内燃機関超基礎講座 | 日本のエンジンはいかにして世界を圧倒してきたかトヨタ[3S-FE]マツダ[KJ-ZEM]三菱[4G93]
- 2020/09/15
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牧野 茂雄
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エンジン開発というフィールドで日本の自動車メーカーが果たしてきた役割は大きい。その姿をひとことで表現するなら「効率追求と大衆化」だろう。欧米がやらなかったことを日本はやり、高性能エンジンを「当たり前のエンジン」にしていった。
TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)
日本国内の自動車(四輪車)年産台数が初めて1000万台を超えたのは1980年だった。79年に起きた第2次オイルショックは世界経済に影響を与えたが、日本はまるで柔道の「受け身」のようにその影響をうまくいなし、経済成長路線を中断させずに済んだ。この、対オイルショック「肩すかし」的な身のこなしが、80年代を駆け抜けるうえでの基礎体力になっていったような気がする。
驚くことに、80年代前半の日本は自動車文化が一気に花開いたかのような新型車ラッシュだった。なかでも高性能スポーティカーは大豊作であり、81年はいすゞ・ピアッツァ、トヨタ・ソアラ、82年は日本初DOHCターボ搭載のトヨタ・セリカやマツダ・コスモ・ロータリーターボ、83年はホンダ・バラードスポーツCR-Xなど、いまでも語り継がれているモデルが3年間で勢揃いした。
これだけの開発力を日系メーカーが持っているということは当然、欧米に危機感を与える。折しも米国ではオイルショック以降、小型小排気量で燃費の良い日本車が売れ、やがて日本は政治決着として対米乗用車輸出自主規制を実施する。「来年は何万台、そちらに輸出します」といちいちお伺いを立てたのである。当然、いままで売れていた台数に対して不足が派生するが、これを穴埋めするために各社が北米に工場進出し、米国の雇用促進に一役買うという事態になった。そして、85年の「プラザ合意」で円高ドル安への誘導が始まり、日本はいっそう、海外での自動車生産に切り替えていかなければならなくなった。
そんなころ、トヨタが3S-FE型エンジンを世に送り出した。コンパクトな燃焼室にするためバルブ挟み角は小さくなり、バルブは直立したような配置だった。当然、吸/排気カムシャフトの間隔が詰まり、吸気用と排気用のカム・スプロケットが横に並ばない。そこで片側だけクランク軸で駆動し、もう一方はシザーズギヤで動力をもらうという仕組みだった。このエンジンはカムリ/ビスタにまず搭載された。
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この当時の欧州では、DOHC4バルブといえば「貴族」のようなエンジンだった。平民はSOHC2バルブを使え、と。DOHC4バルブ搭載車の車両価格は当然高く、平民は買えない。ところがトヨタの3S-FEはDOHC4バルブを大衆料金で提供する価格破壊エンジンだった。新聞記者になりたてだった私は、欧州メーカーの人に会うたびに「なぜ、オタクにはDOHC4バルブの安いエンジンがないのか?」と聞きまくったが、いろいろと理由を並べるものの、日本のエンジンなど相手にしていないという感じだった。
当時、ダイムラー・ベンツの技術担当役員はこんなことを言っていた。
「自動車にはふたつの種類しかない。メルセデス・ベンツか、それ以外か」
これほど高飛車な発言は、いまではとてもできないだろうが、たしかにダイムラー・ベンツの技術と、その背景にある自動車哲学のようなものは素晴らしかった。私も彼らに洗脳されかかったが、すんでの所で自分から目が覚めて救われた(鼻持ちならなかったのだ!)。しかし、当のダイムラー・ベンツも、BMWも、いまや欧州最大のVW(フォルクスワーゲン)も「80年代前半の日本からは相当な衝撃を受けた」と、あとになって白状している。そして、ドイツ勢と日本は交流を活発化させ、やがていくつかの提携に結び付く。
驚くべきはGMだ。トヨタと同じ時期に狭角4バルブを開発していた。そして3S-FE登場の翌年、横置きFF用の直4ユニットとして「クアッド4」が登場する。1件10億ドルの研究をいとも簡単に「お蔵入り」にするのがこのころのGMであり、日本の自動車メーカーはGMから相当な恩恵を受けている(割愛)。いずれにしても、3S-FEが見せたコンパクトな燃焼室は現在の多くのエンジンが採用している。当然、DOHC狭角4バルブである。あとあとの世の中に与えたインパクトの大きさから考えると、ひょっとしたら日本発最大の大衆化技術だったかもしれない。
3S-FE登場の前年、85年にトヨタは、直6ツインターボの1G-GTEUを市販した。これも欧州勢にしてみれば許せないエンジンだった。あるドイツ人は「10万マルク取れるエンジンをジャップは半値以下にした」と私に語ったが、残業も気にせず、土曜日も仕事、夏休みはたった5日間という日本は、年のうち3分の1以上を遊んでいる欧州企業のエンジニアたちのハナをあかしたのだ。
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つぎに世界が驚くのは93年。バブル崩壊ですっかり緊縮財政になりつつあった日本で、マツダがミラーサイクル・エンジン・KJ-ZEMを実用化したときである。いま、多くのエンジンが「遅閉じミラーで燃費を狙っています」と言えるのは、このエンジンがあったからにほかならない。マツダは、ホンダがVTECで道を開いたバルブイベント可変という手段に別の考え方を合体させた。
ホンダは最新のHEVエンジンでVTEC&電動カム位相可変機構によるアトキンソン・サイクルをやっている。この事実も、KJ-ZEM型の偉大さを物語るものだと私は思っている。ただ、トヨタ3S-FEが商業的にも大成功を収めたのとは対照的に、マツダKJ-ZEMは一部の玄人が注目しただけだった。
余談だが、ミラーサイクル・エンジン実用化の父であり、まだマツダの課長だった畑村耕一博士に、KJ-ZEM登場直後、私が長時間のインタビューを行なったテープがまだ拙宅には残っている。畑村博士もまた、世界的に有名になったが、仰っていることが昔からずっとブレてしないのはさすがである。
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そして、私は日本のエンジンの3大トピックスと考える3つめは、三菱自動車が96年以降、順次市販車に搭載していったガソリン直噴リーンバーン・エンジンである。お世辞にもドライバビリティが良かったとは言えないし、希薄燃焼している領域は非常に狭かった。しかし、ガソリン直噴という技術が、いまの世の中でどのような地位を得ているかを考えれば、讃えずにはいられない。
じつはいま、再びリーンバーンが注目されている。欧州のエンジニアリング会社は、次の手段としていくつかの自動車メーカーに提案しているし、自動車メーカー自身も研究を行なっている。NOx(窒素酸化物)を取り切れないことが90年代の三菱GDIにとって最大の欠点だったが、現在は後処理装置がある。欧州のエンジニア諸氏は「AdBlue(尿素)を使って後からNOxを取ればいい。技術的には、チャレンジしないほうがおかしい」と私に言った。
97年に登場し、世界をあっと言わせたトヨタ・プリウスは、純粋な内燃機関パワートレーンではないから、私の「3つのエポック」からはこぼれる。しかし、インパクトの大きさはすさまじかったことを記しておく。
チャレンジの80年代、力ずくのバブル期、思案の90年代後半̶̶私はこう呼んでいる。挑戦者は遠慮などしない。だから80年代に日本の自動車産業は開花した。その勢いと潤沢な資金で、バブル期には力ずくの戦いで勝利を重ねて行った。しかし、資金が底をつくと一気に貧乏カゼをひき、きょう外に出掛けるかどうかも思案するようになった。この貧乏カゼはリーマンショックでぶり返し、やっと昨年末あたりから動けるようになった……という感じだ。
良くて、安くて、叱られる。
なにかと日本製品や日本の政治・産業は因縁をつけられる。しかし、それをのらりくらりとかわし、ほとぼりが冷めるころにはふたたび世界が「アッ!」と驚くモノを考えている。それが日本なのだ。次の世代を担うエンジニア諸氏も、先達が世界に振り撒いたサプライズを再現していただきたいと願っている。
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