシリンダー内の燃焼温度の上昇が見込まれる自動車エンジンにとって、見逃せない点に違いない。
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