われわれがエンジンに求める仕事は、メインシャフトの回転運動である。燃料を燃やしてからメインシャフトの回転運動を得るまでにいかにロスを最小限に抑え、微細採り漏らすことないように、技術者たちは多くの知恵を絞り、さまざまな手段を生み出してきた。自動車用エンジンとして現在主流にあるオットーサイクル+燃料としてのガソリン、およびディーゼル(サバテ)サイクル+軽油という組み合わせは、自動車が現れて以来あらゆる可能性を模索し、失敗と成功を繰り返し、時には政治的な要素に阻まれつつ、収れんしてきた結果である。
しかし近年の環境問題が厳しさを増し、自動車用エンジンに劇的な改善要求が突きつけられているいま、前掲の2種エンジンにも限界が近づきつつある。たとえば、ガソリンエンジンの高効率化には燃焼効率の向上が欠かせないが、それを実現するために高容積比とすれば高圧縮比となってノッキングが生じ、エンジンを正常に運転することができない。たとえば、可変容積比機構を使った高膨張比サイクルは理想のひとつだが、実際の可変行程機構は複雑にすぎて、自動車用エンジンのように負荷変動の激しい機関としては現実的ではない。したがって、エンジン技術者たちは仕方なく電動モーターに活路を見出し、総合的な効率の改善に勤しんでいる。
そこに、ユニークな視点を持ち込むエンジニアたちがいた。アメリカ・シリコンバレーを拠点とするPinnacle Engines社(ピナクルエンジンズ)である。彼らは既成概念にとらわれず、エンジンにとっての理想の燃焼とはどうあるべきかという着想から開発を進め、対向ピストンエンジンという機構に到達した。ご存じの方もあるかもしれないが対向ピストンエンジン自体は決して新しいものではなく、かつて船舶や戦車、航空機などにおいてピストンバルブを使った2ストロークの対向ピストンエンジンとして、多数実用化された実績のあるエンジンである。当時も、従来構造のエンジンに対して実ストロークが2倍になる超ロングストロークを得るための機関だった。しかしクランクシャフト部が倍必要なこと、それにともなう機械損失の増大と吸排気弁の成立性から4ストロークの実現が困難であること、さらにコスト/メンテナンスの問題などから、いまでは「かつてのエンジン」としての扱いに甘んじている。
そんな古き佳き時代の記憶が、なぜ最新鋭の環境ソリューションとして現代に蘇ったのか。同社のエンジニアであるトニー・ウィルコックス氏は「最小限の熱損失、燃焼速度の速さ、超高膨張比による燃費向上と可変容積比実現の容易さ」を理由としてあげている。彼らの対向ピストンエンジンのいちばんの特色は、4ストロークサイクルであること。先にあげた、かつての対向ピストンエンジンたちは2ストロークサイクルであり、吸排気弁を設置するシリンダーヘッドが不要だったことから、比較的たやすく対向配置とすることができた。しかし4ストロークとするためには吸排気のためのバルブ機構が必須である。そこで彼らはスリーブバルブという手段を選んだ。これもまた、古来さまざまな試みがなされて一部で実用化されたものの、一般的なポペットバルブの普及に伴って消滅した技術であった。
対向ピストンエンジン機構を選んだのは、冷却損失を最小限に抑えるべくロングストロークとしたかったから。通常のエンジンであればロングストローク化にともない小径ボアとなり、バルブ径も小さくなってしまうが、スリーブバルブ機構ならまったく問題なし。ピストン冠面側にもバルブリセスを設ける必要はなくなり、コンパクトな燃焼室を実現できるというわけだ。忘れ去られかけていたかつての技術を、現代の技術で再構築する。奇抜な格好ばかりが目にとまるが、達成したいことを追求した結果が対向ピストンエンジンというフォーマットだったのである。