モーターファン・イラストレーテッド vol.187より一部転載
そもそも、モーターを冷却・潤滑しなければ、どのような問題が発生するのか? 新型ノア/ヴォクシーで初採用の第5世代ハイブリッドシステムのモーター設計、冷却性能を中心に担当した長井信吾主任は、こう明快に答えてくれた。
「モーターの構成部品の耐熱温度を超えないようにする、というのが第一です。たとえば、モーターが熱くなって磁石が耐熱温度を超えると『不可逆減磁』といって、磁力が下がって戻らなくなり、本来のトルクが出なくなってしまうんです」
ではモーター、そして磁石は、どのようなプロセスを経て熱を帯びていくのか。
「電流を流していくと銅=コイルは温度が上昇していきます。電磁鋼板にも磁束が入っていくことで全体が高温になります。磁石も磁束が入ることで発熱しますし、コイルや電磁鋼板から受熱することで温度が上昇します。温度が上がりすぎると磁力が落ちて使い物にならなくなるので、そうならないよう冷やす必要があります」
同じく第5世代ハイブリッドシステムのモーター冷却設計を担当した岡崎唱主任はこう指摘する。
「磁石の上限温度をひと言で定義するのは難しく、磁界によっても温度のクライテリアが変わります。ですから、モーターがどんな動作状態で使われているかでも守らなければならない上限温度が変わってきます。そこが冷却設計するうえで難しいところですね」
THS IIのモーターの温度管理は、実車ではどのように行なわれているのだろうか。
「モーターの負荷状態を見ながら、磁石の温度が限界温度を超えないように部品保護の制御を組んでいます。つまり磁石が過熱しそうになったらトルクを絞るなどして問題のない運転状態に戻さなければならないわけですが、それはモーターの使用領域を狭め、動力性能を低下させることになる。そうならないように冷却を設計しています。シャフトや磁石は回転体で温度をセンサーで検知するのが難しいので、ステーターにセンサーを貼り付けて温度をモニタリングしています」
部品保護の制御が介入しトルクが絞られれば、加速性能の低下を招く。しかもそれは、モーター依存度が高いパワートレーンであるほど体感しやすい。そうならないための冷却設計というわけだが、その中身はモーターの出力密度向上と小型化に合わせ、世代を経るごとに進化している。
第5世代ハイブリッドシステムのモーター設計を指揮した、モータユニット開発部企画計画室5グループの柴田僚介グループ長は、モーター出力密度向上と小型化についてこう説明する。
「新型ノア/ヴォクシーハイブリッドが車両全体として走りと燃費にこだわって開発される中で、とくにモーターはパワーアップが図られています。先代に設定された第3世代システムに対し、最高出力は16%向上しました。その要素技術としては、第3世代から現行プリウスの第4世代、そして第5世代となる中で磁石の枚数と配置を見直しながら、リラクタンストルクを増加させています。また、ステーターコイルの巻線工法を全節巻から短節巻に変更しつつ、絶縁性確保のため樹脂材料や工法を改良することで、コイルエンドの高さを低減しました」
こうした進化の過程において、モーターを潤滑・冷却するメカニズムも改良されていった。第3世代ではギヤによる掻き上げを使い上方にあるオイルキャッチタンクに冷却用ATフルードを溜め、それを上からモーターにかけて冷やしていた。さらにウォータージャケット、モーターの低層に水を通し、このウォータージャケットへATフルードをくぐらせて熱を交換することで冷却していた。だが現行プリウスから採用された第3世代では、この冷却システムが抜本的に見直されている。
新たにオイルクーラーを装着することで、ハイブリッドシステム専用のラジエーターとPCUを通ってきた冷却水と、モーター内を循環しているATフルードとの間でより効率的に熱交換し冷却。その後フルードは機械式オイルポンプによって強制圧送され、モーター上方にある冷却パイプまで持ち上げられて、そこから落とすことで、モーターにかかりコイルを冷却している。
しかし、やみくもにたくさんのフルードを落としてもオイルポンプから吐出する際の損失が増えるうえ、回転体にオイルをかけることで発生するせん断抵抗も増えるためロスが発生する。そこで吐出角度やタイミングを、解析を用い調整し最適な箇所にかけることで、コイル全体を効率的に冷却していくよう工夫されている。
またこの第4世代のシステムでは、磁石をATフルードで冷却する構造も追加。シャフトの中からローターコアに通し、遠心力を使ってなるべく広い範囲にATフルードを触れさせることで、ローターコアの外周に入っている磁石も同時に冷却。これによって、磁石の熱抵抗を33%低減したという。これらの冷却構造は、第5世代でも踏襲されている。
そして今回、第5世代ハイブリッドシステムより適用が開始されたのが、電動車専用として設定、しかも初めてトヨタ自社で開発されたオイルである。このモーターに用いるオイルを変更するのは、1997年に初代プリウスが発売されて以来、初となる大きな変化だ。
「従来は一般的なATフルードを共用していましたが、電動車用のトランスアクスルにとっては粘度が高く、それがエネルギー損失にも影響していました。そこで、今後の電動化に向けても専用オイルが必要ということになり、常温域の粘度を従来のATフルードに対し約1/2まで低くしたオイルを開発し、低燃費に寄与しています(柴田氏)」
それではなぜ、電動車専用に特化することで、従来のATフルードに対し大幅に粘度を下げることができたのだろうか。
「ATやCVTではギヤやベルトの噛み合いに対ししっかり潤滑をする必要がありますが、それらを持たないTHSIIでも潤滑が薄くなりすぎるとギヤが焼き付きを起こす原因になる。そこで電動車の使われ方において適切な粘度を選定して、かつギヤが焼き付きを起こさない範囲で最適設計しています」
単純に粘度を下げただけでは油膜切れを起こしやすくなり、金属同士の直接接触が増え、様々なトラブルの原因になる。
「従来のATフルードに対し、ベースオイルの材料自体は変えていませんが、添加剤の処方は変えています。具体的には、極圧材であるP(リン)系添加剤で皮膜を形成しながら、Ca(カルシウム)系添加剤を変更して、皮膜が金属表面に付着やすくしました。また、油膜形成ポリマーを追加して、サラサラの油が少しでも金属表面に留まりやすいようにしています」
だが、この新しい電動車専用オイル、第4世代以前のシステムには使用できない。
「モーターや動力分割機構のほうでも、材料や面の作り方、加工の方法を工夫し油膜が切れにくいように作り込んでいます。特に、ギヤ噛み合い部のもっとも必要な場所にオイルを効率良く供給できるよう、樹脂製オイルガイドを設けるなどして、供給位置を最適化しています」
そのいっぽう、今後発売されるBEVを含めて、以後の電動車にはこの電動車専用オイルに最適化されたユニットが搭載されることになる。
しかしながらモーターの冷却・潤滑システムは、「他社も含めて、内燃機関のように全部の技術が確立され、同じ方向を向いているわけではない」(長井氏)のだという。
「ですのでメーカーによってもいろいろな考え方があり、様々な点でこれからも模索が続いていくのだと思います」と、モーター開発の最前線に立つエンジニアとしての実感を、最後に語ってくれた。当面の間、モーター冷却・潤滑システムの進化と変化は止まりそうにない。