電力使用とCO2排出量の算出法(電気の不思議)[畑村耕一博士の年頭所感2022]

(PHOTO:Yusuke Hatanaka, Wikimedia Commons)
電気は使用してもその場ではCO2は排出されないが、発電所でCO2が排出されている。そのため、電気の使用に伴うCO2排出量は、一般的に発電所での1kWhあたりのCO2排出量、すなわち「CO2排出係数」を求めておき、電気の使用量をかけ算することで算定する。しかし、電気には色がついてないためどの発電所の電気か判別できないので、電源平均係数とマージナル電源係数の二つが混乱して使われている。
TEXT:畑村耕一(Dr.HATAMURA Koichi)

2-1 二つのCO2排出係数:「電気の不思議」

 様々な発電所が発電している場合のCO2排出量を左図に模式的に示すと、燃料を燃やす火力発電所からほとんどのCO2を排出している。ここで省エネ(本報では省電力を指す)活動によって系統電力需要を減少させた場合のCO2排出量の削減効果を考えよう。電源平均係数というのは、稼働している全電源のCO2の総排出量を総発電量で割り算した値で、単純で分り易いので、電気機器のCO2排出量(状態の把握)を求めるときに一般的に使われている。しかし、電力需要の減少分に電源平均の排出係数を掛けると、下図のようにそれぞれの発電所が同じ割合で発電量を減少した場合のCO2排出量の削減効果が算出される。

発電構成と電源平均係数によるCO2排出量
(出典:“Japanese Gas Industry and Its Efforts in Reducing CO2 Emission”, Japan Gas Association, COP10 in 2004)

 すなわち、電力需要が増減する場合に、火力発電、原子力発電、水力や再エネ発電など全ての電源が同じ比率で発電量を増減させるという想定になる。経済合理性から、すべての電源の発電量を同率で増減させることは考えられないので、これは明らかに実態とは異なる。

 実際は、運転コストが高い火力発電が発電量を減少するので、図に示すように、火力発電のCO2排出量が減少する。運転コストが小さい水力、原子力、風力は需要が減少しても発電量を減少することはない。その結果、実際のCO2排出量の減少量は火力発電(マージナル電源)の排出係数を使って算出した値になり、電源平均で算出した値より大幅に大きくなる。ここでは火力発電の中でどの発電形態がマージナル電源になるかは、条件によって大きく代わるので、言及しない。

発電構成とマージナル電源係数によるCO2排出量
(出典:“Japanese Gas Industry and Its Efforts in Reducing CO2 Emission”, Japan Gas Association, COP10 in 2004)

 マージナル電源は分かりにくいので、以下に詳しく説明する。短期的には、電力需要が増加する場合は運転コストの安い発電から発電を開始・増加していく。需要が減少する場合は運転コストが高い発電から発電量を減少・停止する。その結果、図に示すように電力需要の大きさによって運転する発電所が決まってくる(メリットオーダーと呼ぶ)。低需要(L)では再エネと原子力発電が稼働し、中需要(M)では石炭火力が加わる。高需要(H)ではガス火力が加わる。一般的に原子力は発電量を調整できないので、Lでは再エネ発電が抑制され、電力需要の増減は再エネの抑制量で調整する。Mでは石炭が、Hではガスが調整電源になる。

電力需要に応じた発電所の稼働制御
(出典:“Estimating the marginal carbon intensity of electricity with machine learning“, electricityMap

 ここでは、調整電源のうち需要が増減しても総発電量が変わらない電源を除いて「マージナル電源」と定義する。その発電所からのCO2排出量を発電量で割り算した値をマ-ジナル電源係数と呼び、需要変動に伴うCO2排出量の変動量の算出(活動の評価)に使われる。将来的にカーボンプライシングが高くなると、石炭とガスのメリットオーダーが逆転してマージナル電源が代わる場合がある。実際にはメリットオーダーだけでなく、電源の稼働特性や政策上の位置づけ、さらに長期的には発電所の新増設・廃棄なども含めてマージナル電源が決まる。

 マージナル電源の特定が難しいことから、計算が簡単な電源平均のCO2排出係数を使う排出量計算が政策評価のために使われているが、再エネが普及してくると実際の排出量とは大きな乖離が生まれるので、マージナル電源を推定してより実際に近いCO2排出量を求める方法の確立が望まれる。

 電力広域的運用推進機関がまとめた2015年の全国の電源構成の計算結果の一例を下図に示す。再エネが増加した場合を想定して、筆者が再エネを負の方向に追加した。電力需要に対して、下からメリットオーダーで稼働している電源を並べたもので、特別の制約がなければ、各時間帯で最も上位にある電源が短期的マージナル電源に相当する。

1日の電源構成とメリットオーダー(出典:電力広域的運営推進機関資料)

 このような図を、①月別代表日、②平日/休日、③天候別(晴れ/曇り/雨)に各電力系統別、年代別に予測して作成しておけば、将来のある日時における電力消費のマージナル電源を推定することが可能になる。それを利用すれば、CO2排出量が少ない時間帯にBEVの充電時間を誘導することもできる。例えば、再エネ抑制の時間帯はカーボンユートラルになり、最新のガス火力MACCの時間帯はCO2排出量が少ない。

 一方、水力発電(揚水発電を含む)は調整電力として有効に利用されているが、一般的にマージナル電源には含まれない。水力発電の電力を利用するとダムの水位が低下するので、それを補うために電力需要が少ない時間帯の発電を抑制している。電力抑制分は火力発電が発電量を増加して補うので、間接的にマージナル電源は火力発電になる。水力の年間の総発電量が需要ではなく降雨量で決まるためだ。各種発電形式と発電量の変動要因を下表にまとめた。

発電方式短期的発電量長期的発電量
原子力稼働時間は定期点検の頻度と長さで決まる安全性の評価による再稼働と新設の認可で決まる
水力年間の発電量は降雨量・降雪量で決まる環境保全の制約からほぼ新設の予定はない
太陽光
風力
自然に任せた発電が最大限行われる
* 再エネ抑制時は需要に応じて抑制量を制御する
設置場所の制約の中で最大限の建設をする
火力電力需要の増減に合わせて発電量を調整する電力需要の増減に合わせて建設・廃棄が決まる
各種発電形式と発電量の変動要因(電気自動車
(電気自動車[EV]のカーボンニュートラル走行を実現するための条件、畑村耕一、SAE春季大会2018)

 表から分かるように、電力需要に応じて発電量が変化するのは短期的にも長期的にも火力発電だ。すなわちマージナル電源は火力発電だということ。これは日本の場合を想定しているが、一部の国(ノルウェー、スウェーデン、フランス)を除いて、火力発電がたくさん稼働している世界中のほとんどの国において,火力発電がマージナル電源になるのは日本と変わらない.

 身近な例として、電気ヒーターと石油ファンヒーター(室内に排気を出さないFF式)の2030年を想定した電源平均とマージナル電源の排出係数を使った場合のCO2排出量について考える。

 下図に示すように、それぞれのヒーターを1kWで1時間使う場合のCO2排出量はそれぞれ0.25kgと0.37kgで、電気の方が少ない。一方、電気ヒーターを1時間止めた場合は、火力発電が発電量を減少するのでCO2排出量の減少量は0.60kgになる。これは、電気ヒーターを止めて代わりに石油ファンヒーターを使うという活動で、1時間当たり0.23kgのCO2排出量が減少することを意味している。「状態の把握」の0.25kgと「活動の評価」の0.60kgはともに正しい値であるが、電気ヒーターが排出している量と止めた場合に減少する量が異なるという「電気の不思議」としか言えない現象が起こる。

電気の不思議:2つのCO2排出係数
(BEVのCO2排出量の算出方法と自動車のカーボンニュートラル走行畑村耕一、JSAEシンポジウム2021)

 そのため、「状態の把握」と「活動の評価」によってCO2排出係数を使い分けることがCO2排出量を適切に評価するためには必須である。つまり、省エネなどで電力消費が減少した場合のCO2排出量減少効果の算出や、BEVとHEVほかのパワートレインを普及させる場合のCO2排出量の比較のような政策の評価には、電源平均ではなく、マージナル電源の排出係数を使う必要があることを示している。

2-2 電源平均とマージナル電源のCO2排出係数の実際

 次に、二つの排出係数の大きさの違いについて考えよう。BEVとHEVとどちらを普及する方がCO2排出量の削減効果が大きいかといったような「活動の評価」に、誤って電源平均の排出係数を使った場合の問題の大きさを示す。

 地球温暖化対策推進法に基づき策定される国の地球温暖化対策計画では、CO2排出係数として、下表に示す2013年実績と2030年想定の全電源の平均係数と火力発電(マージナル電源)の平均係数が用いられており、再生可能エネルギーとコージェネレーションの導入によるCO2排出量削減効果の算出には火力平均係数が用いられている。2013年は原子力発電の多くが停止していたこともあり、両者の乖離は大きくないが、再エネが増加する2030年想定値では2倍以上の乖離があり、どちらの係数を用いるかによって評価が大きく異なることがわかる。なお、この値は燃料の採掘・輸送・精製などの間接費を含んでいないので、Well to Wheelの計算に使う場合は+20%前後の補正が必要である。

Emission factorAverageThermal power
2013 actual value0.57 kg/kWh0.65 kg/kWh
2030 assumed value0.25 kg/kWh0.60 kg/kWh
* Without indirect emissions from fuel mining, transportation, refining, etc.
電源平均と火力(マージナル電源)平均のCO2排出係数(出典:国の地球温暖化対策計画)

 マージナル電源を特定するには、非常に複雑な電力構成のシミュレーションをして、活動に伴う電力需要がある場合とない場合の発電形態別の発電量の違いを明らかにする必要がある。2019年以降LCA評価に注目が集まり、欧米ではシミュレーション結果として電源平均とマージナル電源の排出係数が大きく異なることを示す論文がいくつか公開されている。再エネ割合が増えると電源平均の係数は減少するが、再エネはマージナル電源になる機会が限られていることが、乖離の大きな原因である。

 2010から2019年の米国での電力需要と供給の大量のデータを処理して、電源平均とマージナル電源のCO2排出係数を求めた報告書が米国の国立研究所PNNLから公開されている。この期間に発電の主力が石炭からガスに変化してきたので、電源平均の排出係数は28%低下したが、石炭がマージナル電源になる場合が増加したため、マージナル電源の係数は7%増加し、電源平均の0.39 kg/kWhに対して、マージナル電源は0.56kg/kWhと1.4倍になったとしている。

 ミュンヘンにあるエネルギー経済研究所が、複雑な電源構成のシミュレーションによって、ドイツにおける2020~2050年の排出係数を予測し、下図に示すように電源平均とマージナル電源の排出係数の違いを明らかにしている。再エネの大量導入によって電源平均の係数は2040年に向けて急激に減少するが、マージナル電源の係数の減少は小さく、2倍以下だった乖離が2050年には4倍を超えることが予測されている。

Without indirect emissions from fuel mining, transportation, refining, etc.
ドイツの電源平均とマージナル電源の排出係数の予測
(出典:FfE “Hourly CO2 Emission Factors and Marginal Costs of Energy Carriers in Future Multi-Energy Systems”)

 マージナル電源を客観的に特定するのは難しいが、時間毎に電源構成をメリットオーダーで並べるとおよその推定は可能で、ほとんどの場合ガスまたは石炭の火力発電になる。特定が難しいという理由で電力需要の増減によるCO2排出量の変化を電源平均の排出係数で算出するのは、現実との乖離が大きいため政策判断を誤る危険性が高い。日本やドイツほか火力発電が相当数残る国では、2030年頃までのマージナル電源として火力発電平均のCO2排出係数を使って政策決定に利用するのが現実的である。

 ここまでは、発電所の運転に関わる短期的マージナル電源について紹介したが、パワートレインの普及の影響のような長期的な問題は、発電設備の建設・廃棄を含めた長期的マージナル電源についても考慮する必要がある。長期的マージナル電源は電源政策の影響が大きく、不確定要素が多いので、特定がたいへん難しい。ただし、電源政策を仮定すればその推定は可能だ。

電源政策と長期的マージナル電源(HERO作成)

 例えば、英国のように電力需要の増加に対して発電量が不足する場合は原子力発電を増設するという政策を取る国では、長期的マージナル電源は原子力発電になって、BEVの普及のような電力需要増加分はカーボンニュートラルになる。一方、ドイツのように石炭火力を廃止していく政策を取る国では、電力需要の増加は石炭火力の廃止速度を緩めるため、長期的マージナル電源は石炭火力になって、2030年の排出係数は電源平均の3.5倍、火力平均の1.5倍程度に増加する。BEVは確実にHEVよりCO2排出量が多い結果になる。

 以上のように、電源系統に火力発電が相当数残っている状態では、火力発電がマージナル電源になる。特に石炭火力の排出係数が大きいので、政策的には最初に石炭火力を廃止、続いてガス火力を減少していく。その道筋を付けてからBEVを本格的に普及させるのが、効果的なCO2排出量の削減を実現する政策になるだろう。順番を間違えてはならない。

2-3 ICCTの報告書Aとネット記事Cに関する考察

 二つのCO2排出係数への理解が深まったところで、第1章の報告書Aの問題点について説明する。この報告書では、欧州で販売されるBEVとHEVのCO2排出量の比較も示されている。

ICCTが発表した世界のBEVとHEVのCO2排出量のLCA評価
(出典:ICCT “A GLOBAL COMPARISON OF THE LIFE-CYCLE GREEN HOUSE GAS EMISSIONS OF COMBUSTION”)

 その中で、2021年に販売されるクルマは廃車になるまでの期間(2021-2038年)のEU全体の電源平均の排出係数の0.20kg/kWhを使ってCO2排出量を算出している。従来より一歩進んだ評価であるが、活動の評価に電源平均を使っているので実際と大きく異なる評価をしていることになる。電源平均とマージナル電源の排出係数の予測の図から分かるように、将来の電源平均の排出係数とマージナル電源の係数との乖離が再エネの導入によって大幅に拡大するためだ。

 マージナル電源の係数が予測で示されているドイツで販売されるクルマについて、実際に近いCO2排出量について考えてみる。図よりこの期間平均のマージナル電源の排出係数は0.46kg/kWhになるので、電源平均の2.3倍の排出量になる。さらに、燃料の採掘・輸送・精製などの間接費20%を加えた値を図中に追加した。BEVとHEVのどちらを普及すべきかという活動の評価には、この値を使う必要がある。結果、BEVの排出量はHEVに近くなる。電源のCO2排出係数については将来の係数減少効果を見込んでいるが、ガソリンについては、e-Fuelは2040年までは普及しないと仮定されているほか、バイオ燃料の割合の増加が見込まれていない。その他、クルマの燃費/電費などの数値の設定に、様々な仮定が設けられているので、この結果から、BEVとHEVのCO2排出量の優劣を付けるのは乱暴だろう。

 記事Cに戻ると、「マージナル電源」の考え方を否定するために、4つの論理を述べている。それぞれの主張と疑問点について解説する。欧州のCO2排出量の考え方と算出法には重大な見落としまたは偏見が潜んでいると言わざるを得ない。

① 発電に伴うCO2排出量には上限(CAP)が設定されているので、CO2取引制度が働いて調整されるので、電力需要が追加されても総排出量は増加しない。
⇒ BEVが排出するCO2をゼロカウントする根拠になっている考え方であるが、+1.5℃に抑えるためにあらゆる技術と方法の適用を模索している現状では、適切な考え方とは言えない。無理やりゼロカウントを正当化するための非合理的な論理である。電力需要を削減すればCO2排出量が減少するのは自明の事実であり、電力需要が増加しても総排出量が上限で収まるというのは、上限の目標が甘すぎることを意味している。上限が厳し場合は、電力業業界はBEVの普及に反対するはずだが、現状は普及促進に熱心だ。
② 太陽光と風力の発電量は着実に増加しており、2030年までの増加量はBEVを充電しても余りある量になる。
⇒ 本来、再エネはCO2排出量の削減のために導入を急いでいるはずなので、再エネで増加した電力は火力発電の減少に利用すべきだ。総電力の2%程度のBEVの充電需要の増加が再エネ設備を増加するとは考えにくいので、充電需要分は火力発電の発電量が増加する。再エネを抑制している時間帯以外は、BEVを充電しても再エネ発電が増えるわけではない。
③ BEVの充電需要は再エネ発電が多い時間帯に誘導できるので、充電によるCO2排出量の増加は極めて少ない。
⇒ 再エネ発電が多い時間帯でも、余剰電力が発生しいていない時間帯は火力発電がマージナル電源なので、この考え方は成り立たない。マージナル電源の考え方が理解されていないか、意図的に無視されている。
④ マージナル電源の考え方を適用すると、BEVの充電以外の他の電力消費にも適用しなくてはならなくなる。マージナル電源係数を使う追加需要が定着して(現存する需要)いつから電源平均係数を使うのを決めるのは不可能だ。
⇒ 二つの係数は「現存需要」か「追加需要」で使い分けるものではなく、CO2排出量を算出する目的が「状態把握」か「活動の評価」によって使い分けるべきだ。ここでもマージナル電源の考え方が理解されていない。

 最後の結論は、「再エネを直接利用できる電化は脱炭素化のための切り札であり、マージナル電源のような議論に惑わされてはいけない。政策立案者はヒートポンプとBEVを今すぐ普及させることで気候変動対策に貢献できる」とある。読者の皆様はどう思いますか。

もっと深く知りたい方は、英文ではあるが以下の原文を参照されたい。

報告書A:https://theicct.org/sites/default/files/publications/Global-LCA-passenger-cars-jul2021_0.pdf
ネット記事C:https://www.energymonitor.ai/tech/electrification/electrification-using-more-to-emit-less

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