目次
慣性加振力
■一次振動
一次振動とは、ピストンの上下動に伴ってエンジン回転と同期して出てくる振動のことを言う。単気筒エンジンや360°クランク(ふたつのピストンが同時に上下運動するタイプ)の直列2気筒エンジンではこの一次振動が発生する。直列4気筒などではピストン同士で振動を打ち消すので一次振動は発生しない。
■二次振動
直列4気筒エンジンでは#1と#4のシリンダーが同時に上下運動し、#2と#3シリンダーは180°位相を変えて上下運動する。従って直列4気筒では一次振動は打ち消される。その一方でエンジン回転の2倍の速度で発生する二次慣性力は4気筒とも同方向(ピストンが上下運動する方向)に働くので、この力が加振力となってエンジンを上下に激しく振動させる。
■3次以上の振動
エンジンで問題になる振動は加振力が大きい一次振動と二次振動である。一次→二次→三次と次数が上がるに連れて急速に加振力は下がっていく。三次以上の振動では加振力が小さいので発生してもエンジンを実質的に振動させるまでに至らず、問題になることはほとんどない。
慣性偶力
偶力は重心を中心としてエンジンをすりこぎ運動させようとする力のことを言う。慣性偶力には
・ 上下に揺らせる(X軸周り=クランク軸と直角方向)ピッチング
・ 回転方向に揺らせる(Y軸周り=クランク軸方向)ローリング
・ 左右に揺らせる(Z軸周り=鉛直方向)ヨーイング
の3種類がある。慣性加振力がエンジン全体を動かそうとする力であるのに対して、慣性偶力はエンジンの重心を中心に回そうとする力であり、ピストンやコンロッドの上下運動のアンバランスで発生する。
慣性偶力は直列偶数気筒エンジンでは発生しない。V型エンジンでは左右バンクの気筒がオフセットしているために重心を中心に回転させようとする偶力が発生する。慣性偶力が問題になるのは以下の気筒配列である。
● 直列3気筒:ピッチング(一次と二次)
● 90°V6:ピッチングとローリング(一次と二次)
● 60°V6:ピッチングとヨーイング(二次)
動弁系による慣性偶力
ピストン、コンロッドの往復運動によるものではないが、直列6気筒エンジンでは動弁系の上下運動による1.5次慣性偶力が発生する。
■直列2気筒
(1)360度クランク
360°クランクでは等間隔の燃焼のため点火間隔による不整振動はないが、単気筒と同様な上下の一次振動が出る。2輪車ではこの上下振動を緩和するためにクランクシャフトのバランスをオーバーバランスにして上下振動を減らし、左右振動に振り向ける。人間は上下振動をより不快に感じるのでこのような方策を用いる。
実際にはバランス率100%までにはせず、70%~80%程度にして上下と左右振動のバランスを取っている。上下一次振動は等速バランサーにより低減できる。
(2)180°クランク
一次慣性力がバランスされるので高回転域では360°クランクに比べて明らかに振動は少ないが、それでも4気筒と同様の二次慣性力が残る。また、ピッチング方向の慣性偶力も発生する。
不等間隔燃焼のためアイドリングや低回転域で回転の安定性は良くない。大排気量の場合には振動対策として4気筒と同様な2本の倍速逆回転バランスシャフトが使われる。
■直列3気筒
燃焼は240°間隔の等間隔燃焼で、二次慣性力は発生しない。ただし対称の位置で同方向に動くピストンがないため一次と二次のピッチング方向の不平衡偶力は残る。
以前はクランクと等速の逆回転バランサーを使ってこの不平衡偶力をキャンセルしていたが、最近では設計の工夫(クランクシャフト両端の延長上にわざとアンバランスマスを取り付けることやエンジンマウントの改良など)によりバランサーなしが増えてきている。
■直列4気筒
直列4気筒エンジンは二次の不平衡慣性力が残り、不平衡偶力は発生しないが、上下の二次慣性力が大きい。この対策としてエンジン回転速度の二倍で逆回転させる2本のバランサーが採用されるが、コストが高い、重くなる、フリクションが大きいなどの理由で、近年では採用例が減っている。
バランサーはすべての負荷領域で完全にバランスさせることはできず、ある負荷領域での最適値を選ぶ必要がある。例えばアイドル回転など低負荷に合わせるのか、加速時など高負荷に合わせるのかで仕様と制振性能が変わってくる。
■直列5気筒
直列5気筒では3気筒と同様に不平衡慣性力は発生せず、ピッチング方向の不平衡偶力が残る。対策としては3気筒と同様にクランクと等速で逆回転させるバランサーを取り付けることになる。燃焼間隔は144°間隔の等間隔燃焼になる。
■直列6気筒
完全バランスと言われている気筒配列が直列6気筒である。慣性力、慣性偶力ともにバランスしている。他のマルチシリンダー、例えば60°V6では二次慣性偶力が残 り、90°V8でも二次慣性偶力が残るので振動特性としては完璧と言うことができる。厳密に言えば3次のローリング偶力がわずかに残るが、これは無視できるレベルである。
主運動系の振動については問題ないが、長い直列6気筒であるがゆえに吸排気バルブの運動による1.5次の慣性偶力が発生する。バルブ系の重量やカムプロフィル設計上の配慮が必要になる。
■水平対向4気筒
慣性力は完全にバランスしているが、シリンダーがずれて並んでいるためV型同様慣性偶力(ヨー方向)が発生する。左右バンク毎の点火間隔は180°-540°の不等間隔になる。排気は左右バンク毎にまとめる必要があり、直列4気筒のように燃焼間隔に沿ったまとめ方ができず、排気の脈動を生かした慣性排気を利用することができない。
■水平対向6気筒
水平対向4気筒と同様に慣性力はバランスしているが慣性偶力はヨー方向のアンバランスが残る。点火順序は#1-#6-#3-#5-#2-#4で左右バンク交互の点火順序となる。右バンクは240°-120°-360°、左バンクは360°-120°-240°の不等間隔点火となる。
■V型6気筒
(1)60°V6
燃焼間隔は120°となる(等間隔燃焼の場合)。60°V6では燃焼間隔とバンク角の差が60°あるため、ピ
ンオフセットは60°と大きくクランクシャフトの剛性は低く
なりがちで、エンジンマウント振動や加速時騒音に対して不利となる要因になる。
慣性力は一次、二次ともバランスしており問題ないが、ピッチングとヨーイングが連成した慣性偶力が残る。これが車両でのこもり音や音色悪化の要因となる。
(2)90°V6
クランクのピンオフセットなしでは点火間隔は90°-150°-90°-150°の不等間隔燃焼。現在では60°同様ピンオフセットを用い120°の等間隔燃焼である。燃焼間隔とバンク角の差は30°と小さく、ピンオフセットも30°で済むためクランク剛性は60°V6よりも高い。
慣性力は60°V同様に一次、二次ともバランスしているが、ピッチングとヨーイングが錬成する慣性偶力(一次、二次)が残る。一次の慣性偶力が残るためバランサーが必要になる。
(3)120°V6
燃焼間隔とバンクオフセットが同じ120°のため、クランクのピンオフセットは不要で、90°V8エンジンのように左右バンクのコンロッドはクランクピンを共用できる。このためクランク剛性を高く取れる。振動特性は60°V6と同様で、慣性力はバランスするが、慣性偶力が残る。
■V型8気筒
(1)ダブルプレーン
点火間隔は90°等間隔で、クランクピンは左右バンクで共有する。全体の点火間隔は等間隔であるが、左右バンクで見ると以下のようになる。
(○は相手側バンクの気筒)
右バンク(奇数)1-○-○-3-○-5-7-○
左バンク(偶数)○-8-4-○-6-○-○-2
右バンクでは270°-180°-90°、左バンクでは90°-180°-270°の不等間隔点火であることがわかる。通常、排気管は各バンク毎にまとめられるので、当然ながら排気効率も等間隔燃焼よりも悪くなる。主運動系の慣性力、慣性偶力は一次、二次ともバランスしており問題ない。
(2)シングルプレーン
フェラーリのV8エンジンやレース用のクランクシャフトは、4気筒をふたつ合わせてV8を作った形をしており、点火順序は1-8-5-4-7-2-3-6となる。ダブルプレーンのように各バンクの点火間隔を見てみると以下のようになる。
右バンク(奇数)1-○-5-○-7-○-3-○
左バンク(偶数)○-8-○-4-○-2-○-6
左右バンクとも90°の等間隔である。しかし、直列4気筒をふたつ合わせたエンジンということは直列4気筒の2次慣性力も√2倍の量が発生するということで、V8にはふさわしくない振動(特に高回転)が発生する。