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内燃機関超基礎講座 | 自動車由来のNOxは劇的に減った——CO2削減でも自動車は優等生

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慶応義塾大学・飯田訓正教授(取材当時)

慶應義塾大学理工学部に飯田教授を訪ね、NOxについて「講義」をしていただいた。エンジンの燃焼研究に長年携わってこられた飯田教授はこう語った。「環境基準でNOxが規制されていますが、問題なのはオゾンです。オゾンで確認しなければなりません」
TEXT&PORTRAIT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)
*本記事は2016年2月に執筆したものです

MFi:自動車から排出されるNOxがO3(オゾン)や自然界にはないような酸化物、いわゆる光化学オキシダントを発生させて人体に被害をもたらすと言われています。その引き金になるのが紫外線なのですね。

飯田:NOがNO2になり、ここにO2が加わってNOとO3になり、このO3がNOを強力な酸化能力を持つNO2に変えます。このループをまわすのが紫外線であり、O3がどんどん増えていくのです。NO2が紫外線を浴びた1〜2時間後にはどんどんO3が増えます。そのO3がふたたびNOをNO2に変え、もう一方ではホルムアルデヒドを生成します。O3がNOを食べてNO2に変え、そこにHCがあればこれを酸化させてアルデヒド類や毒性と刺激性をもつペルオキシアシルナイトレート(PAN)を作るのです。

MFi:NOxの中で動物の体に悪影響を及ぼすのはNO2ですか?

飯田:そうです。窒素分子ひとつに酸素分子が2つ結合していますが、この結合が切れて不対電子を持ったO2ラジカルになりやすい。O2ラジカルは反応性があるのでO2とくっ付いてO3になりやすいのです。O3=オゾンというと、森林浴みたいで気持ちよさそうに聞こえるかもしれませんが、じつは大量に吸い込むと肺がやられますから、これを守るため気管支が収縮し、外で運動していた子供たちが倒れるという事件が起きるわけです。繰り返し摂取しているとぜんそくの引き金になったり肺がんの原因にもなり得ます。

MFi:O3生成には紫外線の助けが必要で、だから日没とともに反応は止まるわけですね。雨や曇りの日にも光化学オキシダントは発生しないということですか。

飯田:そのとおりです。発生の仕組みは、すでに1952年に解明されました。ロサンゼルスのような大都市で光化学スモッグが多発し、その原因物質が何なのかを調査していく過程で、光化学オキシダントの発生時間帯が注目されたのです。ロサンゼルスの郊外にはナパバレーがあって、海からの風が山にぶつかって市街へ戻って来るのです。海風と山風の間に挟まれて市街から離れていかないのです。

■ 速度区分によって排出係数を決定しており広域での排出量の推計には有効
■ 同じ速度でも瞬時の排出係数を考えるとばらつきが大きく沿道局所でも排出量推計には適さない
2002年5月1日~2003年4月26日13回分走行データ点数:124155点(0.5秒間隔)

排出量推計モデル

MFi:その18年後の1970年に東京の杉並区で運動中の生徒が倒れるという立正高校事件が起きました。あのときも東京湾の風が注目されました。いくつかの条件が重なって光化学オキシダントの被害は発生するわけですね。

飯田:当時は原因物質の発生源である自動車が局所的に大量に存在し、それぞれがNOxを排出するから問題なのであって、人のいない場所で数台のクルマが走るのであれば何も問題は起きません。同時に、地球上に何万トンあるから問題だということでもありません。グローバルな汚染ではないのです。風が吹いて海上に運んでしまえば、そこで消滅します。地球規模で影響が出るのはCO2やメタンのような温室効果ガスです。ですから地球規模か地域限定か、あるいは直接的に人体への影響があるか、分けて考えないといけません。それと、NOxがいろいろ言われていますが、NOxが大量に排出されてもO3を作らなければ人間が直接吸い込む影響だけです。もっとも、直接の吸引は害がありますが、NOx濃度を監視するよりもO3を監視すべきです。

MFi:大気中で光化学オキシダントになると汚染は拡散されますか?

飯田:拡散と言うより汚染物質の発生源から離れた場所で光化学オキシダントになります。たとえば東京で排出されたNOxが風で流され、その間に紫外線を浴びると、熊谷や前橋、あるいは厚木など東京23区をドーナツ状に取り囲むエリアで被害がもたらされます。どこで被害をもたらすかは風向きと日照で変わります。ガソリン自動車は、NOx削減では優等生であり、排出量が減っています。局所的に発生するNOxの濃度は下がる傾向にあります。そのため夕方の日没前に被害が出ることもあります。どのようなケースで考えても、まずはNOx排出量を減らすことが大事です。


2010年(平成22年)NOx排出量割合。6年前のデータでは移動体からのNOx排出総量は年間約64万トンだった。保有台数比で見るとガソリン車1台の寄与率がいかに低いかがよくわかる。ディーゼル貨物車(トラック)は大型が多いため寄与率は大きいが、排出量は確実に減少している。その分、特殊自動車の寄与率は相対的に増えつつある。

MFi:たとえば日本と中国の距離でNOxが越境汚染をもたらすことはありますか?

飯田:実際に日本まで飛んできていますよ。PM2.5だけではないのです。一方、日本の道路を走っているガソリン車から出たNOxは2010年の段階で移動発生源由来のNOxのうち15%程度です(グラフ参照)。CO2発生では55%を占めますがNOxでは優等生です。それよりも2500万台あるディーゼル商用車です。この寄与率は55%です。さらに言えば、普通貨物ディーゼル車と同等以上の量のNOx排出を特殊自動車が占めています。

MFi:建設機械、産業機械、農業機械ですね。自動車に比べると排出規制は極めて緩く、なぜここを重点的に対策させないのか不思議です。

飯田:最近はガソリン直噴エンジンのPMが問題にされますが、PMにしてもディーゼル車はDPFを装備するようになって劇的に改善されましたし、ガソリン直噴エンジンはまだ日本では数が少ないので大騒ぎする必要はありません。それよりも、本気でNOx発生量を減らすのであれば特殊自動車です。

MFi:ディーゼル大型車のポスト新長期規制は効果を期待できますか?

飯田:ポスト新長期規制適合車への代替が進めば、平成33年度の自動車NOx排出量は26年度の半分になります。ディフィートも禁止されていますから、もう規制強化は要らないレベルです。車両単体でのNOx排出をこれ以上減らすには莫大なコストがかかる。移動発生源である自動車排出が減るなかで、今後は固定発生源も含めた総合的な対策の段階に入ったといえます。

MFi:では今後、ディーゼル大型車はどんな対策をすれば良いでしょうか。

飯田:排気触媒システムの予期せぬ故障により生じてしまうNOxとPMを対策すべきです。1台の故障で何十台分も排出されます。ODB(オンボード・ダイアグノーシス)の自己診断機能にコストを回すべきです。次の論点はここだと思います。

MFi:世界的に大型ディーゼル車のODB規制はまだ進んでいませんね。

飯田:まだ排出ガスを浄化することで手一杯なのです。ODBは排出ガス値が下がって後処理装置の耐久性が備わってからの着手です。そのためのセンサーも必要です。しかし、ここにお金をかける価値は十分にあります。

飯田訓正:慶應義塾大学 理工学部 システムデザイン工学科 教授 (Professor Dr.Norimasa IIDA Keio University)[肩書は取材当時]

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